- はじめに
- 第1部 小1プロブレムの今,ここから
- 第1章 小1プロブレムの「発見」とその克服
- 1 小1プロブレムとは何か/ 2 小1プロブレムの要因とその対応/ 3 克服と予防のすじみち
- 第2章 段差とはなにか
- 1 学校文化と学力格差/ 2 異文化としての就学前文化と学校文化/ 3 子どもが感じる異文化としての学校/ 4 異文化性に気づくシミュレーション授業のススメ/ 5 幼小人事交流のススメ〜インタビュー調査から
- 第3章 子ども・教職員・保護者の今〜二つの小1プロブレム・アンケート調査から
- 1 第1回アンケート調査で明らかになったこと/ 2 教職員はどう変化したか〜第2回アンケート調査から/ 3 保護者はどう変化したか〜第2回アンケート調査から
- 第4章 「くぐらせ期」とスタートカリキュラム
- 1 学びのスタート/ 2 「くぐらせ期」を小1プロブレム世代に/ 3 「くぐらせ期」のひらがな学習/ 4 「くぐらせ期」の算数/ 5 就学前教育と学校教育をつなぐ環境と教材
- 第5章 遊びと学びをつなぐスタートカリキュラム
- 1 スタートカリキュラムのコンセプト/ 2 ミッシングリンクは生活科
- 第2部 就学前教育と学校教育をつなぐスタートカリキュラム実践
- 第1章 遊びと学びをつなぐスタートカリキュラム
- 第2章 人間関係づくりプログラムでつながるスタートカリキュラム
- 第3章 多文化共生教育でつながるスタートカリキュラム
- 第4章 特別支援教育でつながるスタートカリキュラム
- 第5章 食育でつながるスタートカリキュラム
- 終わりに
はじめに
2008年3月,文部科学省(以下,文科省)から小学校学習指導要領と幼稚園教育要領が,厚生労働省(以下,厚労省)から保育所保育指針が相次いで公示されました。文科省が改訂したねらいの一つは,これまで各方面で論じられてきた「子どもたちにどのような学力をつけていくのか」について,PISA調査も視野に入れながら,文科省なりの方向を提示したことでしょう。そしてもう一つの大きな改訂のねらいは,小1プロブレムに象徴される小学1年生の新入期の課題について,文科省・厚労省が足並みを揃えて就学前教育と学校教育のスムーズな接続・連携を提案したことです。保育所・幼稚園・小学校(以下,保幼小)の要領や指針が一斉に改訂され,保幼小連携を強調するのは,かつてないことでした。それだけ,小1プロブレムや就学前教育と学校教育の段差克服という課題は,緊急にして大きいものだということでしょう。今まさに,子どもの発達や学びの連続性を見通した,就学前教育と小学校教育双方の質の向上と段差克服の具体的なアクションが求められているのです。
私たちは,1997年から大阪の地で,小1プロブレム研究を先駆的に研究してきました。小1プロブレムや保幼小の連携が大きな課題となっている今,あらためて課題を整理し,10年来の研究成果をまとめて,小学校新入期のスタートカリキュラムを提案していこうと考えました。2008年に実施した,保護者・教職員対象の第2回小1プロブレム・アンケートの分析も新たに加えて,今どきの子どもたちや親とどのようにかかわりを深め,子育て支援していけばいいのか,学校・家庭・地域がどんな協働関係を築いていけばいいのかを,明らかにしたいと思います。さらに,保幼小の教職員たちが,実際に段差をどのように克服して,連携のための意欲的な教育実践を重ねているのか,またスタートカリキュラムの内容についても,紹介したいと思います。
なお,幼児期の子どもたちが受ける教育の名称には,幼児教育や保育などさまざまな呼び方があります。本書では小学校とのつながりを意識し,焦点化する意味で,あえて就学前教育という呼称で論じていこうと思います。当然のことながら,幼児期の遊びと学びが土台となって小学校教育が豊かな広がりと深まりを持つことができます。幼児期の遊びや学びは,学校に従属しているものでも,補助的なものでもありません。それは連続している学びであり,豊かな根っこが地にしっかりと張り出していかなければ,学校教育で花咲きません。これまで自己完結して連携の少なかった保育所・幼稚園・小学校が,小1プロブレムなどをきっかけにして,相互連携や円滑な接続の取り組みを始めたのです。したがって,保育所・幼稚園と小学校の連携・接続を焦点化させる意味で,あえて就学前教育という言葉で,この書では語っていこうと思います。
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さてはじめに,全国に先駆けて,なぜ大阪から小1プロブレムの実践的研究が始まったのか,その背景について,少し述べておきましょう。大阪は歴史的に同和教育や人権教育のさかんな地域で,研究者と学校園教職員が協同して教育実践や研究を進めてきた風土があります。長年の教育改革運動のなかで,保護者支援や地域連携,異校種間連携がすでに生まれていたということも,その後の小1プロブレム克服の取り組みを容易に始めることができた要因の一つだと思います。
大阪の子どもたちの家庭的状況は,全国的に見てもたいへん厳しいものです。今,「子どもの貧困」が注目されており,阿部彩さんは,その著書『子どもの貧困』(2008年)の中で,日本の子どもの貧困率は14.7%と先進諸国中では高く,ひとり親家庭(特に母子家庭)の貧困率はいっそう深刻であると,指摘しています。大阪はこの点でも際だった状況を抱えている地域です。たとえば18歳未満の子どもを持つひとり親家庭率は,全国6.3‰に対して大阪府は8.6‰(2005年国勢調査),生活保護世帯は全国12.1‰に対して大阪府は25.7‰(2007年度厚生労働省調査),就学援助率も全国11.5 %に対して,大阪府は24.8%と,際だって高い支給率です。そのほか完全失業率や離婚率など,子どもの生活に直結するような数値でも,同じく厳しい数値が並びます。
また,大阪は歴史的に在日韓国朝鮮人児童生徒や同和地区児童生徒も多く在住し,近年はニューカマーの子どもたちも公立学校に多く在籍している,多様性に満ちた地域でもあります。こうしたマイノリティが多く在住する大阪では,「社会経済的に不利な背景を持つ子どもたちの教育を公立学校園はどう保障していくのか」が,常に大きな課題でした。教育の平等性を求める教育制度改革や学力保障・進路保障は,半世紀にわたる大阪の同和教育・人権教育の課題でした。地域・家庭と学校が協力して取り組まなければ,奨学金制度改革も,入試制度改革(障害のある生徒・ニューカマーの生徒の公立高校受験上の配慮や高校のいわゆる「特別枠」制度など)も,実現しなかったことでしょう。
子どもの生活現実から出発し,子どものエンパワメントをめざす人権教育の風土は,小1プロブレムの認知と克服においても,大いに活かされてきました。つまり,小1プロブレム研究はまさに,目の前にある「子どもの現実から出発」して,保幼小教職員が地域ぐるみで連携し,教育改革をしていこうとする同和教育・人権教育の中で育まれてきたと言っても過言ではありません。この小1プロブレム研究の母体も,大阪府人権教育研究協議会という公立幼小中学校教職員すべて(約4万人)が加盟する教育研究機関から始まったことも,至極当然のことだったと言えるでしょう。本書は,こうした教育風土と教職員文化を反映した研究と実践から生まれました。
さて,本書は2部構成になっています。第1部は,小1プロブレム研究の経過や,教職員・保護者アンケートの分析,そしてスタートカリキュラムについて,理論的実践的な整理を試みました。第2部は,当初より共同研究してきた学校・保育所・幼稚園・地域からの実践を紹介しています。遊びと学びをつなぐスタートカリキュラムづくり・人間関係づくり・多文化共生教育・特別支援教育・食育など多彩な切り口から,具体的な実践を紹介しています。どれをとっても意欲的で先進的な実践であり,大いに参考にしていただけたらと思います。
なお,文中に登場する子どもたちはすべて仮名で,提供された子どもの写真はすべて本人や保護者の許可をいただいております。また,表紙をはじめ文中で使用した素敵な子どもの写真は,福岡県・田川市立金川小学校教員の熊谷正敏さんによるものです。本文と共にお楽しみいただきたい素敵な写真です。
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