- プロローグ
- 第1部 学級“建て”直しのプログラム
- 第1章 あなたのクラスの「荒れ」チェック
- 荒れた学級のチェックリスト(高学年)
- 第2章 担任がすること・しないこと(指導改善のポイント)
- ★第1節 【子どもとの接し方】
- 仮面をかぶってでも,明るく振る舞おう/ 子どもと,気持ちの上で少し距離を置いて接する/ 中心人物とは,放課後個人的につながる/ 子どもと‘じゃれて’スキンシップ/ 健康や命に関することは,思いっきり心配してやる/ 100パーセント主義は敵。基準を下げて/ 子どもがおっさん・おばはん呼ばわりしてもいい/ 体罰はしない/ 約束は必ず守る
- ★第2節 【指導の仕方】
- 負ける「ケンカ」(指導)はしない/ 後の「ケンカ」を先にする/ 予告型・警告型の注意をする/ 教師の説教は短く,子どもの怒りは長く聞く/ 変化を誉める/ 正義は教師が語るのでなく,子どもの中から引き出す/ 一人ひとりの判断を確認しながら進める/ ルールの適用に一貫性を/ チェックを怠らずに/ 子どもの良さを探す
- ★第3節 【授業の方法】
- 授業の質を上げる/ 淡々とした授業はしない/ 物を持ち込んだ授業を大切にする/ 参加型の授業にする/ 学習計画は,あらかじめ子どもと相談して決める/ 間違いをバカにする言葉を潰す
- ★第4節 【学級行事・学級経営】
- 形骸化した「朝の会」などは持たない/ 壊れた物は意地になって直す/ 学級通信を出す/ 「ガス抜き」をする
- ★第5節 【「いじめ」とどう闘うか】
- 網の目構造状の「いじめ」に気づく/ 見つかった問題は必ず解決する/ 評価を挟まず,とことん聞く/ 簡単には謝らせない/ 終結宣言はしない
- 第3章 現場の周囲がすること・しないこと
- ★第1節 【管理職がすること・しないこと】
- 担任を超えて指導しない/ 管理職が「荒れた学級」の授業を持つ/ 管理職は朝礼などで怒らない・怒鳴らない/ 担任の校務分掌などの軽減をはかる/ 「荒れ」た学級の担任に新たな書類を求めない/ 月案や週案の提出を免除する/ 月中行事の変更も柔軟に行なう(授業参観など)/ 評価をつけないことも認める/ 出張を減らす。無理に行かせない/ 管理職が学校を空けないようにする/ あらゆる学校職員に協力を求める/ PTA役員・学級委員に理解と協力を求める/ 「荒れた学級」の担任より先に帰らない/ 担任の休息時間の確保/ 親の苦情を簡単に受け入れない/ 目安箱を設けない
- ★第2節 【学校全体(職場)ですること・しないこと】
- 「荒れ」た学級の担任が休職するのは職場の責任/ 「担任の指導力の無さ」の問題だとして,担任を責めない/ 「クラスの荒れ」について,職場で話せる雰囲気をつくる/ 今の子どもや親についての共通理解を持つ/ 指導の悪さを子どもの前で言外でも言わない/ 生活指導主任や学年主任などが担任を超えて指導しない/ 学級事務,学校事務など,肩代わり出来るものはする/ 行事を減らす/ 時間割を見直す/ コーヒータイムをつくる/ 兄弟学級を組む/ 教室備品の修理と整備を優先的に行なう/ 校内にある,いい加減な場面をなるだけなくす
- ★第3節 【学年がすること・しないこと】
- 担任の心を支える/ 学年の先生達の繋がりを子ども達に見せつける/ 学年の子ども達を集めて学年としての指導をする/ 指導上の問題事例を出し合う/ 学年体育のときなどに,クラス対抗の競技をする/ クラスをバラバラにする企画・行事はなるべく避ける/ 教科の指導内容に違いの出るのを認める/ 強制的に行事を組み入れない
- ★第4節 【父母集団がすること,しないこと】
- 子どもの前で,担任批判,学校批判をしない/ 担任を飛び越えて管理職や教育委員会に抗議しない/ トラブルは子どもを育てる絶好のチャンス/ 高学年でも手をかけ,目をかける/ 学校の様子を子どもに聞く/ 感想・意見を伝える/ 授業参観・懇談会には極力出席を/ 親と教師の繋がりを示す/ いつでも学校に来て
- 第4章 教育行政がすること・しないこと
- ★第1節 【国レベルですること・しないこと】
- 40分授業に戻す/ 学級定員を先進国並の25人学級に/ 養護学級の在籍児童は,7人くらいにカウントする/ 文部省の指定研究をやめる/ 学習指導要領の法的拘束力をなくす
- ★第2節 【教育委員会レベルですること・しないこと】
- 柔軟に過配教員を出す/ 文書報告を求めない/ 強制的な研修をやめる
- 第2部 「学級崩壊」をさぐる
- 第1章 新たな「荒れ」「学級崩壊」とは?
- ★第1節 【「学級崩壊」は「新たな荒れ」か?】
- 「学級崩壊」はいつから/ 「従来の荒れ」と「新たな荒れ」の違い
- ★第2節 【学級崩壊で壊れているもの】
- 権威の崩壊・信頼の崩壊/ 秩序の崩壊・正義の崩壊/ 友情の崩壊・連帯感の崩壊/ 子どもも担任も被害者/ 「“立て”直し」と「“建て”直し」の違い
- 第2章 「荒れ」「崩壊」の原因は,構造的
- ★第1節 【「学級崩壊」の社会的背景】
- 教育行政が「学級崩壊」を作り出した/ 今,教師は忙しすぎる/ 学校に対する期待・評価の変化
- ★第2節 【“建て”直しの視点】
- 「学級崩壊」「荒れ」は担任の責任ではない/ 「学級崩壊」「荒れ」は緊急事態である/ 個人としての人格と集団の中での人格は別/ 学級のちょっとした変化に,簡単に一喜一憂しない/ 「荒れた学級」には大きな学力格差がある
- 第3章 子どもも親も変わってきた
- ★第1節 【変わる親―子育てに戸惑う親たち―】
- 子育てからの脱却を求める親/ 子どもに親の理想を押しつける親/ 子どものいいなりになる親/ 素人教育論を振り回す親/ 物事の解決の仕方を教えられない親/ 学校を二番・三番と考えている親/ 子どもにストレスを感じさせる親のチェックリスト
- ◎子どもにストレスを感じさせる親タイプチェック
- ★第2節 【変わる子ども―ウルトラマンになった子ども達―】
- 1 子どもとのずれ/ 2 気になる最近の子どもの特徴
- ◎子どもとの感覚のずれチェック(はい・いいえ)
- 第4章 まとはずれな教育観
- ★第1節 【問い直すべき教育観】
- 子どものため/ 学校至上主義/ 反抗は悪なり
- ★第2節 【「荒れた学級」に陥りやすいの担任のタイプ】
- ◎「荒れる学級」に陥りやすい教師のタイプチェック
- 第3部 取り組みの実際 学級通信から
- エピローグ
はじめに
◆【担任交代】
ある学級が「荒れ」た。6月頃から「荒れ」はじめ,どうにか2学期の終わりまで前担任が勤めあげた。管理職は,「荒れた学級」の責任は担任にあるとしか考えられず,どういう手だてを周囲が取るべきか分かっていなかった。担任は辛かっただろう。結局,3学期に入ると出勤してこれなかった。
そして,4年の理科専科をしていた私が新担任となった。
7ヶ月間「荒れ」続けた学級を「2ヶ月間でちゃんとして卒業させろ!」と言う。そんなことは出来ない。一度「荒れた学級」を“建て”直す(心のケアまで含めて“建て”直す)には,長い長い時間,少なくとも「荒れ」た期間の2倍以上の時間は必要だろうと思う。7ヶ月間続いた混乱なら,14ヶ月位は必要だろう。また,それぐらいの時間をかけてゆっくり“建て”直さないと心のケアまでは出来ないと思う。
管理職は,この点をちっとも理解していなかった。人さえ替えれば簡単に元に戻ると思っていたようだ。それが悲しい。
◆【二ヶ月ですること】
ともかく頑張った。すべきことは山ほどある。
この二ヶ月の間に,全員の家庭訪問1回・授業参観3回・学級懇談会4回・個人懇談6日・トラブルに関わっての家庭訪問や学校での面談は十数回。
子どものいる時間帯は,会議や研修会が無い限り(結構多いので困ったが)バスケットをしたりパソコンで遊んだり,なるだけ仕事をせずに子どもと遊んだ。最後の子どもが下校してから,教材研究に授業の準備,ノートを見たり,テストの採点,学級通信づくり,印刷などをした。最後には必ず教室の掃除をしてから帰宅した。コンピュータのできる部屋の設置などは,日曜日に出てきてやった。
この二ヶ月間の労働時間は,一日平均14時間をゆうに越えた。
この間,幼い娘や妻と一緒に夕食を取ることは出来なくなった。夕食は,電気が半分消えてがらんとした職員室で日替わり定食を取ってすませることがほとんどだった。
9時・10時になって,自分で職員室の電気を消して,施錠して帰るのはとても辛い。職員朝礼で「職員室の電気を一人で消して帰るのは辛いから,管理職のどちらかが残って欲しい。」と2回も言ったが,2回目に「そんなことをしたら,私の体がもたない。」と女教頭が言った。(じゃあ私の体はもつのか。)前担任がつぶれるのも無理はないと思った。
帰りの電車ががらんとすいていて,そこここに酔っぱらいがいる中,一人しらふで帰るのも辛かった。最終のバスが無くなってタクシーで帰るのも辛かった。
「荒れた学級」の“建て”直しには,周囲の支援が何より必要だとひしひしと感じた。比較的神経の太い方だと言われる私だが,朝,出勤の道のりで学校へあと15分という距離にまで近づくと,なぜか背筋が痛くなったのを憶えている。不登校の子どもの気持ちが分かるような気がした。決して,学校へ行きたいとは思っていなかった。
◆【クラスの再生】
それでも,一番の被害者は学級の子ども達なのだ。
片方で教師に反抗し学級をぶっ潰している子どもも,その片方では「誰か,このクラスをちゃんとしてよ。」と求めている。教師の努力に無反応な子ども達も,その奥では「この教師は私達を救ってくれるのだろうか。」と期待したがっている。
この目の前の,「憎たらしい」子ども達を,どうにかしてあげなければならない。普通の「かわいい」子ども達に戻してあげなければならない。
新担任となったその日に,子ども達に「このクラスの点を,自分達でつけてみて下さい。」と頼んでみた。出てきた点数は色々だったが,その平均点は,49.1点になった。
「じゃあ,このクラスは,今は49.1点のクラスということですね。」「卒業まで45日しかありません。君たちは,このクラスを何点のクラスにして卒業していきたいと思いますか?」と尋ねてみた。色々話し合って,「卒業式には,今の約1.5倍の75点で卒業しよう。」ということになった。
そして,新担任30日目には66.6点となった。新担任41日目(卒業式の5日前)に,やっと77.9点になった。合格だ! 卒業できる!
◆【クラスはどう変わったか】
合格点を取ったこの日に,『このクラスはどう変わったか』というテーマで一言ずつ書いてもらった。
(抜粋)
★前は全然だめだったけど,今はだいたいいろんなことを出来るようになった。
★給食の当番がだいたいだけど並べた。
★休み時間が終わると5分以内で(教室に)帰れる。
★(授業中)手を挙げるようになった。
★前までは,何があっても注意しないで無視していた子が多かったけれど,今は注意できる。注意された子もグチャグチャ文句を言わずに聞いてくれる。
★前はしゃべったりして,まじめに勉強しなかったけど(自分も)今は,すごく静かになったし,勉強できる雰囲気になった。
★トラブルが前より少なくなった。
★トラブルはまだあるけど喧嘩が減った。
★男子が文句を言わなくなった。
★前より悪口を言う人が少なくなった。でもまだちょっと言っている人がいる。
★いじめも少なくなってきたと思う。
★前は,あまり優しさが無かったけど,今は少しずつ優しくなってきたので,学校へ行くのが少し楽しくなった。みんな勉強にやる気を出した。
★しゃべられない人(恥ずかしがりやな人)がしゃべれるようになったと思う。
要は,普通のことが普通に出来るようになったと言っている。
一旦「学級崩壊」と言われる状態に陥ると,この「普通」を取り戻すことが大変なのだ。
◆【“立て”直ししかできなかったが!】
77.9点という自己評価を出して卒業していったクラスは,とりあえずの「普通」は取り戻した。(“立て”直しの段階)
しかし,担任に対する警戒を解き,信頼し,クラスメート同士でも信頼し合うという人間関係を取り戻す所(“建て”直しの段階)までには至っていない。 (「“立て”直し」と「“建て”直し」の違いは,第2部第1章を参照)
7ヶ月で崩れに崩れた,教師対子ども,子ども対子どもの信頼関係・人間関係を取り戻すには,46日という時間は,あまりにも短すぎた。
この46日で,私(新担任)に対して信頼を示してくれた子は4割程度はいたかと思っている。逆に卒業式のその日まで,教師に対して警戒を解かなかった子どもも2割程度はいたかと思っている。
卒業後,一人の女の子が中学校の中間テストの最終日に小学校に遊びに来てくれた。そして,「みんな性格変わってん。みんな頑張ってるで!」と話してくれた。6年生のことは「忘れた」のか「忘れよう」としているのか。
しかし,私は教師として,一人一人の問題行動をその子の思い出としては「忘れる」としても,そこで何が起こっていたのか,どれだけ傷ついた日々を子ども達が過ごしたかは「忘れる」わけにはいかない,と思っている。
◆【子どもが教えてくれたこと】
私が,この6年生の「荒れた学級」に入ったのが3学期。実は,この学級に入る前の1学期に,5年生の別の「荒れた学級」に入っている。
そのクラスは,5月から「荒れ」はじめ,7月20〜23日の林間まであと2週間という時点になって,担任がギブアップした。そして,私が理科専科をやめてそのクラスに入ることになった。
「荒れた学級」への取り組みはここからはじまったのだ。そのクラスの子ども達は,教師の権威など認めていなかった。権威は,教師が示すものではなく,子どもが教師に与えるものだから,教師としての権威を,子ども達に認めてもらえるようにならなければならないと思った。
ひたすら同意を求めて頑張った。正義を子どもに押しつけるようなことはしなかった。私自身が身をもって示すことに努力した。その甲斐があったのか,とりあえずの平静ととりあえず指示が入る所まで持っていけた。(“立て”直しの段階)林間も,他のクラスに遜色無く行事・日程を進められた。無事終えてほっとした。
この2週間と3日は,講師も来ないしとりあえずということで私が入ったのだが,2学期以降は誰が受け持つのかが問題になった。担任をそうコロコロ変えるわけにもいかないだろう。
私は,5年の2学期から6年の卒業まで,私自身が受け持たないと仕方がないだろうと覚悟を決めた。校長に「覚悟を決めました。お任せします。」と言った。しかし,校長は,私をその学級担任にはせず,理科専科に戻っていいと言う。
なぜだろうと思っていたら,実は,その頃すでに6年生が「荒れ」はじめていたのだった。私は,交代要員として校長にプールされていたわけだ。そして,2学期に入ると6年生の「荒れ」が周囲にもぼちぼち見えてきた。2学期は色々ありながらも担任が頑張ったが,3学期に担任が休み,私がかの学級に入ったというわけだ。
このように,1年間に2クラスの「荒れた学級」にピンチヒッターとして入ったのだが,この二つのクラスの子ども達から私は多くのことを学んだ。いや,学ばされた。
子ども達は,新しく担任になった私に,教師としての存在を根本から問うてきた。「教師は何をすべきか」「この教育は歪んでいないか」という根本問題を鋭く突きつけてくれた。
私は,日々の出来事で気づいたことをひたすらメモし続けた。そして,職員室と言わず,電車と言わず,ベットの上と言わず,ありとあらゆる所で考えた。
教育のこと,学級経営のこと,指導のこと,これだけ色々なことを,しかも目の前の明日の問題として考えたことは無かった。
そこから,学んだことをこの本でお示ししたいと思う。そして,是非読者の方々にはご意見を伺いたいと思う。
そして,この「学級崩壊」という不幸な関係を,日本の教育現場から少しでもなくしていく一歩としたいと思う。
学級が荒れる・・・。教師、学校に責任があると世間では思われているような気がするのですが、私は家庭に、そして親にもあると以前から思っています。子供が毎日元気に楽しく学校へ行ける。
そのような家庭作りの参考になるのではないか?是非この本を手に取り、読んでみたいと思いました。