- 前書き パーソナルコンピュータを活用した国語力の育成
- T 国語力とコンピュータ
- 1 確かな国語力を育むコンピュータ
- [1] 学習指導改善のためのコンピュータ
- (1)CAIによる授業
- (2)CALによる授業
- [2] 言語活動を支えるコンピュータ
- (1)マルチメディアによる言語活動
- (2)自律的な言語活動の組織化
- (3)コミュニケーションの拡張
- (4)国語力を育むコンピュータ
- 2 教育機器としてのコンピュータの可能性
- [1] 教育におけるコンピュータ利用
- [2] 新しいコンピュータの利用形態
- [3] 国語におけるコンピュータ利用
- U コンピュータを活用した授業
- 単元・対象学年/教材/単元観/単元の指導目標/単元の評価規準/単元の授業過程/学習活動の実際と解説
- A 「話すこと・聞くこと」の授業
- 1 プロンプターで話す力をつけよう
- 2 目的に合った伝え方を考えよう
- 3 評価力を高め,話すこと・聞くことの力をつけよう
- 4 アフレコ発表会を楽しもう
- 5 ラジオのスポーツ実況中継に挑戦しよう
- B 「書くこと」の授業
- 1 リレーで意見文の構成を考えよう
- 2 推薦語彙を活用してパンフレットを作ろう
- 3 見出しで勝負しよう
- 4 授業提案1:デジタル絵本を作ろう
- 5 授業提案2:定点観察をした写真を使って課題を発見しよう
- C 「読むこと」の授業
- 1 詩の朗読発表会をしよう
- 2 繰り返し出てくる言葉に注意して要約しよう
- 3 遊びの特長をまとめよう
- 4 作品を読んで書評を書こう
- 5 季節を感じる俳句を作ろう
- 6 命について語る
- 7 フォーマットにしたがって読書紹介文を書こう
- 執筆者紹介
前書きパーソナルコンピュータを活用した国語力の育成
文部科学省初等中等教育局教育課程課教科調査官
国立教育政策研究所教育課程研究センター研究開発部教育課程調査官
/井上 一郎
1 国語力とコンピュータの活用
1.1 各教科等を貫く国語力の重視
言葉の力を育成することの重要性は,何人も否定しない。ただし,今は,国語科教育ではない。国語力であったり,読解力や言語活動力だったりする。例えば,文部科学省では,次のように,矢継ぎ早に教育政策の一つとして国語力,読解力,言語活動力の重要性を提言してきた。
2004年 『これからの時代に求められる国語力について』(文化庁・文化審議会答申)
2005年 『読解力向上に関する指導資料』(文部科学省)
2007年 『教育課程部会におけるこれまでの審議のまとめ』(中央教育審議会)
これらに共通する考え方は,言葉の力を国語科に限るのではなく,各教科等を通して育成しようとすることにある。具体的には,次のような時代や社会の要請を受けた指導内容及び教育課程の改善が求められた。なお,2008年版学習指導要領の改訂も,当然このような考え方に基づいて行われている。(詳細は,『「読解力」を伸ばす読書活動』明治図書,2006年参照)
■教育課程に位置付けるべき指導内容の再検討
@ 人と人とがコミュニケーションするために必要な言語能力
A 母国語としての言語の本質及び日本語の特質の理解
B 豊かな社会生活や言語生活の構築
C 多様な言語活動を通して育成される言語的思考力や言語認識力
D 課題を探究したり,自らの課題を解決する自主的な学習力
E 確かな基礎・基本となるものや,規範となるものの言語能力
F 各教科等を貫く言語能力
G 生涯学習に生きる言語能力
■指導方法の改善
1 言葉の力は,各教科等を通して育成するために教育課程全体で位置付ける。また,日常化するために,時間外においても,家庭学習においても行う。
2 話す・聞く,書く,読む,それぞれの言語活動を体験させ,実生活や実社会で実際に活用できるようにする。
3 各領域において,実際に使用する表現様式や言語活動のプロセスを具体的に取り上げるようにする。
4 自ら学ぶことができるように,グループ学習の方法,司会力,質問力,討論力などを確実に定着させる。
5 学年の発達段階に応じて体系的・系統的に育成する。指導内容を明確にし,年間指導計画において確実に定着するように位置付ける。
6 基盤となる言語活動は,一・二回限りの経験だけでは定着しない。学力評価を行いながら,十分な習得を図ることができるように教育課程を工夫する。
1.2 情報教育と国語力の育成
国語力と同様に,各教科等を通して育成すべき課題の一つに情報教育がある。以前は,IT(Information Technology:情報技術)と呼ばれ,現在では,ICT(Information and Communication Technology:情報コミュニケーション技術)とコミュニケーションを重視する方向になっている情報教育。それは,各教科等を通して行うことは当然のことだが,実際にはなかなか難しい状況にある。技術・家庭科を除けば,コンピュータルームでの指導が精一杯になっている。つまり,コンピュータリテラシーを育成することで終わる。
このようなことが起こるのは,学校にコンピュータが設置されてはいるが,パーソナルになっていないという現状があるからだろう。中央教育審議会の『審議のまとめ』でも,「諸外国に比べて我が国では学校におけるICT環境整備が遅れている現状も踏まえ,学校における情報機器や教材の整備や支援体制等,ICT環境に関する条件整備も必要である」と指摘する。実際,学校におけるICT環境整備については,諸外国と比較して十分ではない。
■コンピュータ1台あたりの児童生徒数:
アメリカ3.8人(2005) 韓国5.7人(2005.12) 日本7.3人(2007.3)
■校内LAN整備率:
韓国100%(2005.12) アメリカ94%(2005) 日本56.2%(2007.3)
具体的には,小学校・中学校・高校それぞれにおいて次のような課題が残されている。
小学校 各教科等の指導を通じて,情報手段に慣れ親しみ,適切に活用する学習活動を充実することとしているが,各学校においては,情報手段に慣れ親しませることに主眼が置かれている場合が多く,学校によって情報教育への取組にばらつきが大きく,情報モラルに関する指導が十分ではない。
中学校 技術・家庭科の「情報とコンピュータ」の中で,「マルチメディアの活用」,「プログラムと計測・制御」に関する内容が学校選択項目であり,中学校卒業時の生徒の情報活用能力に差が見られる。
高 校 入学する生徒の情報に関する知識,技能に大きな差が見られる。
特に,小学校では,各教科等で活用することが大きな課題となっていることが分かる。国語力の育成にしろ,情報教育にしろ,各教科等を通して行う基盤となるべき国語科教育は,基礎・基本を培う教科として率先して授業改善に取り組む必要がある。両者を統合する視点から言えば,国語科においてパーソナルコンピュータを活用した授業改善を図ることが必要となってくるのである。
但し,このように述べるだけでは従来のような傾向が続いてしまうかもしれない。視点を変えて次のように考えると,取り組むことの意義と必要が一層納得しやすいのではなかろうか。第一は,国語科の指導内容として,メディアリテラシーの育成を十分取り込むべきであるという課題がある。したがって,パーソナルコンピュータの活用は不可欠だという視点である。
第二は,国語力の育成は,パーソナルコンピュータを活用した授業の方が効果的だということである。例えば,要約力の育成は,パーソナルコンピュータ上で字数制限をしながら,目的に応じてキーワードを抽出したり,縮約していく方がよほど分かりやすい。つまり,国語力育成のためにはパーソナルコンピュータを活用した方がよほどよい面もあるのである。これは,コンピュータリテラシーが,国語力となるべき要約や引用などの能力を備えているのだから,それらを生かすことで国語力が飛躍的に伸びるからでもあろう。
2 コンピュータを活用した国語力の育成
本書は,以上述べたような視点から,国語力の基礎を確実に育成するためにパーソナルコンピュータを活用した授業を提唱するものである。コンピュータを鉛筆のようにツールとして使いながら国語力を高めるようにしたいと思うのである。したがって,パーソナルコンピュータの目新しさは求めない。プレゼンテーション,表計算,ブラウザー,グラフィック,テキスト,編集などに,ワープロソフトや表計算ソフトの基礎的かつ日常的な機能を活用した無理のない授業を提唱したい。実際の授業構想は,次のような手順で行った。
@ 育成すべき国語力を決定する。
↓
A パーソナルコンピュータがもっている機能=リテラシーを国語力の支援や補助に活用できるかを検討し,基本ソフトを決定する。
↓
B 国語の「話すこと・聞くこと」「書くこと」「読むこと」の授業として展開する。
第一は,国語力育成のために実際に行う言語活動を決定することが必要だ。その言語活動には,まとまりから見るといくつかの位相がある。例とともにあげると,次のようになる。
A まとまった言語活動 《読書紹介をしよう》
↓ ↓
B テキストとなる基本的な言語様式 《物語などのテキスト選択,紹介文,感想文等》
↓ ↓
C 各言語様式のプロセスに共通する基礎的な能力 《音読力,要約力,引用力,発表力等》
したがって,言語活動の決定には,どの位相のものに重点化するのかを決定する必要がある。
第二は,国語力とコンピュータリテラシーを関連付けることである。検討したのは,次のようなものであった。
実 際 の 機 能
@ 検索したり,参照したりする力
□ホームページ検索,キーワード検索,ハイパーテキスト
□電子メール
□複数のウインドーによる参照
□辞書やデータの参照
□同一語や関連語の語彙的な参照
A 文字や音声,映像を記録する力
□文字や音声
□映像(写真,画像,動画)
□資料
B 談話や文章の理解力
□テキストの提示(文字,音声,映像,図表テキスト,PDF資料)
□複数のテキストの重ね読みや比べ読み
□分析や解釈(サイドライン,注記,書き出し等)
□引用や要約
■コピーと貼り付け
■原文引用,キーワード引用
■削除や縮約・要約
C 談話や文章の表現力
□着想,課題設定
□執筆計画
□取材
□構成
□記述
□推敲
■シミレーション(時間計測)
■音声や映像によるモニタリング(音声の波形検査等)
■校正(主語・述語の連鎖,用語の使い方,表記のゆれ,句読点の使い方,誤字・脱字)
□表記
D 図表の理解や表現及び計算をしたりする力
□図解
□図読
□計算
E 認識や思考を深める力
□比較・対照
□参照
□引用・抜粋
F 編集や創造する力
□文献・情報・資料のレイアウト
□映像の処理や挿入
□編集
G 活字に印刷する力
□印刷
H 伝達したり交信したりする力
□プレゼンテーション
□情報発信機能(ホームページ,電子メール)
I 知識や情報を管理する力
□文書,音声,映像等の管理(分類,整理)
第三は,国語科の「話すこと・聞くこと」「書くこと」「読むこと」の授業として展開することである。本書では,コンピュータを活用した授業として「話すこと・聞くこと」「書くこと」「読むこと」の三領域から実践を取り上げた。
特に留意したのは,次のようなことであった。
@ 学習活動すべてにおいてコンピュータを活用するのではなく,単元の一部として有効な場面において活用する。単元の学習過程に即して,どの場面で活用するのか構想する。
A 大単元及び小単元のどちらでもよい。
B 国語力向上につながるようなコンピュータリテラシーの活用を考え,無理にコンピュータを導入することのないように工夫する。
本書は,「関西国語教育カンファランス」の会員とともに行った共同研究の5年間の成果である。コンピュータを活用することが目標なのではない。コンピュータが日常化した社会にあって,各教科等の授業を改善し,時代や社会の要請にいち早く対応しようとしているのである。
コンピュータ社会で最も特徴的なのは,新しい知識や技術が日進月歩であるということにある。それは,「知識基盤社会」と呼ばれるものである。教育は,知識や技術の進展にどのように付き合っていくか。身近な国語教育の中で新しいことにチャレンジしていくスピリットを鼓舞することの重要性を確認しながら研究会員の教師たちと取り組んだ実践であった。会員教師たちの想いは,子どもたちにもそのようなチャレンジスピリットをもってほしいという願いで貫かれている。本書が,少しでもそのようなことに役立てば有り難いことである。
なお,理論編を執筆していただいた武庫川女子大学の市川真文先生には,専門家の立場から2年間にわたって特別講師としてご指導いただいた。コンピュータ教育の歴史や諸外国におけるコンピュータ教育の内容などについて講義いただくとともに,実践における具体的な示唆もいただいた。会員の瀧本晋作さんには,大学院(関西大学大学院総合情報学研究科)においてコンピュータを含めた情報教育の専門を修めた立場から理論面及び実践面において積極的に提案をしてもらった。
将来は,「国語力の向上とコンピュータの活用」というテーマ自体が必要ないほどに日常の能力として国語力に組み込まれるであろうと思われる。そんな日を夢見ながら本書の前書きとしたい。
最後になったが,本書刊行に当たっては,明治図書の石塚嘉典氏,松本幸子氏にお世話になった。表現は簡潔だが,深い謝意とともにここに記しておきたい。
2008年2月 編 者
小学校では,総合的な学習の時間での実践が中心となりますが,こどもたちに国語科の関心・意欲を高める指導の工夫として,コンピュータ活用が有効だということを理解していただけるでしょう。また,話す・聞く・書く・読むのそれぞれの力を高めるための一方法としてコンピュータ活用が位置づけられるでしょう。新年度のカリキュラム作成にコンピュータ活用を検討する際にはご一読ください。