- まえがき 「小学1年生が変だ!」
- 第1章 「小1プロブレム」とは何か
- 1 「小1プロブレム」と「学級崩壊」の違いは?
- (1)高学年の「学級崩壊」
- (2)「小1プロブレム」とは?
- 2 文部省も認めた「小1問題」
- 3 「小1プロブレム」の背景にあるもの
- (1)子どもたちを取り巻く社会の変化
- (2)親の子育ての変化と孤立化
- (3)変わってきた就学前教育と変わらない学校教育の段差の拡大
- (4)自己完結して連携のない就学前教育と学校教育
- 4 「小1プロブレム」についての研究始まる
- (1)「学級崩壊」ビデオを見て
- (2)段差を実感したシミュレーション授業
- (3)保幼小中交流の場としての「ひらがな研」
- 5 「小1プロブレム」アンケートから見えてきたもの
- (1)親と子どもの変化について教職員にアンケート調査
- ※アンケート見本「小1プロブレム」アンケート
- (2)アンケート分析結果
- 6 「保護者の子育てニーズアンケート」から見えてくるもの
- (1)未曾有の450校園所 3万2000人の保護者の回答
- (2)子育てニーズアンケート調査
- (3)子育てニーズアンケートから見えてくるもの
- 7 今後のとりくみの方向定まる
- (1)保幼と小の段差を縮小するために
- (2)「今どきの子どもたち」の良さを生かした学びの創造を
- (3)受容・共感し合う人間関係づくり・仲間づくりを
- (4)地域の教育力の再生は,学校が力を借りることをとおして
- 第2章 アクションリサーチレポート
- 1 「ともだち以上 せんせい以下」のまきちゃん
- 二つの入学式 2000年春
- 二つの入学式 1999年春
- 小学校1年生への受け入れ決まる
- 「アクションリサーチ」って何?
- 「まきちゃん」がいいよ!
- 校内探検はクモの子状態
- 「いや! したくない! せえへん!」
- 2 入学したその日から小学生になるのではない
- 多文化共生が息づく高美南小学校
- ひらがな学習始まる
- 「くぐらせ期」の工夫
- 集団で学ぶことの意味
- 3 「小1プロブレム」の始まり
- 給食始まる
- 微妙なバランスの上に立つ学級の暮らし
- 「小1プロブレム」の始まり
- 実は「せんせい大好き! こっち向いて!」
- 悩み続けるよしこせんせい
- 「小1プロブレム」のとりくみ開始
- 4 子どもは子どもの中で育ち合う
- 多発するケンカと仲間への無関心
- 遊びの3間がない今どきの子どもたち
- 人間関係を学ぶ場としての学校園
- 異年齢集団で育ち合う体験を仕掛ける
- 6年生企画のフレンドタイム
- 原っぱでの異年齢集団の遊びの復活
- 5 今どきの子どもたちの良さを生かす
- つながりの芽生え
- 子どもたちといっしょに授業を創る
- 幼稚園や保育所だってやっている
- 運動会の体験をきっかけに
- 人権総合学習のテーマ選びは子ども発
- 音探しの旅は冒険の旅
- 人権総合学習の息吹
- 6 「自分が好き ともだちが好き」と言えるために
- ほわっと包み込む声って大事!
- ねえ,ねえ,お話,聴いて!
- お話を分かち合う
- 「自分が好き ともだちが好き」と言えるために
- 「ケンカもするけど 力合わせて」
- 7 子どもたちは語るべき多くのことをもっている
- ぽかぽか陽気の日溜まりで
- 6年生みたいなこと,やりた〜い!
- 企画力抜群の子どもたち
- 子どもたちとの対話から始まる
- 調べ学習での出会い
- 聴くこと そして じっと待つこと
- 子どもたちは語るべき多くのことをもっている
- 8 子ども一人を育てるには村中みんなの力がいる
- 保護者と教職員の信頼関係がむずかしくなってきた
- 子育てのしんどさに共感することから
- 孤立無援の子育てのしんどさ
- 子育ての答えは一つではない
- 授業・保育の参観から参加,そして企画へ
- 「子ども一人を育てるには村中みんなの力がいる」
- 9 子どもは今を生きている
- 小動物は子どもたちのパートナー
- 6年生とのお別れ ミニミニフレンドまつり
- わたしが一番変わった!
- わたしたち,先輩になるんやで!
- 第3章 「小1プロブレム」をともに越えるために
- 南小で学んだこと
- 「小1プロブレム」をきっかけに地域教育コミュニティを
- いざ「学級崩壊」や「小1プロブレム」が起きたら
- ピンチを教育改革のチャンスに
- おわりに
まえがき「小学1年生が変だ!」
今,日本の公立小学校は約2万4000校,学級は約27万クラス,小学生は約750万人いると言われている。その小学校で「学級崩壊」と呼ばれる現象が顕在化してきてすでに10年近い。「学級崩壊」はどの学校でも,どのクラスでも起きる可能性のあることとして語られ始めている。現在の小学校教育の難しさは,小学校教員の精神疾患が急増していることからもうかがえる。大阪府で見てみても,この10年間に精神疾患で休職した中学校・高校教職員はほぼ横這い状態であるのに対し,小学校の教職員のそれは2倍以上になっている。
そして,学級経営がうまくいかないのは高学年ばかりではなく,1年生も「大変」なのだ。「数年ぶりに受け持った1年生は,これまでとまるで勝手が違う」「わがまま勝手放題」「すぐパニックになる」「まるで宇宙人と話してるみたい。気持ちが通じない」「みんなバラバラで授業にならない」など,最近,あちこちの学校でこんな声があふれている。小学校入学から数カ月を経て,いつもならもう落ち着いてきてもよさそうなのに,いつまでたっても1年生が学びに集中できず,クラスはトラブルやパニックの連続なのである。
「次の体育はドッジボールしよう」という教師の呼びかけに,「やりたくない」と座り込んで動かない子。授業中,うろうろ立ち歩くだけでなく,教師の横で自分も黒板に落書きをする子。授業中,寝ころんで絵本を読み出す子。ちょっと何かがうまくいかないと大声で泣き出す子。「アホ,ボケ,死ね」などの攻撃的な言葉を吐き,すぐに手や足が出てしまう子。隣の子の消しゴムをボロボロに砕き,悪びれもしない子。同時多発する子どもたちの一見,勝手気ままな行動に,一人の教師のまるでモグラたたきのような対応では収拾しきれない。「どうしてみんな同じことをしないといけないの? 学校ってつまんない」の声に教師はたじろいでしまう。殴る,蹴るのケンカが絶え間なく起き,だれかが泣いている騒然とした状態。泣いている子の横で,われ関せずとまったく気にもとめずに平気で絵本を読んでいる子もいる。
「あの先生に受け持ってもらったら安心だ」と言われてきたベテランの教師のクラスでも,この現象は多く起きている。むしろ,そのほうが多いのでは? という声もある。「もっと厳しくしつけることが先なのか,それとも,まずは優しく一人一人を受け止めていくべきなのか」これまで体験したことのない子どもたちの「群れ」に,教師がたじろぎ,とまどっている。騒然とした学級で,大声で一日中話をしなくてはならないために,教師がのどを痛めたり,体調を崩したり,とうとうストレスから長期休業に入ることも決して珍しくない。
当然,その原因をめぐって,学校の内外でかんかんがくがくだ。「家庭教育がなってないからだ」「いや,好き勝手させてる幼稚園や保育所の自由保育が悪いのだ」「学校が硬直化しているからだ」「教師の指導力が問題だ」などなど。現在ほど,家庭教育が批判にさらされ,学校教育が無力のように言われているときはないのではないか。
しかし,よく見ていると,さっきまで目をつりあげてパニックになっていた子が,先生の膝の上で抱きしめられながら話をされると,柔らかな笑顔に戻っている。ついさっきまで騒然としていたクラスが,子どもたちの興味を引く学習になると,突然,驚くほどの集中を見せ始める。まるで突風が吹き抜けるように,突然「荒れ」たり,突然集中したり。「これっていったい何なの?」ジグソーパズルのピースがうまくはまらないもどかしさのような,ピタッとこないもどかしさを抱えながら,1年生の担任が悩んでいる。
昨年訪れたある公立小学校では,1年生の担任二人ともが相次いで休職してしまい,講師二人が臨時に担任となっていた。また,ある大学の附属小学校でも毎年,小学1年生のクラスで子どもたちが机の上を歩いたり,授業が成立しないので担任が悩んでおり,どうしたらいいかという相談があった。また,新聞記者からは東京の「お受験」で有名な私学の小学校でも同様の現象が起きているが,なかなかオープンにならないとも聞いた。今や国公私立を問わず,子どもたちに共通した育ちとして,この小学1年生の問題はあるのではないか,そう考えるに至った。
果たして実態はどうなのか? 子どもたちは変わってしまったのか? 変わったとすれば,その原因は何なのか? どうすれば克服していけるのか? わたしが所属している大阪府人権・同和教育研究協議会(以下,大同教)ではこのような小学1年生の実態を「小1プロブレム(問題)」と呼び,全国でも先駆的に1998年から研究を続けてきた。大同教は大阪府内の公立全幼稚園・小学校・中学校と一部の保育所の教職員で構成されている研究団体であり,その会員数は1500校園所,3万5000人にのぼる。そのネットワーク力を駆使しながら,わたし自身も府内各地の保育所・幼稚園・小学校100校園所以上に入れていただき,共同研究・アクションリサーチさせていただいてきた。
また,実感ばかりが先走った論議にならないよう,できるだけデータに基づいて分析し,解決の方向を探りたいと,2年間に2度にわたる大きなアンケート調査を行なってきた。1999年には,保幼小低学年教職員1400人による子どもと親の変化について「小1プロブレム」アンケート調査を,2000年には保幼小低学年の保護者による「子育てニーズアンケート調査」を行なった。後者は各学校園所ごとのデータ集計をして,それぞれの子育て支援に役立ててもらおうという意図もあり,希望校園所を募ったところ,実に450校園所,3万2000人近い保護者のアンケートとなった。
この二つのアンケート調査から,「小1プロブレム」をめぐって教職員・保護者の生の声を聴くことができ,「小1プロブレム」克服の方向性に大きな示唆を与えられた。本書では,こうした具体的なデータも示しながら,「小1プロブレム」について,その要因や,克服の筋道を考えていきたいと思う。そして何よりも,わたしが出会ったたくさんの元気で素敵な子どもたち,悩みながらも子どもたちを愛し続け,解決の方向を見いだしていった教師たち,そして孤立した中で一生懸命子育てをしている保護者たちにラブレターを書くつもりで,それぞれの姿をお伝えしたいと思う。
2001年10月 /新保 真紀子
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- 明治図書