- まえがき
- T章 ホリスティックなカリキュラムづくり
- /平沢 健一
- 1 ホリスティック教育課程と三つの局面
- 2 教育課程編成における山之内理論
- (1) 教育目標のとらえ方
- (2) 三つの喜び
- 3 総合活動を位置付けたホリスティック教育課程
- (1) 小千谷小学校の総合活動
- (2) ホリスティックな教育課程の観点からの考察
- U章 感性を育てる学校のカリキュラムづくり
- /西川 徳蔵
- 1 学校と子どもたちの現状
- 2 感性教育の必要性
- 3 学校教育全体を通じた感性を育てる教育
- 4 感性の育成を目標とする芸術教科の充実
- 5 個性の伸長を図り、感性を育てる文化活動の推進
- V章 一貫教育におけるホリスティックな学校づくり
- [1] 調和の中で個性が光る学びの楽園=@/松尾 直子
- 1 子供は、親の、社会の映し鏡
- 2 生き方の原型をつくる場としての学校
- 3 学びの楽園構想
- [2] 子供の善さを育てる学校
- 〜親も教師も共に学ぶ〜 /本吉 修二
- 1 教育や学校は誰のため
- 2 善くなろうとする子供と教師
- 3 いつでも誰でも入学 〜子供の決定こそ重要
- 4 親と教師の協力で子供を生かす
- 5 教科の学習の基底に体験学習を
- 6 教師の生き甲斐は何か
- W章 小学校におけるホリスティックな学校づくり
- [1] 子供の喜びがふくらむ学校
- 〜子供の全人的発達を促す教育課程の編成〜 /大野 源
- 1 はじめに
- 2 総合活動とは
- 3 総合活動の実践に向けての実態把握
- 4 総合活動の研究構想
- 5 指導計画の作成
- 6 総合活動の実践から学んだこと
- 7 おわりに
- [2] つながりをもつことによるホリスティック教育 /平野 勝巳
- 1 「家庭・地域との連携」教育の実践
- 2 《つながり》をもつことによる子供たちの変化
- 3 山之内氏の教育観 〜子供たち自身の学ぷ力を引き出す教育
- 4 これからのホリスティック教育
- X章 中学校におけるホリスティックな学校づくり
- [1] 無限な可能性を秘めている学校経営を目指す /鈴木 茂
- 1 今、なぜホリスティックな学校づくりか
- 2 ホリスティックな学校づくりのための具体的な実践
- 3 まとめにかえて
- Y章 高校におけるホリスティックな学校づくり
- [1] 違いを活かす開放系の試み /菊地 栄治 /菊地 みほ
- 1 出会いと縁
- 2 「地元校育成運動」からの出発
- 3 教師の「生き生き」生徒の「生き生き」 〜「選択」というあり方
- 4 「ホリスティックな」思想にもとづく「総合学科」
- 5 生徒たちの「ホリスティックな」実践
- 6 「開放系」の哲学
- [2] 「出会い」の場をつくる学校づくりへ /村山 實
- 1 自分を受け止めてくれる人と出会う
- 2 全寮制より生み出される人間形成
- 3 集団活動への積極的な取り組み
- 4 学習は学園生活の一部である
- 5 生活を楽しむためのクラブ活動
- 6 心的エネルギーを補給する食事
- 7 自己実現への道を求めて
- 8 学校・家庭・地域の協力
- Z章 「人間と環境」科の構想と実践
- /藤本 百男
- 1 はじめに
- 2 「人間と環境」科の目標
- 3 「人間と環境」科の内容
- (1) 各領域のねらい
- (2) 各学年のねらい
- 4 「人間と環境」科の指導と評価
- (1) 「人間と環境」科の指導
- (2) 「人間と環境」科の学習方法
- (3) 「人間と環境」科の評価
- 5 「人間と環境」科の実践
- (1) 第一学年の実践から
- (2) 第二学年の実践から
- (3) 第三学年の実践から
- 6 おわりに
まえがき
カナダのトロント大学大学院オンタリオ教育研究所のジョン・ミラー教授は「日本での九週間」と題するエッセイ(同著、中川・吉田・桜井訳『ホリスティックな教師たち』学習研究社所収)において、次のように指摘している。
日本の教育者たちも、自分なりのホリスティック教育を模索してゆかなくては なりません。幸運にも、小千谷小学校のような学校をはじめ、ホリスティックな学校はすでに日本のなかに存在しています。また日本の文化のなかには、いまだに簡素な生活や全体性を重んじる伝統が残っており、それは茶道や華道、伝統芸術、武道などのなかに見られます。残念ながら、簡素な生活や精神性を尊ぶ伝統は、いまや危機に瀕しています。私が思うに、こうした伝統を日本の教育に活かしてゆくことができれば、詰め込み一辺倒の教育から脱皮してゆくことができるでしょう。
この新潟県の小千谷小学校の校長であった山之内義一郎先生の理論と教育実践をホリスティック教育の視点から、分析・紹介したのが、平沢健一論文「ホリスティックなカリキュラムづくり」と平野勝巳論文「つながりをもつことによるホリスティックな教育」である。
日本におけるホリスティックな学校づくりのパイオニアというべき山之内先生の理論と教育実践は、@知識や基本的な技能の習得を目的とする伝達型のトランスミッション、A問題解決力や決断力の発達を目的とする交流型のトランスアクション、B個人の統合と社会意識の形成を目的とする変容型のトランスフォーメーションを包括するものであり、「生きる力」や「総合的な学習」という今日のカリキュラム改革の課題を先取りしたものであるといえる。
ミラー教授によれば、@の教育方法は、講義、計画的な学習、練習、ドリル、暗記、暗唱、評価方法は、共通テスト、選択型テスト、正誤型テスト、完成問題、Aの教育方法は、探究型の学習、決断のモデル学習、個人学習ケーススタディ、道徳的ジレンマ、評価方法は、チェックリスト、観察と尺度表利用、書き物と決断力の評価、作品集の制作、質問紙、インタビュー、Bの教育方法は、創造的思考、招き入れる教え方、協同学習、日記法、ストーリーテリング、演劇/ムープメント、評価方法は、インタビュー、日記、作品集、自己評価、仲間同士の評価、であるという。
また、教育における〈つながり〉として、次の六つのつながりを重視している。
(一) 合理的思考と直観のつながり-----メタファー(隠喩)による思考、イメージワーク、批判的思考
(二) からだと心のつながり-----からだの動き/ムープメント、ダンス、演劇/即興、心の覚醒/マインドフルネス
(三) 教科のつながり-----テーマ学習、芸術による統合、ストーリーモデル
(四) コミュニティとのつながり-----協同学習、招き入れる教育、学校と地域のつながり、グローバル教育/国際理解教育
(五) 地球とのつながり-----先住民の物語や知恵、環境教育/ディープエコロジー
(六) 自己とのつながり-----文学/物語/神話、日記、ストーリー/宇宙の物語
「ホリスティックな学校はすでに日本のなかに存在しています」「日本の教育者たちも自分なりのホリスティック教育を模索してゆかなくてはなりません」とミラー教授は指摘しているが、小千谷小学校のほかにも、「自分なりのホリスティック教育を模索」している学校が日本全国にはたくさんある。
編者は、臨教審専門委員の任期を終えた直後から十年以上、このようなユニークな教育現場を百校以上訪れているが、本巻で取り上げた学校もその中に含まれている。特に、白根開善学校と生野学園高校の、不登校など学校に適応できない児童生徒たちの「イキイキワクワク」を取り戻し、立ち直らせている教育実践には目を見張るものがある。
また、新潟県十日町市立赤倉小学校、兵庫教育大学学校教育学部附属中学校、大阪府立松原高校の取り組みは、日本独自のホリスティック教育の新たな地平を切り拓くパイオニア的役割をもつ教育実践として注目される。
赤倉小学校では四百年の伝統を持つ赤倉神楽--獅子の面をつけ、悪魔払いをしながら躍る「太々神楽」、太刀と鈴を持って力強く舞う「剣の舞い」、日本神話の天の岩戸を演ずる『岩戸舞い』、天狗が悪獣を退治する「面神楽」の四座を中心にしている---を子供たちに伝承し、あわ・きび・さんまたべ(ひえ)・そばの栽培から調理までの一連の過程を地域の人々や祖父母・保護者の協力を得ながら学んでいる。
このような郷土の伝統芸能や食文化から学ぶ総合活動を教育課程に明確に位置づけて実践している赤倉小学校は、ミラー教授のいう「伝統を日本の教育に活かしてゆく」ホリスティックな学校のモデルの一つといえよう。
平成四年度〜六年度の三ヶ年にわたって文部省研究開発学校の委嘱を受けて、「二十一世紀に生きる生徒に必要な新教科の創造」をテーマにして、「人間と環境」科のカリキュラムの作成と実践に取り組んだ兵庫教育大学学校教育学部附属中学校の試みもわが国の教育の新しい方向性を示唆しているといえる。
「人間と環境」科は、体験的学習を中心とする「新しい人間の生き方の理念と基礎的な能力と態度を育てる教科」として構想され、そのねらいは、「人間と環境との調和的、共生的な関係についての理解を深め、二十一世紀に豊かな生き方と文化を創造していく基礎的な能力と態度を育てること」にある。
「人間と環境」科では、学習対象である環境を、文化・自然・社会の三の領域からとらえ、それぞれの環境と人間との調和的、共生的な関係を体験的に学ぶ視野の広い学習、人間としての生き方を考え、生活に生きてはたらく力と態度を育てることを重視している。
同校は現在、「人間と環境」科の成果を教科の学習指導に活かして、「豊かな感性を育てる学習指導の研究」に取り組んでいるが、人間と環境(文化・自然・社会)の〈つながり〉を実感させる感性教育こそ、日本的なホリスティック教育といえるのではないか。
中教審が強調する「生きる力」は、知的能力、感性的能力、社会的能力(社会性や対人関係処理能力など)が調和的に備わった総合的、全人的な能力、すなわち知・情・意、徳・知・体のバランスのとれたホリスティックな能力である。
また、教育課程審議会のいう「横断的、総合的な学習」は、教科と教科の何をつないで総合するのかという教科と教科、教科と諸領域の横をつなぐホリスティックな教育課程論なくしては体系化、実践化できない。
その意味で、「ホリスティックな学校づくり」をテーマとする本巻は、これらの時代が求めるニーズに真正面から取り組んだものといえる。
ミラー教授の重視する六つの〈つながり〉を実感させ、「簡素な生活や精神性を尊ぶ伝統を日本の教育に活かしてゆく」ホリスティックな感性教育の理論と実践の積み上げこそが求められている。本巻がその第一歩となることを念願している。
平成九年七月 編 者
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- 明治図書