- 前書
- 序章 総合的な読みの力を育成する授業展開
- 一 刊行の経緯―継承と発展
- 1 先行文献との関連
- 2 『多様な読みの力を育てる文学の指導法』の反響
- 3 国語科全体への発展
- 二 多様な読みの力の育成の意義と方法
- 1 全授業記録と新しい指導法の提案
- 2 文学理論としての読者論を踏まえた授業の構想
- 3 〈多様な読みの力〉を育てる
- 4 理解単元における読書指導の統合を図る
- 5 自己理解力と自己表現力の統合を図る
- 6 学習単元にふさわしい教材選定と特色ある単元構想
- 三 多様化と総合化の統合
- 1 新学習指導要領における多様化の再確認
- 2 総合化の視野
- 3 総合的な学習の展開
- 四 実践の総括と発展
- 1 人に擬する
- ──動物ファンタジーの作者になろう
- 一 作者として動物ファンタジーを読む
- 二 単元の指導目標
- 三 単元の授業過程
- 四 授業の実際と考察
- 五 授業を終えて
- 2 家族と向き合う
- 一 家族と向き合う
- 二 単元の指導目標
- 三 単元の授業過程
- 四 授業の実際と考察
- 五 子どもたちが「家族」と向き合って
- 3 電子メディアの日常化
- 一 書物を読むからメディアを読むへ
- 二 単元の指導目標
- 三 単元の授業過程
- 四 授業の実際と考察
- 五 授業を終えて
- 4 ふるさとを伝える
- ──ルポルタージュを通して
- 一 島に生きる
- 二 単元の指導目標
- 三 単元の授業過程
- 四 授業の実際と考察
- 五 「島に生きる」実践を終えて
- 5 恋を歌おう
- ──多読を伴った短歌アンソロジーの編集
- 一 「短歌の創作・アンソロジー編集」
- 二 単元の指導目標
- 三 単元の授業過程
- 四 授業の実際と考察
- 五 心の豊かさを求めて
- 6 〈合作詩集づくり〉指導の可能性
- 一 詩歌集をたくさん読んで自分だけの合作詩集を作ろう
- 二 単元の指導目標
- 三 単元の授業過程
- 四 授業の実際と考察
- 五 成果と課題
- 7 群読や随筆を生かした古典への接近
- 一 平家物語の群読を楽しみ、古典随筆を学んで現代随筆を書く
- 二 教材化とその研究
- 三 単元の指導目標
- 四 単元の授業過程
- 五 授業の実際と考察
- 六 楽しんだ古典学習の授業を終えて
- 後書
- 写真撮影 /井上 一郎
- ・セザンヌが描き続けた南仏サンビクトワール山
- ・ビアトリクス・ポター「ヒルトップ」
まえがき
社会が動き、時代が揺れ、対応することが出来ずに混迷を深めている。教育課程審議会答申(一九九八年七月)や学習指導要領(一九九八年一二月)の総則が総括するように、今子どもたちは、苦悩し、呻吟する。教育現場はさらに厳しさを増し、現実への対応も不可能な状況だ。学習者だけが追い込まれているのではなく、教師も研究者も右往左往している。思想や哲学が教育に十分影響を与えることが追いつかない。教育理論も、行政の動きを見定めるのに躍起となっている。
新学習指導要領の改訂という行政的対応は、切迫する現実を囲い込もうと努力を重ねている。教育課程審議会の答申は、次のように学校のあるべき姿を求める。
学校は、子どもたちにとって伸び伸びと過ごせる楽しい場でなければならない。子どもたちが自分の興味・関心のあることにじっくり取り組めるゆとりがなければならない。また、分かりやすい授業が展開され、分からないことが自然に分からないと言え、学習につまずいたり、試行錯誤したりすることが当然のこととして受け入れられる学校でなければならない。さらにそのためには、その基盤として、子どもたちの好ましい人間関係や子どもたちと教師との信頼関係が確立し、学級の雰囲気も温かく、子どもたちが安心して、自分の力を発揮できるような場でなければならない。
このような教育環境の中で、教科の授業だけでなく、学校でのすべての生活を通して、子どもたちが友達や教師と共に学び合い活動する中で、自分がかけがえのない一人の人間として大切にされ、頼りにされていることを実感でき、存在感と自己実現の喜びを味わうことができることが大切であると考えられる。
あるべき姿を求め、改訂は行われた。だが、今回の改訂ほど教師の力量を前提にしたものはかつてない。学習者の興味や個性および現実や言語能力の実態に合わせた学習課題、教科書を遠く離れた教材開発、自己学習を支援する多様な学習方法、活動や体験を軸にした実技的能力の向上、異学年や地域など他者との積極的な交流、など様々なコンテクストを総合する能力が求められている。このような実質を教師一人一人が埋められなければ、改訂は脆弱なものとなり、いずれ内部から瓦解するであろう。どれほど困難だと身に染みようが、これだけ子どもたちを追い込んできた責任は、全ての教育関係者にある。待ったなしの緊迫した状況を打開する学習指導の改善は、どのような弁明や言い訳にも猶予を与えるものではないのだ。従って、決して従来の活動を繰り返すことは許されない。ただひたすら教師自身が研修を重ねるしかないのだ。思い切って、今いる場から飛び出し、あるいは他者から吸収し、多くの力を蓄えて備えなければならない。教科教育学者も、時宜にかなった有効な手だてを矢継ぎ早に発信しなければならないのだ。
今回の改訂では、「文部省中学校学習指導要領(国語)の改善に関する調査研究委員」として改訂の業務に従事した。調査官および他の調査委員とともに、猶予なき対応に迫られ、出来る限りの改善を行おうとした。勿論、不十分な点を残しているだろうが、少なくとも改善の方向を明示的に表現することだけは努めたつもりだ。今は、これらを具体化する活動と啓蒙に入るとともに、新しい自らの理論を構築しようとしている。本書は、そのような思いに立って、実施の時を待ちながら実践の試行を進めた成果である。
本書刊行に当たっては、明治図書の間瀬季夫・松本幸子氏にお世話になった。共同研究の意義を理解し、歩みを見守って下さった。ここに記し、会員を代表して謝意を表したい。
1999年9月 神戸大学発達科学部 /井上 一郎
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- 明治図書