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巻頭論文
算数授業へのこだわり
30 年前,日本の算数教科書は百玉そろばんをメインに扱っていた
向山洋一
「向山型算数」は,教科書を大切にしている。もちろん,理由がある。
それは,「算数の教科書」は,日本の算数教育の中で,極めてすぐれたテキストだからである。
そこには,私たちの先輩の多くの知恵が結集されているのだ。
今から,3,40 年昔,文部省は各教科の指導内容の研究会を,全国,各教科で開いていた。研究集会である。
教科書の中には,その成果が取り入れられていった。
教科書の原型は,10 人や20 人の教師が作ったのではなく,多くの教師の体験が入っていたのだ。
その後,組合からの批判もあって,文部省の研究会はなくなった。
しかし,各教科書会社は,それに近い「研究会」を持った。
伝統は,引き継がれていった。
ところが,「ある研究者の主張」が,教科書に色濃く反映されることが起きた。
遠山啓氏が主張した水道方式である。どの教科書もタイルになり,それまで教科書に入っていた百玉そろばんは姿を消した。
ついで「問題解決学習の主張」が大きくとりあげられた。主張した人が,文部省教科調査官だったこともあり,全国の教育委員会,附属等の「算数担当者」が横倒しになった。
「子どもの事実」が軽んじられ,無視されるようになった。
「考える力をつける」という空虚なスローガンのみがはびこるようになった。
「考える力をつける授業」とはどれをいうのか。その評価はどのようにするのか。子どもはどのような事実を示したか。
という重要な検証が全く行われなかった。
空虚なスローガンがはびこるとき,教育の現場は荒廃する。
教師の腕は落ち,子どもを見る目がにごる。 多くの子が「落ちこぼれ」となり,大半の子が「算数嫌い」になっていった。
「勉強ができない子ができるようになった実例」を1つも作れなかった。日本中に山ほどいる問題解決学習の教師の中で,たった1人も「できない子を救った教師」は生まれなかったのである。
向山型算数からは,「テストで5点の子が満点をとった」「クラス平均が90 点を超えた」という事実が全国各地で山ほど生まれているのにである。
研究者の主張が,どれほどシャープであっても,教育の世界では,「子どもの事実」をくぐらせなくてはならない。
多くの子どもがいるのである。
困難な子ほど,一人一人別々の問題をかかえているのである。
こうした一人一人に正対して,多くの実践例を集め,集約し,検討する中で,はじめて教育の「技術」なり,「方法」なり,「原理」は生み出されていくのである。
しかし,「水道方式」「問題解決学習」によって「子どもの事実」から検討するのではなく,「スローガン」から,授業を見ることが流行した。
教科書を使った授業が,目新しく感じるほどになった。
私が教師になった頃は,だれでも「教科書中心の授業」をしていたのである。
教科書に変化も生じた。
何といっても,あの「百玉そろばん」が教科書から追放されたのだ。
昔の教科書にはちゃんと入っていたのだ。
百玉そろばんをTOSSがとりあげるのは,日本教育界の多くの先達の知恵を,きちんと引き継ぐためである。
幾万,幾十万,幾百万の私たちの先輩諸氏の知恵の結晶を取り戻すことなのである。
向山型算数セミナーで,兵庫の楢原先生が百玉そろばんについての報告をした。
その中に,かつて「教科書」には,「タイル」の代わりに「百玉そろばん」が使われていたことがあった。
かなりのページにわたって,百玉そろばん(百玉計算器)は,紹介されていた。
例えば,昭和39 年発行の大阪書籍の1年算数教科書である。
また,昭和49 年発行の「大日本図書」の算数教科書には,次のようになっていた。
このイラストは「百玉そろばん」を,どのように使った状態なのか,さらには次に何をしていくのか,本誌読者の方々には分かるだろう。
これは,「10 の合成・分解」の指導の場面なのだ。
30 年前の1年生担任は「百玉そろばん」を使い,「1と9で10」「2と8で10」というように「10 の合成・分解」を授業していたのだ。
もちろん「5の合成・分解」も指導していた。「百玉そろばん」以外にも「おはじき」などで指導もしていた。
さらに,私たちが「さくらんぼ分解」「さくらんぼ計算」と呼んでいる指導も,教科書にはちゃんと入っていた。
どの教科書会社も扱っていたのである。
これは,私たちの先達の多くの努力が,反映されたからだった。
しかし,「百玉そろばん」は「タイル」にとってかわられた。
確かに,概念としてとらえるには「タイル」も1つの重要な方法だ。
しかし,研究者の発見のため,大切なことを忘れていた。タイル型のカードや磁石盤を扱うのは「1年生の子ども」だということである。
タイルのカードは,毎時間ヒラヒラと風にとんだ。
厚みをつけ,重くしたが,ポロポロと机から下に落ちた。
磁石(マグネット)カードになったが,1年生は取り扱うのに苦労した。
1年生担任なら,みんな実感したことだ。
しかし,そういう「子どもの事実」に目は向けられず,「スローガン」「べき法」が教育現場を支配した。
社会主義国家は日の出の勢いであり,革新政党が知事となり,民教連が教育界を支配していた。
教育実践も教科書も組合の主張が大きくとりあげられていった。
「子どもの事実」「教師の実感」は脇に追いやられた。社会主義陣営が崩壊して以後,この傾向が少なくなっていったが,次に導入されたのは,アメリカ直輸入の「問題解決学習」だった。
第2次世界大戦のとき,ポリアが大学で数学を専攻する学生に示した数学の学習方法が,日本の小学校に持ち込まれたのだった。
再び,空虚なスローガンがはびこり,「子どもの事実」はなおざりにされた。
「教師の心の底までの実感」も省みられなかった。
多くの教師は「良心」と「子ども」から目をそむけたのである。
元文部省調査官,大学で「算数教育」を教える教官,附属小算数担当教官,算数担当の指導主事が,よってたかって日本の算数教育を破壊している。
子どもへの実践は,見るも無残である。
日本の幾万,幾十万の先達の努力を復活させ,「子どもの事実」「教師の手ごたえ」を取り戻す向山型算数の努力は,始まったばかりである。
★ 2004 年度向山型算数セミナーの予定★
2/ 21 熊本,4/ 18 東京,5/ 15 盛岡
7/ 31 東京,9/ 18 大阪,11 / 13 山口
申込方法は,本誌P.80 をご覧ください。
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