- はじめに
- なぜ「読解表現力」か?/PISAの大きな敗因は「クリティカル・リーディング」である/この本の「ねらい」「内容」「読者」/日本人が国際的なコミュニケーション・スキルを身につけるために
- 第1章 どうしたら「国際的なコミュニケーション・スキル」が育てられるか?
- 1 PISAの最大の敗因は「読解表現力」と「クリティカル・リーディング」の欠落である
- PISAショックの課題/日本の高校生は,なぜ自由記述問題が不得手なのか?/なぜ「読解表現力」が必要か?/沈黙の文化と無答率/どうしたら沈黙の文化とさよならできるか/自由闊達に発言できる学校の秘密/無答率をなくすためにはただ書けばよいのか/日本の教育に欠けているのはクリティカル・リーディングである
- 2 私は国際社会をどのように学んできたか
- 英語でコミュニケーションするスキル/いじめ対策の海外調査とカウンセリング・スキルの学習/スペインのアニマシオンを学ぶ/PISA調査で本物のリーディング・リテラシーを知る
- 3 日本人のコミュニケーションのどこがおかしいか?
- 4 コミュニケーションの国際基準とは何か?
- 国際社会では,どんな「論理的表現力」が必要か?
- 5 先ず「自尊感情」を育てればコミュニケーションが好きになる
- なぜ,日本の子どもは自尊感情が低いのか?/どうしたら自尊感情を高めることができるか/相互交流のコミュニケーションが自尊感情を高める/ポジティブ・シンキング(肯定的思考)が自尊感情を高める/先ず,大人や教師自身の自尊感情を高めよう/難しい子どもや親に接するためには,「セッティング・リミット(限界を設ける)」が大切/どうやって子どもたちに規律を徹底させるか/何よりも表現することを好きにさせることが大切
- 第2章 PISA読解力調査でわかったこと
- 1 日本の高校生は何ができなかったのか? どうすればPISAに対応できるのか?
- 日本の高校生は,自由記述問題の無答率が際だって高い/自由記述の無答率は,2000年も2003年も,日本がOECDより大幅に高い/なぜ,日本の高校生は,読んだことについて自分の意見を表現できないのか?/授業中に意見を言わせないからPISAの得点が低い/読書量と読解力の得点/どうしたら本を読むようにできるか?/どうしたら本が大好きな子どもを育てられるか?/どうしたら本を読んで,自分の意見を表現できる子どもを育てられるか?/PISAの問題と,「国語」の問題の違い/なぜ,日本の高校生は自由記述問題が不得手で無答率が高いか?/日本の子どもたちは読書に対する意欲が極端に低い
- 2 具体的なPISAの問題文の特徴とその対策
- 「クリティカル・シンキング」とは何か?―喧嘩にならない相互批判―/小学生に論理的な意見文を書かせてみよう/PISAの三つの読解のプロセス/日本の生徒はなぜ「解釈」の問題で無答率が高いか?/日本の教育に決定的に欠けているのはクリティカル・リーディングである/「熟考・評価」とは何か?/相手を傷つけない評価や批判の仕方を身につけさせよう
- 第3章 「PISA型読解力」を育てる具体的な授業の方法
- 1 「PISA型読解力」を育てる七つの授業改革
- 2 PISA型どころではない,発言のできない
- 子どもたちを育てるための六つの鉄則
- 3 PISA型読解力を育てるための「読書へのアニマシオン」
- 読書へのアニマシオンとPISAの問いはそっくりである/読書へのアニマシオンと「情報の取り出し」/アニマシオンでは読解と表現を区別しない/アニマシオンでは読解と読書を区別しない/読書へのアニマシオンと「解釈」/読書へのアニマシオンと楽しいディスカッション/アニマシオンはすべてクリティカル・リーディングである/読書へのアニマシオンと熟考・評価
- 4 PISA型授業を実践するための三つの指導戦略
- 5 PISA型の発問の作り方
- @ アニマシオン・フィンランド型の初発の感想
- A 情報の取り出しの発問
- B 解釈の発問
- C 熟考・評価の発問
- 6 PISA型授業実践事例
- @ 「わらぐつの中の神様」の国語の授業の発問
- 「わらぐつの中の神様」の発問は国際基準に合うか
- A 「オツベルと象」でPISA型の授業を
- オツベルと象でクリティカル・リーディング/PISA型の授業の発問の評価基準/オツベルと象の発問の評価基準
- B 身近な非連続教材で国際的なコミュニケーション
- C 「からすたろう」でPISA型の授業
- なぜ「からすたろう」か?/生まれて初めての中学生の授業/絵を見て,根拠を挙げて自分の意見を言う授業/アニマシオンとPISAの共通点/アニマシオン型の発問/「からすたろう」でアニマシオン型の発問/「からすたろう」で熟考・評価のコミュニケーション/PISAを超えて,日本独自の国際的な読解学習と読解問題を創造しよう
- 〈参考資料〉
はじめに
なぜ「読解表現力」か?
2003年にOECDが行った学習到達度調査(略称PISA:ピザ)は,多くの国民に大きなショックを与えました。数学や理科がトップクラスなのに,日本の高校生の読解力が国際平均並と低水準であることが明らかになったからです。
日本の読解力の得点が低かった要因には,自由記述問題で無解答が多かったことがあると思われます。国際調査で読解力の得点が低かったからと言って,従来行われてきた読解指導を徹底しても,国際調査の得点は上がりません。
なぜなら従来わが国で行われてきた「読解」は,文章の内容や登場人物の心情を正確に理解することが主だったからです。
一方,PISA調査だけでなく,欧米人が読解力と考えていることは,「論理的に読んで,読んだことについて自分で考えて,読んだことを根拠にして自分の意見を表現する」ことなのです。
PISA調査の「読解」は,従来わが国で行われてきた「表現」とも違います。なぜなら,今までわが国で行われてきた「表現」は読解と切り離されて単独で行われることが多かったからです。
だから従来の読解だけをやっても,従来の表現だけをやっても国際社会には通用しません。国際社会で「読解力」とは,
@ 正確に読んで
A 読んだことを根拠にして
B 自分の意見を表現すること
なのです。この三拍子がそろっていなければ,国際的な読解力とは言えないのです。
ですから「読解力」というより「読解表現力」と言った方がPISAで求められているものに近いのです。
日本の子どもたちは,読んだことを正確に理解した上で,書いてあることを根拠にして,自分の意見を書くことが,不得手だったのです。これは「読解」という狭い領域に必要なことではありません。「国際的なコミュニケーション」の根幹なのです。これこそが,欧米先進国の子どもたちがどうしても身につけなければならない「国際的なコミュニケーション・スキル」なのです。つまり,国際調査で読解力の得点が低かった一番の要因は,日本の子どもたちが「国際的なコミュニケーション・スキル」を十分に身につけていなかったからだと言えます。
PISAの大きな敗因は「クリティカル・リーディング」である
もう一つ,今までの国語教育にほとんど欠けていたことがあります。それはクリティカル・リーディングです。これは批判的読みとして一部で取り入れられましたが,多くの教科書や授業に取り入れられるには至りませんでした。むしろほとんどの子どもたちはクリティカル・リーディングを学びません。
このクリティカル・リーディングを学ばないということがPISAの最大の敗因かもしれません。具体的には,PISAで出題された,登場人物の行動を批判させたり文章を批判させたりする問いに,日本の高校生の三人に一人は解答できず白紙で提出したのです。
日本では,「批判」という言葉が嫌われ「従順」であることが尊ばれます。しかしこれは国際的な常識ではありません。欧米のカリキュラムでは必ずクリティカル・リーディングやクリティカル・シンキングが強調されます。欧米人にとってクリティカル・シンキングとは生きる力そのものなのです。
この本の「ねらい」「内容」「読者」
この本は,これからの子どもたちが,生きていくためにはどうしても必要な「国際的なコミュニケーション」として,受け身の読解ではなく積極的な「読解表現力」と,従順な鑑賞ではなく自分で考えて評価したり批判する「クリティカル・リーディング」を身につけるために,どのようにして国語を教えたらよいかを,だれでもわかるように解説しました。
また,PISA調査の結果をわかりやすく分析しながら,国際的なコミュニケーションや読解がどのようなものであるかを具体例を示しながら解説し,最後に,いわゆる「PISA型読解力」を育てる七つの方法を提案しました。この七つの方法を試みていただければ,必ず国際的な読解力と国際的なコミュニケーション・スキルを育てることができます。
読者には,これから国語の教師になろうと思っている大学生や院生,教師になったばかりの方,国語教育に関心のある保護者を想定しました。国語は,すべての教科に必要な基礎技能ですから,国語以外の教科の方が読んでも必ず役に立ちます。また,内容は,最新の国際調査の結果や,最新の理論に基づいた国内の授業研究の成果を取り入れたもので,ベテランの国語教師や他教科の教師が読んでもお役に立てるものと自負しています。
国際的なコミュニケーションで一番大切なことは,「論理的に読んで,論理的に考え,論理的に表現する」ことです。この本では,この力をどのようにして育てたらよいかに重点を置きました。理論だけでなく,具体的な指導方法もわかりやすく紹介しました。PISA型の授業実践事例もご紹介しました。
日本人が国際的なコミュニケーション・スキルを身につけるために
国際調査だけでなく,子どもたちに,国際的なコミュニケーションを身につけさせる必要性が高まっています。日本人がコミュニケーションが不得手なことは,国際的に有名だと言われています。日本人は,国際的な交渉や会議で堂々と自己主張したり,ディスカッションして問題を解決したり,相互理解したりすることが極めて不得手です。これは,語学ができないだけでなく,そもそも日本語で自己主張したり討論したりすることが不得手だからです。
例えば,職場の会議で,会議が始まる前にすべての根回しが終わっていて,だれも発言せず予定通りに決まってしまうことを,私はよく体験しました。これは欧米人には理解できないことです。彼らは,会議は意見交換のディスカッションの場だと思っているからです。日本の講演会では質疑応答の時間は10分ぐらいで,だれも質問せず,稀にあれば予めサクラの質問者を立てることも,私はよく経験しました。一方,カリフォルニアの大学では,スピーチを30分やったらディスカッションが30分行われます。レクチャーと言っても,話の途中で質問があって,そのうち全聴衆を巻き込んだディスカッションになってしまうということが珍しくありませんでした。講師は予め用意した講演内容の半分しか話せなくても,嫌がらずにディスカッションに付き合います。彼らは,自分が言いたいことを全部伝えることより,お互いにわかり合うことの方が大切だと思っているのです。
つまり,日本人のコミュニケーションは一方通行のことが多く,アメリカ人は,コミュニケーションは必ず双方向で相互理解に至らなければいけないと思っているのです。ここには決定的な違いがあります。しかし,日本の中だけで暮らしていると,いかに日本人のコミュニケーションがおかしいかがわからないのです。
母国語でできないことを外国語でできるはずがありません。今のままでは,日本人が国際社会で対等に自己主張したり交渉したりすることは困難でしょう。日本人のコミュニケーション下手を放置しておくと,様々な摩擦や誤解の原因となって,国際的に孤立したり国力の衰退を招きかねません。
この本を読んで,できるだけ多くの教師が,国際的なコミュニケーションを身につけるための「論理的に読んで考えて書く」力を育てる,新しい国語の指導方法を実践して頂きたいと思います。そうすれば,日本の子どもたちが欧米人にひけをとらず,堂々と論理的に自己主張し討論して問題解決できる日も遠くないでしょう。
なお,私の研究成果をご覧になりたい方は,下のウェブサイトをご覧になってください。小・中・高校で行った,様々な授業研究の成果をご覧になることができます。具体的な年間計画や単元計画,学習指導案や学習の進め方などについても詳しい情報をご覧になることができます。
http://www.nier.go.jp/arimoto/index.html
2007年11月 /有元 秀文
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- 明治図書