- はじめに
- 本書の読み進め方
- 1章 子どもたちの行動の理解のあり方と取り組み
- 1 「問題行動」とは何だろう
- 問題であるとラベリングされることによって「問題性」が指摘されるようになった「問題行動」/ 問題性を指摘する側の持つ問題点が反映されることによって明確化する「問題行動」/ 所属集団,特定の規範からの逸脱としての「問題行動」/ 臨床上問題性があるとされた行動としての「問題行動」/ 用語の整理と私の捉え方
- 2 行動上の問題の分類
- 行動の型による分類/ 行動の強度と頻度による分類:強度行動障害の概念/ 行動の機能(役割)による分類
- 3 行動の理解モデルと支援の方向性:私たちの理解が取り組みの方向性を決めている
- 病理モデル(治療教育モデル)/ 相互作用モデル/ 文化圏モデル/ 行動の理解モデルを意識することの意味とモデル間の関係性
- 2章 行動上の問題に取り組む心理療法(臨床心理学)の系譜と行動分析
- 1 現代の臨床心理学の系譜と行動療法
- 2 行動療法と行動分析の関係
- 3章 行動分析を理解するための基礎
- 1 行動分析的思考:行動を見るコツ
- 2 行動分析の「イロハ」+α
- 「イ」:気になる行動の前と後の出来事を記録する/ 「ロ」:行動に対する働きかけの役割(機能)を推測する/ 「ハ」:行動の学習パターンを見分ける/ 臨床のための「+α」:行動の役割(機能)に注目する
- 3 行動分析の「イロハ」+αの「専門用語」への翻訳
- 4章 行動上の問題の低減にむけた戦術
- 1 行動分析の基本から導かれる取り組み
- 2 「どうなった(後続刺激)」へのアプローチ
- 強化刺激の撤去(消去)/ 嫌悪刺激の提示
- 3 「どんなとき(先行刺激)」へのアプローチ
- 行動を引き起こす場面に子どもをさらさない/ 場面の嫌悪性を大胆にさげる/ 理解しやすい指示や,わかりやすい環境の工夫
- 4 「何をして(行動)」へのアプローチ
- 行動の過多の問題への対応/ 行動の過少の問題への対応/ 場面や文脈との不一致の問題
- 5 取り組み方法の選定のための手順
- 5章 行動上の問題への取り組みの実際
- 1 物を投げる等の行動上の問題のある幼児の指導:消去と先行刺激の操作を併用した事例
- 事例の概要/ 行動の評価と指導方針/ 指導経過とまとめ
- 2 特別支援学校小学部での「つば吐き」行動への教師間の連携を軸にした取り組み:先行刺激の操作と不両立行動分化強化の併用
- 事例の概要/ 行動の評価と指導方針/ 指導経過とまとめ
- 3 自傷をともなううずくまり行動のある生徒の担任教師へのコンサルテーション:先行条件の操作と他行動分化強化
- 事例の概要/ 行動の評価と指導方針/ 指導経過とまとめ
- 4 絵カードの選択課題でカードを投げる等の行動のある子どもの指導:機能的コミュニケーション訓練
- 事例の概要/ 行動の評価と指導方針/ 指導経過とまとめ
- 文献
- あとがき
はじめに
相談1:Kちゃんは,保育園に通う現在5歳の男の子です。運動面は,さほど同年齢の子どもと変わりませんが,言葉の面ではオウム返しが多く,引きこもりがちなお子さんです。彼は,ふとしたことで自分の額を手でたたきます。ひどい時は青あざができることもあります。そのような時保育園の保育士さんは,彼を抱きしめて「どうしたの,そんなことしたら痛いでしょう」と優しく声をかけてあげます。その場は,おさまることもありますが,全体的にみると,そのようなことが入園当初よりも多くなったとの印象を受けます。
相談2:Yちゃん(6歳)は,気にくわないこと(机にすわってひらがなの勉強をさせられる,見ているテレビをなんらかの都合で消さなければならなくなった時など)があると,大声を上げて泣き叫びます。両親は,ついついその大声に負けて,Yちゃんの要求をのむ形で泣き叫ぶことを止めさせようとします。保護者は,Yちゃんが早く成長し,聞き分けのよい子になってくれるよう願っています。
上記2つのような相談があったとき,私たちはどのように子どもたちを理解し,取り組みを考えていけばよいのでしょうか。この本の目的は,この問いに行動分析という心理学のひとつの立場から答えようとするものです。
本書を手にした方の中には,行動分析という言葉を聞いたことがない方や,かつて学ぼうとしたけれども難しそうであきらめたという方もいらっしゃるかもしれません。私は,行動分析を手かがりとする子どもへのアプローチについて,学校を中心とする様々な場で話す機会がありますが,多くの方が,「はじめて聞いた」とか「難しくてわからなかった」の2つのグループに分かれます。また,最近ではなくなりましたが,行動分析を「アメとムチをつかって調教する作業を教育の世界に導入しようとしている」方法であると,誤った評価を私にぶつけられる方にも出会ったことがあります。しかし,最近では,そのような誤解は影を潜め,「関心があるけれども取っ付きにくい」,「本を買って読んでみたけれども,一人では理解することが難しい」といった意見へと変わってきています。近年,多くの行動分析の初心者向けの本が,出版されるようになりました。それだけ,行動分析に対する期待が高まっているのだと思います。しかし,障害のあるお子さんの保護者や彼らを支援する関係者が,それらの本をとって,それぞれの指導や支援にうまく生かせているかというと,必ずしもそうではないようです。
行動分析は,観察や実験といった,事実や資料をもとに作り出されたものであり,私たちの日々の育児や教育といった営みと近い性格を持っていると私は考えています。それでは,どうして行動分析は難しいと理解されているのでしょうか。1つは,用語の問題だと思います。学問としての行動分析は,独特な用語を用いるために,多くの人がその本質を理解する前に,理解しようとすることをあきらめてしまうのです。もう1つは,行動分析的な思考とでも言うべき独特の考え方です。この考えは,行動分析の武器となるものですが,その利便性が理解できないと,先の用語の問題と相まって,はじめて学ぶ人の前に壁となって立ちはだかるのです。この本では,これらの問題点を意識し,行動分析の導入をできるだけわかりやすい言葉ではじめ,読み進めていく中で理解してもらえないかと考えました。そして,行動分析の基本的な枠組みから,その応用と実践までを伝えようと試みています。行動分析の学問の基準からすると曖昧な記述もあるかもしれませんが,それを恐れないことが,行動分析を障害のある子どもとその保護者,支援にかかわる人にとっての福音とすることになると信じています。
著者 /肥後 祥治
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- 明治図書