- 作文力向上の三原則 /野口 芳宏
- A 作文のための言語指導ワーク
- 1 カタカナで書こう
- 2 漢字を使おう
- 3 「は・へ・を」を正しく使おう
- 4 点で意味がちがう/ 点四がやってきた
- 5 かぎを正しく使おう
- 6 正しい文を作ろう
- 7 正しい文を作ろう/ 楽しい文を作ろう
- 8 ていねいな文を使おう/ ていねいな文を書こう
- ■Aワークの解説
- B 作文技能のワーク
- 1 三年生の夏休み
- 2 運動会で一位をとった
- 3 今日の給食/ 紹介します
- 4 メモ作り/ メモをもとに作文を書こう
- 5 間違い直しへ、5(Go)/ 間違い直しへ5&5
- 6 コメンテーターに挑戦/ 作家に挑戦
- 7 正しく見て聞いて写そう
- ■Bワークの解説
- C ジャンル別作文ワーク
- 1 どんなお話にしよう/ 物語を作ったよ
- 2 再生作文を書こう
- 3 分かりやすい観察文を書こう
- 4 感じてみよう、想像してみよう/ 詩を作ってみよう
- 5 自分のいいところを見つめよう/ 自分のいいところを書こう
- ■Cワークの解説
- あとがき /日和佐 磨
作文力向上の三原則
編者 /野口 芳宏
1 作文力は国語学力の総決算
話せる、聞ける、読める、という人はいっぱいいる。だが、それらの人がすべて「書ける」かというとそうはいかない。文章が正しく、適切に書けるという人はずっと少なくなる。だから、文章を書かせてみれば、ほぼその人の総合的な能力を知ることができる、とも言える。そうであるからこそ、今でも大方の大学では卒業条件の一つに「卒業論文」があり、学位の取得には「学位論文」が必要になるのである。その意味で「作文力」こそは「国語学力の総決算」なのだ、と私はずっと主張してきた。
事実、直筆の手紙や作文には、その人の文字の巧拙、品位、文字力、語彙力、構成力、表現力などのすべてが反映され、その人の国語力のほぼ全容を知ることができる。国語学力の最終成果は「作文力」だと言って大きな誤りはない。だから、国語の授業では作文指導が重視されるべきなのである。だが、残念なことに、現実の子どもの作文力は必ずしも高くはない。それは、国語学力が高くないということと同義である。すべての教科の基底である国語学力の低迷は重大な問題であり、その解決、打開に教師は力を入れていかなくてはならない。本書は、そのための有力な教材集である。
2 作文力向上の三原則
作文力を高める原則が三つある、と私は主張する。「多作、楽作、基礎・基本」がそれである。
第一の「多作」というのは、いっぱい書かせるということで、私は分かりやすく「やたら書かせる」と言ってきた。随時随所でやたらに書かせ、書くことに抵抗感をなくすまでに書き慣れさせることがポイントだ。担任時代の私は子どもたちに「歩くように、呼吸をするように」作文が気楽に書けるようになろうと呼びかけ、それを実践してきた。
はじめはどの子も嫌な顔をするが、私はそれに負けない。「野口が担任になったのだから、諦めろ。作文力は国語学力の総決算なのだから、この力をつけることがお前たちの将来を絶対に明るくする。私の言うことに従えば、どのクラスにも負けない作文力を、私は必ずお前たちにつけてやる。嫌がっても私はそうするのだから、この一年間は覚悟せよ。そうすれば、まるで歩くように、まるで呼吸をするように、負担なく作文が書けるようになる。とにかく私は作文をやたらに書かせることにするので、そのつもりでいるように――」というような強要をずっとやってきた。
水泳だって、マラソンだって、野球だって、練習の量と質がその力を決めるのである。多作は作文の第一条件なのだ。
第二の「楽作」というのは「楽しんで書く」「楽しく書く」という意味の私の造語である。子どもが教師に書かされる多くの作文が、子どもにとって魅力のある題材であるかどうかということが大きな問題なのだ。遠足は大好きだが、その作文は嫌いという子は多い。運動会は好きだが、その作文は嫌いという子もいっぱいいる。子どもたちにとって、作文が「苦作」になってはいないか。そうなら子どもの作文力の伸びは期待できまい。
何を書かせるか。どんな作文なら楽しんで書けるか。これらは作文の「教材開発」の問題であり、私はこの点にもかなりの工夫を加え、試みてきた。「なりきり作文」「再生作文」「再話作文」「絵話作文」「もしも作文」などなどには、どの子も喜んで取り組んだ。これらはいずれも私の教室から生まれた開発教材である。これらの詳細は『作文力を伸ばす、鍛える』(明治図書刊)に載せてある。ぜひ参照されたい。
第三の「基礎・基本」というのは、先の二つの原則を下支えする原則だ。子どもが好んで楽しめる題材を(楽作)、やたらに書かせて(多作)さえいれば、作文力は本当に高まるのか、と言えばそうではない。多作、楽作だけでは作文力は伸びない。作文を書いていく上で必要不可欠な基礎的なきまりやヒントや知識をきちんと教えなければ本物の作文力にはならない。単なる「活動主義・経験主義」では確かな学力は形成できないことを、私は長く、強く主張してきた。
この第三の「基礎・基本」を身につける格好のテキスト、教材集が必要である。学習指導要領に挙げられている指導内容、指導事項を確かに身につけさせるための教材集の開発が必要なのだ。私たちの研究仲間は、先に『楽しく力がつく作文ワーク』学年別全六巻を明治図書から刊行し、各巻とも好評のうちに何回も増刷され、ロングセラーとなって今日に至っている。
これに力を得、励まされ、このたび全稿を改稿していっそうの充実を期そうと努力をし、ようやくここに完成を見ることができた。なお、このたびの全面改訂にあたっては、次のような点に大きな特色を持たせた。
3 改訂版『作文ワーク』の三大特色
@ 「学習用語」の明示
今回の改訂版の最大の特色は「学習用語」の明示である。算数の授業では、約分、通分、分子、分母、帯分数、仮分数、百分率、合同、相似、辺、角、角度などという必須用語が指導され、それらの用語を駆使させつつ算数の学力を形成していく。理科でも、社会科でも同様だ。だが、国語科ではそれがなかった。今だって同じ状態である。「今日の算数では何を習ったの」と親に問われれば、子どもは「約分の勉強をしたよ」と、学んだ「学力」を報告できる。「では、国語では?」と問われると、子どもは「『ごんぎつね』だよ」としか答えられない。「昨日と同じじゃないの」と言われれば子どもは「そうだよ。今週はずっと『ごんぎつね』」としか答えられない。形成された「国語学力」は子どもには自覚されず、見えないのだ。当然のことながら親にも見えない。
それどころか、恐るべきことには教師にも分からないし見えていない。「『ごんぎつね』で何を教えたの」と同僚に問われても、「うなぎを盗んだところよ」としか答えられない。それは「場面」であり「事件」であって、「学力」ではない。つまり、国語科の授業は長い間「学力形成」よりも、「学習活動」に力が入り、「教材内容」の理解にばかり力が注がれ、「教科内容」は不明のままで終わっている。
そんなわけだから、作文を「書かされた」という「活動」はあっても、作文を書く上でのどんな「学力」がそこで形成されたのか、その肝腎なことははっきりしないままで終わっていたのである。
それでは困る。ここを打開し、作文を書く上で必須となる知識、用語を明示して身につけていくべきだ、というのが私たちの主張であり、このたびの改訂版ではそれを具現した。おそらく、我が国の作文教育史上、これは初めての試みであり、提言であろう。「学習用語」の明示によって、形成される学力が自覚され、そのことによって作文力がいっそう確かに形成され、向上することになるに違いない。そのことを私たちは確信し、強く期待している。
A 指導要領の「指導事項」を網羅
学習指導要領に盛られている指導事項のすべては、本書の各巻に網羅されている。クラスの実態によって必要箇所を随時取り上げ、プリントして活用すれば、所期の学力を形成できる。目次の順に進める必要はない。
また、一教材に要する時間も自由に決めてよい。使い方も生かし方も自由である。むしろ、クラスの実態に即応して重点的に指導することが本書の上手な活用法と言える。
B 「ためし」と「本番」で確かな学力を
各教材は、入門的初級用の「ためし」教材でまず基礎を学び、その後に「本番」教材で定着、活用、応用、発展を期するように構成した。これとても、クラスの実態によって「ためし」教材を中心に扱ったり、「本番」教材のみを扱ったりできる。担任の工夫次第で実を取ってほしい。
なお、学力形成を期し「学年別配当漢字表」には敢えてとらわれず、読字力を高めるべくルビ付き漢字の積極提示に努めた。趣旨を十分に理解されての活用を期待している。
4 お願いとお礼
このような思いを籠めた改訂版の『作文ワーク』の開発にあたっては、必ず教室での実践を経た上で、さらに検討をし、練り上げてきた。その意味で、内容の良質性に関しては私たちは十分に自信を持っているつもりである。しかし、必ずしも十全とは言えない部分もあるだろう。私たちは読者諸賢の率直な叱正を謙虚に受けとめ、さらなる改善を図りたいと考えている。活用後のご意見やご感想を編集部にお寄せくださることを、ぜひお願いしたい。
本書作成にあたり、木更津技法研のメンバーはよく努力精進し、今日を迎えることができた。毎月一回の夜、野口宅に集まる検討会が、ほぼ二年半続いた。入念な検討会は幾度もの書き直しを迫ることにもなり、メンバーはよくそれに耐えた。その過程で教師としての力量を高めることにもなったであろう。身内ながら特に記して労をねぎらいたい。
また、いつものことながら、明治図書出版相談役江部満氏には格別の教導と激励を戴き、ようやくここに公刊の機を得ることができた。末筆ながら特筆して深甚なる感謝を捧げる次第である。
平成二二年長月 植草学園大学研究室にて記す。
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