- はじめに――いま必要な安らぎとぬくもり
- 序章 私の意味する「アニマルセラピー」
- 動物からの信頼と癒しの贈り物
- 1 動物によって「心」を取り戻す
- 2 「アニマルセラピー」とは
- 第1章 私の出会った「アニマルセラピー」
- 1 英国での体験
- 第2章 小動物によるアニマルセラピーの方法
- 1 形態と方法
- 2 これだけは守って! 注意事項!
- 3 訪問活動の動物の選択
- 4 訪問活動の目的と頻度
- 第3章 小動物によるアニマルセラピーの効果
- 1 動物と一緒にいるという意味
- 2 小動物の訪問活動とその効果
- 3 感覚統合の理論から
- 第4章 小動物によるアニマルセラピーの実践
- 1 のぞみ発達クリニックの実践
- 1 概 要
- 2 実践の方法
- 3 結果と考察
- 2 私の出会ったアニマルセラピー
- 1 「社団法人 日本動物病院福祉協会」(CAPP活動)
- 2 障害者施設での試み
- 3 高齢者施設「さくら苑」での試み
- 4 立川共済病院での試み
- 第5章 馬による「アニマルセラピー」
- 1 乗馬セラピー「私と馬,そして動物との出会い」
- 2 乗馬セラピーとは
- 第6章 乗馬セラピーの効果を考える
- ムーブメントの理論からその手続きの理解と乗馬セラピーへの適用
- 1 「ムーブメント教育」の理論とは
- 2 発達になぜ「動き」が必要か
- 3 身体意識能力の発達―からだの発見
- 4 ムーブメント教育を始めるに当たっての手続きと乗馬セラピーへの適用
- 5 ムーブメント教育の目的と乗馬セラピー
- 6 「動きづくり」の基本プログラムから乗馬セラピーへの適用
- 第7章 乗馬セラピーの実践
- 1 のぞみ発達クリニックの実践
- 1 知的障害児への乗馬セラピーの試み
- 2 私の出会った乗馬セラピーの実践
- 1 わらしべ園と乗馬療育インストラクター養成校
- 2 RDA Japan
- 3 なみあし学園
- 4 麻布遊鞍ライディングクラブの乗馬セラピー
- 5 アメリカ ハイホープス(High Hopes)での試み
- 第8章 アニマルセラピーの課題
- 1 小動物のアニマルセラピーの課題
- 2 乗馬セラピーの課題
- [アニマルセラピー関係用語]
- [障害児・者関係用語]
- [引用・参考文献]
- あとがき
はじめに――いま必要な安らぎとぬくもり――
この本のタイトルを,『アニマルセラピーのすすめ』としました。誰に「おすすめ」しているかというと,この社会の「弱者」全てにおすすめしています。「弱者」というと,障害児・者や高齢者…だと思いがちですが,実は動物をはじめこの世に生を受けている私たち全てが「弱者」なのではないかと考えるからです。
私たちは日常,自分が「弱者」であることを忘れています。もしあなたが女性であるなら,すでに社会的弱者です。男性であっても,会社の中では上司がいるはずです。その前では「弱者」かもしれません。会社の社長さんも,経済の流通という大きなサイクルの中で,一時的な特権を持っているのであって,もし社会の構造が急に変わってしまったら,即時「弱者」となることもあり得ます。あの巨額の負債を抱えて倒産したSデパートのM会長は,M天皇と呼ばれていましたが,一瞬にして頭を下げる時を迎え,社会の弱い人になってしまいました。また,健常な生活を送っていると思っていても,いつ私たちは障害を負うかもしれません。私たちはそのことについて,ほとんど気づかずに,いえ気づいても頭から,またその恐怖から逃避して生活しているのかもしれません。
こんなことがありました。私はあるマンションの,住人で作る管理組合の理事をしていました。10数年前に,住人の中で車椅子の人や杖をつく高齢者がいるので,外階段にスロープをつけたらと理事会で提案しました。そうすると,ほとんどの理事が,そんなお金のかかることを数人のためになぜするのか,そのようなことを今すると,今度は点字ブロックをつけろだの,エレベータに音声をつけろだのと,どんどん要求がエスカレートするから必要ない,という結論になりました。ところが,10数年経った今,ナンと以前私が提案したようなスロープが,外階段についているではありませんか。10年以上たって,同じメンバーの理事会の理事たちが,自分が年をとってきてその階段を上がるのがつらいことが,ようやく身をもって分かったのでしょうか。
人はいつまでも,自分は若く活動的だと思っています。自分が年をとっていつか体が動かなくなる時がほぼ全員に,ほぼ確実に来ることや,まして20年後の自分自身が,杖に頼って歩く姿を想像することなど,私自身でも容易ではありません。自分が健康であればあるほど,自分以外の人間のつらさや痛みを感じたり,それについて考えることが難しいのは当然です。ですから,それに気づいた今,「弱者」のための,弱者にやさしい社会について考えて,そしてできることなら実行していくことが,私たちにとって今がタイムリーな時期ではないかと考えます。それは,ここでは動物に例をとっていますが,例えば動物にやさしい社会は,全ての「弱者」にとって,やさしい社会であると思うからです。アニマルセラピーについて述べるのに,「弱者論」(?)を述べると,ナンだか「風が吹くと桶屋が儲かる」式の話に聞こえるかもしれませんが,そんな展開のあることではなく,単に動物にやさしい社会の,やさしい人間によってアニマルセラピーを実現したいと願うからです。ここで言う「アニマルセラピー」とは,わが家の飼い犬などに癒されることも含みますが,むしろ乗馬訪問活動(後述)によるものも意味しています。ですから,動物によって「癒される」ことを望んだら,癒してくれる動物と,それをしようとしている人両方が幸せでなくては,それは実現できません。ですからもし,アニマルセラピーをお金儲けの対象としたり,それが自分の名声や売名のためだけの手段であるなら,そこには動物の福祉など存在しません。そして,「弱者」への愛情などあるはずがありません。私たちが,「弱者」のことを懸命に考え,そのために何かを実行に移すということは,最終的には,自分自身をその中に投影し,その結果,自分自身が生きていることの真実と本当の幸せを見いだすためにするのかもしれません。「やさしい社会って,こうなったらいいな」と,アニマルセラピーを通して一緒に考えてみたいと思います。
ナンだかずいぶん大きな話になってしまいました。でもこの本の中で言っていることは,「動物はとってもやさしくて暖かくて,いとおしくて素直で,触っただけでリラックスする存在」ということです。そんなフィーリングを,人を癒す前にまず自分で実感し癒されてみて,それが実感できたら,一緒にその喜びを人にも分けてあげましょうよと,提案しているだけなのです。そこには人とのやさしいつながりや,愛のある豊かなコミュニケーションも存在すると考えるからです。
2001年3月 著者 /津田 望
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- 明治図書