- はじめに
- T 教師は授業で勝負する
- 1◇授業勝負
- 2◇事 例
- (1) 6年の分数の乗除
- (2) 1・2年の歪筆箱作り
- (3) 東北師範大学附属小学校3年の仕事算
- 3◇授業勝負への期待
- (1) 「いちだんと質の高い数学」を目指して
- (2) 先生方の個性と独創性を大切に
- U 子どもの自立発展の素晴らしさ
- 1◇10までの分解の体得
- 2◇平面図形と空間図形の相似の体得
- (1) 相似変換から相似形へ――3・4年
- (2) 空間図形の相似へ――5・6年
- (3) 歪四角錐とピタゴラスの定理
- 3◇授業は「自立発展の法則」を生かす
- (1) 子どもは「受け3,出し7」である
- (2) 「自立発展の法則」顕在化の事例
- V 学習内容はたえず発展する
- 1◇バラ数による計算
- (1) バラ数計算の始まり
- (2) バラ数計算のいちだんの意義と授業
- (3) バラ数計算の教育課程
- 2◇確 率
- (1) 市民社会から
- (2) 5歳児の嗜み
- (3) 確率の教育課程
- (4) 確率を柱とする中国の新教育課程
- 3◇地球儀の幾何
- (1) 経緯度座標の意味
- (2) 地球儀作り
- (3) 国際線時刻表
- 4◇平面と空間の領域
- (1) 球面上の直線と平面上の直線
- (2) 空間にある平面と2面角
- W 数学の勉強をしよう
- 1◇「本来数学勉強」の必要
- (1) 「本来数学勉強」
- (2) たえず若いうちにと考えて,歳にめげず「本来数学勉強」を継続する
- 2◇論 理
- 3◇「文字言語」から「プレゼンテーション」へ
- (1) 文字言語への参入
- (2) 「文字言語」の世界と「数学」と
- (3) 「普遍的な証言」――プレゼンテーション
- (4) 文字式に向けて
- 4◇小数学を創ろう
- (1) 「分数の乗除」の小数学
- (2) 「複合量の3用法」の小数学
- (3) 「代数的構造」の小数学
- 5◇展望的数学勉強(未来展望の「本来数学勉強」)
- (1) 曲線と曲面の曲がり方
- (2) 確率と統計
- X 教育課程の研究
- 1◇本来教育課程」
- 2◇5歳児と1・2年の幾何学
- (1) 5歳児の立体作り
- (2) 1・2年の幾何学
- 3◇3・4年の幾何学
- (1) 基本図形の体得
- (2) 平面上の運動と性質
- (3) 制作活動
- 4◇5・6年の幾何学
- 5◇小学校6か年の数学教育の領域
- Y 第2次世界大戦後の数学教育の発展
- 1◇敗戦後の急速な発展
- (1) 束の間の自由――1945年9月〜1947年3月
- (2) 「新教育」の浸透――1947年〜1951年
- (3) 「総合学習」――コアカリキュラムの実践
- (4) 「単元学習」の批判
- 2◇自立運動と国際的展望,管理的敷衍の進行(1955〜1965)
- (1) 強靱な自立運動
- (2) 国際的展望,現代化運動とその批判
- (3) 管理的教育の敷衍
- 3◇「科学化運動」と「生きる数学」(1965〜1980)
- (1) 「科学化運動」の展開
- (2) 「生きる数学」へ
- 4◇「情報化」「国際化」「総合学習」の進展(1980〜1990)
- (1) 情 報 化
- (2) 総合学習
- (3) 「国際化」の進展
- 5◇今日の数学教育の諸問題(1990年〜)
はじめに
この本は,小学校で算数の指導をしている先生はもとより,これから小学校で算数を指導することになる教員養成系の大学の学生や院生にも活用していただくために執筆した。
私は1945年以来,すでに60年も数学教育の研究を続けてきた。その間,小学校の先生方と繰り返し研究会を持ち,日本の算数教育の発展に努力してきた。最近には,1997年から6か年にわたり,東京の国立と青山で開催の,朝日カルチャー「横地先生の作る数学」の教室で,1年生から6年生までの子どもたちを実地に指導してきた。この本では,こうした体験を資料に語ることにする。
あらためて語るが,今日の日本の算数教育は,学力低下の段階を越えて危機的状況にあると言ってよい。事態の一端を語ると次のようである。
〇気を許すと途端に見舞う学級崩壊
〇数学的な考え方を,文章表現はもとより言葉での表現もできない子ども
〇数学自体の学習を奪われ,計算技能叩き込みに追い込まれる子ども
〇4年生からは代数的思考に入るというのに,高学年になっても低次の作業に追われている子ども
〇2面角すら学べない貧弱極まる空間教育
〇バイブルとなった検定教科書に縛られ,高次の数学を閉ざされた子ども
……。
しかし,これら危機的状況の責めを小学校の教師に負わせるわけにはいかない。教師を育てる教員養成系大学での「算数教育」の指導体制の不足,年々,急速に発展する社会に対応して,教育課程も教育内容も年々,改造すべきなのに,それすら実現できない教育行政の未熟さ等等。こうした「構造的欠陥」の累積が危機的情況の大きな源である。
では,今日の危機的状況を克服するにはどうするか。その道は,大きく言うと次の2つである。
@ 現職の先生方,さらには教師を目指す学生や院生が,今日の日本の子どもにふさわしい算数教育の教育課程,教育内容,授業論,認知論,数学教育史等,まとめて言えば「数学教育学」を,体にしみつくほどに体得することである。そして,こうして先生方が「算数教育に強い先生」となることである。
A 前記の「構造的欠陥」を取り急ぎ改造することである。
この本では,何よりもまず,先生方が「算数教育に強い先生」となることを願って,@の内容について語ることにする。
あらためてこの本の内容を概括すると,次のようになる。
(1) 今日の小学生が,ぜひとも体得(体にしみつくほどに学習すること)しなければならない学習内容を明らかにしてみる。
(2) 教師は,授業を通していちだんと質の高い数学を子どもに体得させなければならない。子どもにいちだんと質の高い学力を保障しなければならないと言い換えてもよい。このような授業の方法を明らかにしてみる。
(3) 現在の子どもは,30年前とは比較にならないほどに高次の数学を渇望している。1年生は千や万を超えた数の駆使を渇望するほどになった。直角でない2面角を含むスポーツカーを,展開図を描いて製作するまでになっている。5年生は地球儀の幾何学を渇望し,成田―べルリン間,北京―ニューヨーク間の国際線ダイヤの作成を楽しむ時期となっている。しかし,いずれの数学も,授業で誘発されなければ,子どもは30年も前の低次の数学に縛られたままである。子どもが渇望する高次の数学とは何か,それを子どもから誘発する授業はどのように展開されるのか,これらの点を明らかにしてみる。
(4) 文化的市民社会は急速な発展を進めている。現に,子どもはその市民社会の中で生きている。大人になれば,文化的市民社会を逞しく開拓して進まねばならない。当然,文化的市民社会開拓の基礎となる数学の学習が必要となる。例えば,確率や空間幾何学は,すでに1年生からの学習内容でなければならない。このような数学は何か,それを子どもに体得させるにはどうするか。これらの点を明らかにしてみる。
(5) 上に述べてきた数学を子どもに体得させるには,これらの数学を含む教科書が欠かせない。幸い,私は1945年以来,60年にわたる間,あるいは指導し,あるいは研究を共にしてきた先生方の協力を得て,これに対応する教科書『検定外・学力をつける算数教科書』全6巻(明治図書)を刊行することができた。この教科書を活用し,あるいは参考にして,望ましい授業の展開を語ってみる。
以上のような意図で執筆したこの本が,多くの先生方に活用され,日本の多くの子どもが,本来必要とされる数学を体得できることを願っている。本書には未熟な点もあるが,皆様のご指摘を得て再版の機会に改訂したい。
なお,本書の出版に際しては,明治図書編集部の江部満氏,佐保文章氏はじめ多くの方のお世話になった。ここに感謝の言葉を記しておきます。
2006年5月 /横地 清
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- 明治図書