- 訳者まえがき
- 序文――エリ・エス・ヴィゴツキーの創造の道程
- /ア・エヌ・レオンチェフ
- 1 革命直後のソビエト心理学界
- 2 芸術心理学の研究
- 3 マルクス主義心理学の理論的=方法論的基礎の構築
- 4 心理の文化的=歴史的発達理論
- 5 ヴィゴツキーの歴史主義
- 6 心理的道具と精神機能の被媒介性の仮説
- 7 思考と言語活動
- 8 概念の発達に関する理論
- 9 意識の構造
- 10 結び
- 心理学における道具主義的方法
- 行動の心理学の問題としての意識
- 1 何か問題か
- 2 人間行動の定式
- 3 諸反射の協応
- 4 意識のメカニズム
- 5 自己意識と内省
- 6 可逆的反射と社会的交渉のメカニズム
- 7 結び
- 心理学の危機の歴史的意味
- ―方法論的研究
- 1 一般心理学の必然性
- 2 三つの心理学体系と一般心理学
- 3 説明的思想の発達の一般的運命
- 4 四つの心理学思想の運命
- 5 一般科学とは何か
- 6 批判ではなくて一般科学の研究を
- 7 無意識の問題
- 8 心理学の方法について
- 9 心理学の用語について
- 10 心理学の危機の意味
- 11 心理学における経験論
- 12 二つの心理学
- 13 心理学の危機の原動力
- 14 ゲシュタルト理論と人格主義とマルクス主義心理学
- 15 分析的方法と心理学的唯物論
- 16 将来の科学としての心理学
- 原注
- 参考文献
訳者まえがき
本書は、ヴィゴツキー著作集全六巻(ロシア語版、モスクワ、ペダゴギカ社、一九八二―八四年)中の第一巻『心理学の理論と歴史の諸問題』に収録されているヴィゴツキーの心理学方法論に関する著作三点とレオンチェフの解説論文を翻訳したものである。
ヴィゴツキーの心理学説に対する関心は、最近ますます高まっている。「八〇年代はヴィゴツキーのルネッサンス時代」とソビエト心理学界ではいわれるほどであり、厖大な著作集全六巻の刊行が、それを如実に物語っている。さらに注目すべきはアメリカ心理学界の動きで、六〇年代にブルーナー、コール、スクリブナーなどによって始められたヴィゴツキー研究がいよいよ活発化し、花開く時代になってきている。一九八五年に出版されたワーチ(Wertsch, J. V.)の二著『ヴィゴツキーと精神の社会的形成』および『文化、コミュニケーションと認知――ヴィゴツキー的視野』がそれをよく示している。
このようなヴィゴツキーヘの熱い関心は、彼の心理学理論の現代的意義からきていることは明らかである。「人間の心理とは何か」の問いに、現代の心理学が満足な解答を与え得ないのは、その方法論に根本的欠陥があるのではないかという反省がそこにはある。行動主義、ゲシュタルト心理学、フロイト主義などの人間理解の一面性を克服して人間を全体的に把握し、心理研究に歴史主義的アプローチをとろうとするヴィゴツキーの心理学方法論が注目をあびているのである。
ヴィゴツキーの心理学研究は多方面にわたっているが、彼はなによりもまず心理学方法論の確立に心血を注いだ方法論学者であった。問題の立て方がまちがっていれば、あとの研究はどれだけ緻密に正確に行われようと無意味であるというのが彼の持論であった。
方法論の研究は、当然のことながら学説史の検討を必要とする。ヴィゴツキーのこの方面における主要著作は「心理学の危機の歴史的意味」Исторический смысд психологического кризисаである。心理学諸流派の理論的基礎に徹底した哲学的批判を加え、真に科学的な心理学の方法論の確立をめざした論文である。一九二七年に執筆は終っていたが、他の研究に忙殺されて十分な推敲をする暇がなかったためなのか、草稿のままになっていたものを、ヴィゴツキーの弟子エリコニンたちの努力によって今回はじめて公刊の運びとなったものである。そのせいもあって、内容は興味津津たるものがあるが、この論文はかなり難解である。心理学史の二冊を傍らにおきながら読みすすめていただければさいわいである。
この著作への「入門」の意味をかねて、ヴィゴツキーの二つの短い論文を訳出した。「行動の心理学の問題としての意識」Сознание как проблема психологии поведенияは、前者より二年前にほぼ共通の問題意識から執筆されている。前者への「序説」とみることもできよう。
これに対し、「心理学における道具主義的方法」Инструментальный метод в психолоииは、ヴィゴツキー自身の心理学方法論を理解するうえで重要な鍵概念となる「心理的道具」による精神機能の「被媒介性」を簡潔に説明した論文である。
さらに、このようなヴィゴツキーの心理学説の全体を概観し、その方法論の現代的意義を解説した彼の高弟の一人レオンチェフの論文(ヴィゴツキー著作集第一巻への序文)を訳出した。
翻訳の分担は、「心理学の危機の歴史的意味」を森岡が、他の三論文を藤本が訳し、その全体に柴田が目を通し、訳文の統一をはかった。なお、各論文中の小見出しは原文になく、すべて訳者がつけたものである。ヴィゴツキー学派の心理学的業績ならびにその方法論についてはレヴィチン著、柴田義松訳『ヴィゴツキー学派』(ナウカ社、一九八四年)がよい解説を行っているので、参照していただきたい。
一九八七年六月 /柴田 義松
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- 明治図書
- 初期ヴィゴツキーの哲学的考察と今後の見通しが含意された著書は、1990年代後半以降、ヴィゴツキーの全体的構想からの読み直し(認知的+情動的側面)が進められているなか、精緻な読解が求められる書であり、すぐにでも手元において読み始めたい。ぜひぜひ復刊を。2011/1/23ザセツキー