- はじめに
- 第1部 「教えて考えさせる授業」の問題提起とは
- / 市川 伸一
- 第1講 「教えて考えさせる授業」とは何をさすのか
- 一 「教えて考えさせる授業」とは―三つの文脈と意味/二 どんな授業構成なのか―四段落を考慮した展開/三 本書のねらい―誤解に基づく反対論にも賛成論にも対処する
- 第2講 いったいどんな授業なのか―算数と理科の実例から―
- 一 「教えて考えさせる授業」の授業構成/二 小学校五年算数「平行四辺形の面積」の授業/三 「教えて考えさせる授業」の趣旨と方針/四 小学校五年理科「てこのつりあい」の授業
- 第3講 なぜ「教えて考えさせる授業」なのか―子どもと授業の実態から―
- 一 教育実践に関わりはじめたころ/二 学習相談の経験から/三 学校の授業の様子から/四 何が授業の基本方針だったのか
- 第4講 習得―活用―探究と「教えて考えさせる授業」
- 一 習得と探究の学習サイクル/二 「教えて考えさせる授業」は習得の授業設計論/三 あらためて「習得」「探究」とは/四 「活用」をどうとらえるか
- 第5講 「教えて考えさせる授業」をどうつくるか―四つの段階と三つのレベル―
- 一 教科の授業をするようになって/二 「教えて考えさせる授業」の段階とレベル/三 実際の授業では―中一数学「線対称と点対称」
- 第6講 「教えて考えさせる授業」の協議会―「三面騒議法」のすすめ―
- 一 授業後の協議会のあり方/二 建設的批判とグループ討議の重要性/三 「三面騒議法」の手続き/四 授業者、参加者、司会進行者の心構え/五 三面騒議法の実施を通して
- 第7講 講演・研修後のアンケートから
- 一 「教えて考えさせる授業」の受けとめ方/二 肯定的な意見・感想として/三 疑問の残った点として/四 批判的な意見・感想として
- 第8講 算数教育からの批判に応える
- 一 「教えて考えさせる授業」への反発・批判/二 Educoの匿名コラム記事から/三 『教えるって何?』での評論/四 どこが同じで、どこが違うのか
- 第9講 初等理科教育での論争から
- 一 予習と理科学習/二 草加大会とその後の論争/三 知識を先に与えることへの違和感/四 違和感を超えた相互理解へ
- 第10講 各教科・各校種での「教えて考えさせる授業」
- 一 算数・数学における広がり/二 理科での導入の様子/三 実技教科での展開/四 国語・社会での難しさと実践/五 外国語の授業はどうなるか
- 第11講 「教えて考えさせる授業」実践校の成果と課題
- 一 実践校との関わり/二 校内での合意形成と教員の変化/三 指導目標の明確化と授業設計の手立て/四 児童・生徒に見られる成果/五 実践校での課題とその克服
- 第12講 まとめと今後の課題・展望
- 一 「教えて考えさせる授業」の背景を振り返る/二 「教えて考えさせる授業」の趣旨を確認する/三 習得には「教える」ことと主体的構成とが必要/四 「考えさせる」課題の特徴/五 結びにかえて―今後の課題と展望
- 第2部 「教えて考えさせる授業」はどう実践されているか
- ―各地の取り組みレポート―
- ○解説「教えて考えさせる授業」の広がりと課題 市川 伸一
- 1 青森県八戸市立長者小学校
- 学ぶ意欲を高め、確かな学力をはぐくむ指導の工夫・改善
- 〜必要な知識・技能をもとに、自分で考えていく授業を〜
- 学校紹介/一 「教えて考えさせる授業」導入の経緯/二 校内の体制づくり/三 実践の展開/四 成果と課題
- 2 石川県かほく市立宇ノ気小学校
- 思考の深まりを大切にした授業で、学ぶ意欲を喚起する
- 〜四段階の授業展開をカードで示し、わかりやすい進行に〜
- 学校紹介/一 「教えて考えさせる授業」導入の経緯/二 校内の体制づくり/三 実践の展開/四 成果と課題
- 3 岡山県倉敷市立柏島小学校
- 理解深化問題の工夫とグループ学習で説明力を育てる
- 〜教師の説明を絞り込み、考えさせる時間を確保〜
- 学校紹介/一 「教えて考えさせる授業」導入の経緯/二 校内の体制づくり/三 「教えて考えさせる授業」の実際/四 研究の成果と課題
- 4 沖縄県うるま市立具志川小学校
- 基礎・基本を身につけ、進んで活用できる子の育成
- 〜教える場面の改善と理解深化問題の工夫を図る〜
- 学校紹介/一 「教えて考えさせる授業」導入の経緯/二 校内の体制づくり/三 実践の展開/四 実践の展開(低・中・高学年)/五 授業研究会/六 成果と課題/七 平成二四年度(今年度)
- 5 岩手県盛岡市立上田中学校
- 「確かな学力」を身につけさせるための「確かな授業」の追求
- 〜異教科の研究班が効果的にはたらく〜
- 学校紹介/一 「教えて考えさせる授業」導入の経緯/二 校内の体制づくり/三 実践の展開/四 成果と課題
- 6 長野県千曲市立更埴西中学校
- 学習力の育成にすべての教科で取り組む
- 〜自分の言葉で説明できる生徒を育てる〜
- 学校紹介/一 「教えて考えさせる授業」導入の経緯/二 校内の体制づくり/三 実践の展開/四 成果と課題
- 7 長崎県教育センター
- 学力の確かな定着と向上をめざす授業づくりとその普及
- 〜センターからの出張研修で全県的に取り組む〜
- 長崎県教育センター紹介/一 「教えて考えさせる授業」導入の経緯/二 県内の体制づくり/三 各教科における「教えて考えさせる授業」の展開/四 成果と課題
はじめに
日本の学校教育は、一九九〇年代に大きく梶をきりました。それまでの教育が教師による知識の教え込みになっていたのではないかとの反省から、「新しい学力観」という言葉が生まれ、いわゆる「ゆとり教育」が本格的に推進されるようになります。とくに、小学校では、授業のしかたも大きく変わりました。教師が教えるのではなく、子どもに考えさせ、話し合いをさせ、気づかせるという授業への転換です。
私は、当時、地域の子どもたちを大学の研究室に呼んで、学習のカウンセリングをするという活動をはじめたころでした。「授業がわからない」「家での勉強のしかたがわからない」というような児童・生徒が、夏休みを中心に大学にやってきます。私たち研究者や大学院生が、個別に相談や教科指導を行い、そのケースを検討しあうという活動を年間を通じて行っていました。そこで、あらためて驚くのは、授業がわからないという子どもの多いことです。
ただし、ここからが重要な点ですが、私は当初、授業がわからないというのは、教師が一方的にどんどん教え込んでいく授業をするからだと思っていました。ところが、子どもたちの言うことがどうも違うのです。「先生が教えてくれないからわからない」と言うのです。では、いったい授業では何をしているのかと聞くと、「さあ、自分で考えましょう」「みんなで話し合って考えましょう」という自力解決や協同解決の時間がやたらに長くとられ、教師がわかりやすく説明してくれる時間がほとんどないと言います。
その後、私自身、授業見学をする機会が増えるようになり、そうした授業を多く見かけるようになりました。「確かに、これでは子どもたちは、わからないだろう」と思わざるをえませんでした。時代の風潮というのは怖いもので、当時は、そういう授業がよいものとされ、皆でめざしていたのです。「教える」「指導」「知識」などの言葉は極めて悪いイメージをもたされ、「子ども中心」「指導より支援」「問題解決」「自力解決」などの言葉がとびかいました。そして、この傾向は、まだ根強く残っています。
正直なことを言えば、私自身も、一九九〇年代は、学習相談の実践研究をする一方で、探究型、創作型の授業を提案したり、実践を紹介したりしていました。ただし、それは、あくまでも基本的な知識・技能は手堅く身につけることを前提としての話です。その前提が、もはや全国的にかなりくずれていたわけです。
公教育で、最も大切なのは、バランス感覚であろうと私は思っています。ところが、現実には、振り子が振れるように、極端から極端へと方針が振れやすいのも教育界の特徴です。一方の極の方針で実施してまずいことが起こると、マスコミも教育学者も徹底的に批判し、まったく逆の方向に行こうとするのです。
少なくとも、知識・技能の習得をめざした授業では、教師が基本的なことをわかりやすく教え、子どもたちが共通の知識をもった上で、クラス全体で問題解決や討論を行って理解を深めるというのが「教えて考えさせる授業」です。これを聞くと、「何をアタリマエのことを言っているのだろう」と思う方も多いでしょう。それがアタリマエでなくなってしまったのが、一九九〇年代以降の学校教育なのです。
この一〇年あまり、「教えて考えさせる」というフレーズは、ずいぶん広まったようです。私も、中央教育審議会にはいってから訴えてきましたし、講演、雑誌、書物などで主張してきました。二〇〇五年以降、中教審答申では、「教えて考えさせる」という表現が使われるようになりました。しかし、それに伴う誤解や反発もあります。誤解・反発の代表例は、「教師が先に教えてしまったら、子どもは考えないではないか」というものです。私は、これまで関わってきた三〇校を超える学校の生徒の様子や先生方の声から、そんなことはないと自信をもって言えます。むしろ、そういう反論をする方は、教師が教えたあとに、何を考えさせるか、という発想がないのでしょう。教師の教える知識はゴールではありません。むしろ出発点なのです。知識があるからこそ、新たな疑問や興味も生まれ、さらにすすんだ問題解決や話し合いができるのです。
本書第1部では、明治図書の『現代教育科学』で、二〇一一年度に連載された小論を、一二回の講演に見立てて再構成しました。さらに、『教えて考えさせる授業』に継続的に取り組んでいる小学校四校、中学校二校、県の教育センターに、その様子を紹介してもらったのが第2部です。
『教えて考えさせる授業』は、習得の授業のオーソドックスな設計原理であり、すべての授業をこの方法で行おうという極端な主張ではありません。しかし、日常的な教科の授業の大半は、何らかの意味での習得をめざしていることを考えると、適用範囲はかなり広いものです。
そして、「教えて考えさせる」という習得の授業だけでなく、一方では、探究の授業も行われ、習得と探究が相互に結びつくことを想定した全体像をもっています。こうした多層的な授業論も本書の中で解説しました。時代を超えて地に足のついた習得の学習と、二一世紀型と言われるような探究の学習との両立を多くの学校がめざしてくださることを期待しています。
最後になりましたが、本書の企画をとりあげてくださり、編集の労をとってくださった明治図書の樋口雅子さん、多忙な中、執筆を快く引き受けてくださった実践校と長崎県教育センターには、心より感謝申し上げます。
二〇一三年四月 /市川 伸一
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- 明治図書
- 認知心理学の理論をわかりやすく教育現場におろしている点がよい。2017/4/1650代・小学校管理職
- 「教えて考えさせる授業」の理論と実践が両方書かれているところがよい。2016/8/28Y.S