- はじめに
- 第1章 個性と障害の間に
- 1 発達障害の基本的理解
- 2 「風変わりな子」は個性か――個性と障害と特性
- 3 自己理解と進路選択
- (1)自己理解
- (2)特性理解と障害告知
- (3)進路選択
- 4 自立の形はさまざま
- 5 就労を支援する制度
- 6 社会的自立のためのソーシャルスキル
- (1)基本のマナー
- (2)働くことに関連して必要なスキル
- (3)人間関係とストレスの解消
- (4)金銭の管理
- 第2章 自立を支える(Minnesota の Transition Program)
- 1 「働く=自立」か――東金事件から思う
- (1)東金事件の概要
- (2)事件の背景と問題点
- 2 Minnesota の Transition Program
- (1)OSTC のビジョン
- (2)OSTC の実践
- (3)まとめ
- 第3章 思春期は激動の時代
- 1 思春期までの人生の歴史の上で起こるさまざまなできごと
- (1)不登校
- (2)仲間関係のトラブルといじめ
- (3)少年非行
- 2 思春期の課題の背景
- (1)生物学的背景
- (2)心理学的背景:自己同一性(アイデンティティ)の確立
- (3)社会的背景:インターネットをはじめとする社会的環境
- (4)教育的背景:学校の状況,学力,仲間関係
- (5)家庭的背景:家族の姿は変わったか
- 3 発達障害と思春期
- (1)タテマエとホンネの二重構造
- (2)不登校と発達障害
- (3)ゲーム依存
- (4)思春期の混乱
- (5)進路選択の葛藤
- 4 思春期に関連する疾患
- (1)喘息,アトピーなどのアレルギー疾患
- (2)心身症
- (3)精神疾患
- 第4章 さまざまな支援の具体例
- 【学習支援】
- 1 数学が苦手な生徒への支援
- 2 読み書き困難がある子どもへの指導
- 3 英語の読み書き困難がある生徒への支援
- 4 英語が苦手な生徒への支援
- 5 体育が苦手な生徒への支援
- 【社会性の支援】
- 6 暗黙の了解ができない生徒
- 7 会話がかみ合わない生徒
- 8 集団のルールになじめない生徒への支援
- 9 人との距離が上手に取れない生徒
- 10 ルールが守れない生徒への担任による支援
- 【生徒指導・教育相談】
- 11 仲間とのトラブルから不登校になった生徒
- 12 家庭に引きこもっている生徒への支援
- 13 教師に激しく反抗する生徒
- 14 緘黙状態が長びいている生徒
- 15 パニックを起こす生徒
- 【進路指導】
- 16 長期的な視野に立った進路選択
- 17 キャリア教育としての支援
- 18 自己理解から進路選択への支援
- 【さまざまな支援の形】
- 19 特別でない特別支援教育
- 20 高等学校での学級単位のソーシャルスキル教育
- 21 保健室での支援
- 22 スクールソーシャルワーカー(SSW)の支援
- 23 スクールカウンセラーの支援
- 24 高等養護学校での支援
- 25 教育センターでの支援
- 26 特別支援学校のセンター的機能
- 27 就労支援
- 28 非行化した子どもの育て直し
- おわりに
- 索引
はじめに
思春期は,たいへんデリケートで難しい時期である。心と体が大きく変わり,「自分とは何だろう」と自己に対する洞察も芽生える。その一方で,社会的には進学・受験と自分の将来についての決断も迫られる時期である。
私は,発達障害をはじめとする,さまざまな生きづらさを持つ子どもたちの支援に取り組んでいる。同じように相談・支援を仕事としている友人たちとは,「思春期以降の問題は手強い」という意見で一致している。問題が複雑化して子ども自身も不安定で難しい状態である上に,学校教育を終え社会に出るまでに残された時間が限られているからだ。教育だけでなく,医療,福祉,司法,就労等の多領域にわたる知識と速やかな判断が必要になることも多い。いくつかの例を通して,思春期以降の支援について具体的に考えてみよう。
〈相談事例1 高校進学〉
ある保護者からの相談である。
「中学3年生の息子ですが,小さい頃から読み書きが苦手で勉強では苦労してきました。手先も不器用です。普段の会話は2歳上の兄と比較しても,それほど遜色はないので年齢相応だと思っています。最近読んだ本で,読み書きの苦手さや不器用さは LD の場合があることを知りました。もうすぐ受験なのですが,どうしたらよいでしょうか。」
小さい頃からの様子(生育歴)をうかがうと,どうも LD(読み書き困難)や発達性協調運動障害(DCD)の可能性がありそうなのだが,何しろ中学3年生。受験は目の前である。根本の問題である読み書きや不器用さへの支援は時間と専門性が必要であるが,それでは入試に間に合わない。そこで,当面の課題として「受験をどうするか」と,長期的な課題として「読み書き困難,不器用さへの支援」に整理した。
当面の課題である受験については,本人の個性に合った学校を選ぶことが重要である。読み書き困難があるのならば,普通科で教科指導を受けるよりも,実習的な学習の方が,本人の得意な面を発揮できるだろう。しかし,不器用さもあるので,機械科や被服科等の細かい作業を必要とするものは困難である。むしろ,園芸科や生活科学科,食品化学科,福祉科等の職業学科で,本人の興味・関心に合うものを検討することが現実的であろう。読み書き困難があると受験は不利になるので,公立だけでなく私立も併願しておく方がよい。あるいは私立単願(1校のみの受験)の可能性もあるだろう。併願する場合は,志望校(私立)の過去の入試問題を確認しておくとよい。解答が記述式より,選択式の問題の方が多い学校の方が,書くことの負担は少ないからである。
上記のような助言を行い,受験に向けての準備をした。
〈相談事例2 医療との連携〉
A君は中学校に行けなくなってしまい,お母様に連れられて相談にみえた。私の顔を見るなり「何だてめぇは! ぶっ殺すぞ」と,怒りをあらわにしている。A君に聞くと「何だか分からないが,一緒に来いと言うから来た」と言う。「自分はおかしくない。別に何ともない。こんな所に来る理由はない!」と,怒っている。私は,「何も知らされずに連れて来られたら,A君が怒るのも当然だと思う。A君がおかしいということではなく,いろいろ苦労をしているようなので,君の力になりたいと思っている。君に不愉快な思いをさせるつもりはないので,どうしても嫌だったら無理しないでよいと思う。また,気分が向いたときに来て欲しい」と,彼に伝え,その日は特に何もしないで帰宅してもらった。
何日かして,2度目にA君がやってきたときは,前回とはうってかわって穏やかな表情だった。「この前はすみませんでした」としおらしい。私といろいろな話をしたい,とA君が言ってくれたので,お母様も交え,三人でいろいろな話をすることにした。話をしたい,というのがA君の希望なのだが,ほとんど彼が一方的に「○○知ってる?」と質問し,私が答える,という繰り返しで,会話にならない。ちょっとでも彼の意に沿わない答えをすると「ダメじゃないか!」と怒る。しおらしい態度と,怒ったときのギャップが大きく,また1時間のうちにくるくると気分が変わるなど,非常に不安定で情緒の揺れが大きい印象だった。家庭内でも同様で,ときには暴力をふるうこともあり,家族も疲れ切っていた。服薬治療の必要性を感じ,精神科に紹介状を書いた。通院に際しては,A君に「君がおかしいということではなく,普段いろいろ苦労が多くてつらい思いをしているのだから,少し薬の力を借りてみては」と説明した。精神科医より,リスパダールの処方を受ける。医師が薬の作用について理論的に説明してくださったので,A君は服薬の必要性について納得し,処方通りにきちんと服用できた。服薬により気分の激変が落ち着き,会話や簡単なゲームなどを一緒に楽しめるようになった。
〈当面の課題と根本の問題〉
思春期は,すべての人にとって心と体が大きく変わる激動の時代である。特に14歳前後は,さまざまな問題が生じやすい時期だ。中学校では「2年生」というのは,一番難しい時期だと考えられている。入学したての1年生(まだ緊張している),受験を意識する3年生(目標が明確になり大人になってくる),その狭間の2年生は中学校生活には慣れるが,まだ目標は定まらず,何となく中途半端で落ち着かない学年である。しかし,学校外の専門機関で,いろいろな子どもたちの支援をしていると「どうも学校環境だけの問題ではないのでは」と感じることが少なくない。発達心理学から見ても14歳というのは発達の節目であると考えられているし,生物学的にみても,急激な体の成長,ホルモンバランスの問題等,14歳前後というのは質的な転換がある大事な時期である。
「発達障害」の子どもたちの思春期は,よりいっそう複雑である。特に,「発達障害」の特性があるのにもかかわらず,診断されないままできている生徒に,その傾向が顕著に見られる。診断されていない生徒の方が難しい,というと不思議に思われるかもしれないが,実際そうなのである。幼児期や学童期といった早い時期に「発達障害」と診断された子どもたちは,程度の差はあれ,何らかのサポートを受けて育ってきている。親や教師など周囲は,彼らの持つ「学びにくさ」や「生きづらさ」について,程度の差はあっても理解している。一方,未診断の生徒は,さまざまなことについて「うまくいかない」という不全感を持ちながらも,本人の問題とされ,何の支援もないまま叱責や批判を受けて育ってきている。この差は非常に大きい。人格的なゆがみを生じたとしても,無理はないだろう。思春期以降は,その子どもの13年なら13年なりの,14年なら14年なりの歴史を経た,さまざまな問題と対峙していかなければならないのである。
根本にある発達障害による「生きづらさ」は同じであっても,それまでの育ち方の違いによって,思春期以降は格差が大きくなる時期である。よい支援者に恵まれ,早期発見早期支援がうまくいった子どもたちは,円満な人格として成長し,本来持っていた困難さも成長とともに軽減され,よい適応状態にあるケースが多い。一方,理解されないままに生きづらさと失敗経験を積み重ねてしまった子どもたちには,二次的な問題の方が大きくなっているケースも珍しくない。日々の生きづらさの積み重ねからうつ状態や,強迫症状が強く出ているケースや,不登校,非行といった問題もしばしば見られる。日々の苦しさに押しつぶされ,方向を探しあぐねて,もがき苦しむ子どもたちの悲鳴が聞こえるようである。
しかし,本人の状態にかかわらず,進路決定,受験は待ったなしである。根本の問題に対する地道な取り組みは進めていくにしても,まず当面の課題に対処していかなければならない。相談事例1は,読み書きの問題について取りあげるだけでは,受験を乗り切ることができないので,当面の課題として進路指導,受験対策を考えたケースである。相談事例2は,服薬治療が必要だと判断したケースである。周囲の理解と支援だけでは限界があり,家族が疲れ切っていた。子どもを支えるためには,家族の力は欠かせない。家庭が壊れてしまっては共倒れになってしまう。情緒の混乱が激しい思春期の一時期,薬の力を借りることで,生活を安定させることが必要であった。相談事例2のA君は,根本には広汎性発達障害の一つであるアスペルガー症候群があった。発達障害の支援に取り組む専門家の間では,「広汎性発達障害の思春期を乗り切るために薬の力を借りる」という言い方をすることがある。発達障害の子どもの場合,思春期の一時期を乗り切れば,その後は安定し,服薬が必要なくなるケースが少なくない。
思春期以降はさまざまな問題が複雑になるとともに,自立までのカウントダウンが始まる。思春期から自立に向けての人生で重要な時期に,混乱の中でさまよっている子どもたちにとってのビーコン(方向を示す標識)となるものを示したいと考え,本書を執筆した。本書は,保護者や教師などの支援をしている立場の方だけでなく,当事者である子どもたちにとっても役立つものであってほしいと願っている。
2010年4月 /鳥居 深雪
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- 明治図書