- まえがき /梶田 叡一
- * 第1部 理論編 *
- T 今なぜ情動知能なのか? /松村 京子
- U 情動知能とは何か /松村 京子
- 情動知能とは
- 情動知能と学力
- 情動知能を育む時期
- V 子どもの情動知能を育むために /松村 京子
- 情動知能の育成をめざす
- 「人間発達科」学習プログラム
- 小学校で「人間発達科」を学習する意義
- 「人間発達科」の学習方法の特徴
- 「人間発達科」の学習目標・内容・評価規準
- * 第2部 実践編 *
- T 「人間発達科」の授業実践
- 「人間発達科」年間計画 /坂本 貢孝
- (第1学年の実践) 「分身くん」で1年生の自分を見てみよう /古賀 智子
- (第2学年の実践) 「自分のいのちのはじまり」を知ろう /坂本 貢孝
- (第3学年の実践) 成長・発達比べをしよう /坂本 貢孝
- (第4学年の実践) 赤ちゃん会を開こう /笹口 浩子
- (第5学年の実践) 感情のひみつを探ろう /植田 悦司
- (第6学年の実践) 自分の思考の発達を見つめよう /服部 英雄
- U 情動知能の育成を促す教具
- 理解や技能の獲得を助ける比喩的道具 /坂本 貢孝
- 声の色と形 /坂本 貢孝
- ラブレターを書こう /稲垣 明美
- 分身くん /坂本 貢孝
- 大きなぞうきん /坂本 貢孝
- あとがき /勝野 眞吾
まえがき
〜〈能動的知性〉の基盤づくりを〜
兵庫教育大学学長 /梶田 叡一
【これからの教育が目指すべき「確かな学力」】
「確かな学力」の育成が,これからの新しい学習指導要領によって目指されるところである。ただし,学力が強調されるからといって,反復練習やドリルばかりが言われるとすれば,それは間違いである。
「確かな学力」という言葉で表現されているのは,イメージ的に言えば,テストの点数だけではない,受験学力だけではない学力ということである。言い換えるなら,上辺だけの学力ではない,その場限りの一時的な学力ではないということである。
しかしながら,「確かな学力」の育成を学校で真に考えるのであれば,「〜でない」と否定的に語られるだけでは十分でない。具体的に志向すべきものとして,肯定的にイメージされ,意識されなくてはならない。
学習指導要領の改訂についての中教審答申(2008年1月)でも,改正学校教育法(2007年6月)でも,この「確かな学力」の具体的内容について,
(1)基礎的・基本的な知識・技能の習得
(2)知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力等
(3)学習意欲
からなるもの,という説明をしている。
これはこれでいいにしても,いかにも要素集合的で,統一したイメージとしては捉えにくい。結局,端的に言うと「確かな学力」とは何であるのか,それを育成するとはどういうことなのか,ということをもっと明確化しなくてはならないのである。
【「能動的な知性」と基盤としての体験・経験】
私はこれら諸要素を全て包含するものを「能動的な知性」という言葉で表現したい。知性とは,現在の人類を学名でホモ・サピエンスと呼ぶ際のサピエンスであり,またその原語となったサピエンティアである。これこそが人間の本質的な特性であり,他の生物にないところと言われてきたものである。
この知性とは,感覚を通じて得られた素材を整理統合して新しい認識を形成する力であり,それを土台に筋道を立てた思考をし,判断をする力である。別の面から言えば,知性とは,多くの物事を知っており,そうした知識や理解を活用しつつ様々なことをよく考え,妥当適切な結論を得る力である。
当然のことながら,そうした知性は,受け身の姿勢のままでは十分に発揮されない。能動性の中で,前向きの意欲的な姿勢を基盤として初めて発揮されるものである。このような知性を身に付けていれば,自らの感情に流されることなく,また周囲の雰囲気に埋没することなく,常に冷静かつ的確に物事を判断することができるということにもなるであろう。この意味において知性はまた理性の重要な土台ともなるものである。
こうした「能動的な知性」の基盤となるのが,豊富な体験とそれらの経験化であると言ってよい。情動知能育成を目指す取り組みの中で,こうした課題は大きな位置を占めるものではないだろうか。
体験は,当然のことながら,その大半は意識されないままである。そして,この体験のほんの一部が意識世界に上り,対象化概念化され,記憶として蓄積され,決定や行動を行う際にまた意識世界に上げられて吟味され参照されることになる。こうした過程が「体験の経験化」ということであり,体験についての認識が何らかの形で成立して以降の過程の全体を経験という名で呼ぶことができる。
こうしたことに十分に留意された教育実践が展開されて初めて,情動知能と「確かな学力」との間の緊密な関係が見えてくるように思われるのであるが,如何であろうか。
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- 明治図書