- はじめに
- T 問題解決学習を捉える視点
- 一 「問題解決(的な)学習」の問題点
- 「問題解決(的な)学習」の特徴/「問題解決(的な)学習」の不満点/「お調べ発表学習」/学習活動の展開の形式の重視/「学習問題」の浅い次元での固定化
- 二 「問題解決学習」についての新たな捉え方の提案
- 1 「問題解決学習」の目標
- 「自ら学ぶ意欲と力を育てる」ための学習活動の「経験」/自分なりの考えを粘り強く深める/友だちなどの他者とよりよく「かかわり合う」こと/学習活動と学級作りとの統一的指導
- 2 「問題解決学習」の学習活動の展開の特質
- 学習活動の二本柱とその順繰りの繰り返し/必然性をもっての対象(教材)へのアプローチ/学習活動のスパイラル的な深まり/対象(教材)との「かかわり合い」の濃密性
- 3 「問題解決学習」における「問題」
- 追究の深まりと「問題」の成立/「問題」の成立/「個の問題」・「個の追究」の尊重/「学習問題」と「話し合い活動」のテーマ/「学習問題」の追究の連続性
- 4 「問題解決学習」における教師の役割
- 子どもに「経験」を遂げさせるための指導・支援/教師の長期的な展望/教師の広い視野/「抽き出す」ということ/「こんなふうにやってゆけばいいんだ」
- U 問題解決学習の授業実践の基礎
- 一 授業に対する教師の「構え」
- 1 指導・支援の「見通し」を立てる
- 指導・支援の「見通し」の柱/「見通し」を持つということ
- 2 授業での教育目標の具現
- 「お飾り」としての教育目標/教育目標を授業の具体的な言動に還元する
- 3 教師の教育観の反映としての授業
- 子どもたちにかける教師の「願い」/「脱線」と「立ち往生」/「脱線」を生かす/「立ち往生」を恐れない/子どもの現実の動きに即する
- 二 「かかわり合い」のある学級づくり
- 1 「問題解決学習」と学級づくり
- 「問題解決学習」と温かい人間関係/「話し合い活動」についての見方
- 2 「呼─応」の仕方の指導の場としての「問題解決学習」
- 「呼─応」のある学級/学級における「呼─応」の「かかわり合い」の育て方
- 3 「よさ」の発揮の場、「よさ」の見つけ合いの場としての「問題解決学習」
- その子の「よさを認める」こと/落合幸子氏による築地学級の調査/築地学級の子どもたちの「かかわり合い」の変化・成長/友だちを見る視点の具体化と深まり
- 4 リーダーとしての教師のあり方
- 教師のリーダーシップのあり方と学級の雰囲気/教師のリーダーシップの機能/モデルとしての教師/教師としてのセンス/民主的パーソナリティ
- 三 「朝の会」からの生活づくり
- 1 「朝の会」のねらい及び内容の工夫
- 「朝の会」のねらい/出席確認の方法の工夫/歌・遊戯・ゲームなどの意義
- 2 「スピーチと話し合い」の進め方と意義
- 話題提供からつなげて発展させる/「スピーチと話し合い」の例
- 3 「朝の会」における「スピーチと話し合い」の意義
- 日常生活における経験の掘り起こし/話し合いができるためのステップ作り/温かく真剣な「かかわり合い」の実践/学習活動への取り組み方の確認
- 四 「見る力」を育てる
- 1 「『見る力』がある」こと
- 意味を見つけること/「つながりがわかる」こと/「分析・解明」ができること
- 2 「見る力」を育てる方法
- 「見たこと」を書かせる/「面白いこと」「不思議なこと」を捜させる/「おたずね」をさせる/「おたずね」をもとに作文を膨らまさせる/ほめて真似させる
- 3 「見たこと」を書かせることによる思考力の育成
- 「したこと」は「わるいやつ」/「見たこと」を書かせること/「それについて考え」させること
- 4 「見る力」を育てることの教育的意義
- 周囲へのあたたかい見方を育てる/学級の共感力の育成/共感力の真価が問われるとき
- V 問題解決学習の授業構想
- 一 子どもにとっての「学習問題」の「具体性」
- 1 「仮の学習問題(テーマ)」から「真の学習問題(テーマ)」へ
- 単元導入時における「学習問題」/「仮の学習問題(テーマ)」での追究と切り込み口の発生/「仮の学習問題(テーマ)」の性質/「真の学習問題(テーマ)」の成立と変容/「真の学習問題(テーマ)」に基づいての追究の性質/狭いゆえの深まりと広がり/子どもにとっての「学習間題」の「具体性」の条件─その一
- 2 「この友だちに(を)」を意識しての追究
- 「かかわり合い」の必然性/子どもにとっての「学習課題」の「具体性」の条件─その二/「かかわり合い」を意識することの意義
- 二 授業と授業との「間」を生かす
- 1 子どもたちの主体的な「追究」への「火つけ」としての「授業時間」
- 授業の終え方の重要性/「四五分間完結型」の授業展開からの転換を/「間」で育てることの効用/教師が勝負を賭ける力点
- 2 「間」を生かす授業時間の終え方・始め方
- その「授業時間」の中で解決をめざさない/盛り上がったところで「授業時間」を終える/次の「授業時間」の開始の仕方/授業サイクルの捉え方の見直し/参観における子どもの「間」での追究の読み取り方
- 三 「話し合う力」を育てる
- 1 「話し合い活動」とは何か
- 「話し合い」の意味/教師の指導・支援の必要性/指導・支援の「方法」の明確化/指導・支援における留意点
- 2 「発言力」を育てるための指導・支援
- 発言の仕方の基本/発言への抵抗感のある子への支援の要点/「発言力」のありそうな子への指導の要点
- 3 「聞く力」を育てるための指導・支援
- 「聞く」ことの能動性/能動的な聞き方の指導─その一/能動的な聞き方の指導─そのニ/「つぶやき」を生かす/モデルとしての教師の聞き方
- 四 発言内容の「わかりやすさ」
- 1 集団思考としての「話し合い活動」
- 「話し合い活動」の意義と特質/「聞く姿勢」の崩れの原因/「話し合い活動」の陥し穴/「聞く姿勢」を育てるには
- 2 発言内容の「わかりやすさ」の構造
- 発言例とその分析/発言内容の構造/「わかりやすさ」の理由
- 3 発言内容を「わかりやすい」ものにさせる指導・支援の方法
- 「経験」の明確化を促す問い返し/他の子との「かかわり合い」の橋渡し
- 五 「話し合い活動」を組織する方法
- 1 「問題解決学習」における「話し合い活動」
- 「ヤマ場」としての「話し合い活動」/「話し合い活動」の組織についての二つの方法
- 2 「ディベート的方式」を用いての「話し合い活動」
- 「ディベート的方式」での組織と展開/「ディベート的方式」における教師の意図/「ディベート的方式」の利点と問題点/「ディベート的方式」の用い方
- 3 「基調提案─検討方式」を用いての「話し合い活動」
- 「基調提案─検討方式」の概略/第一発言者の決め方/「話し合い活動」の構想の骨格/「話し合い活動」における論点の絞り込み/第二発言者の決め方/「話し合い活動」における教師の「出」/踏みとどまるべき条件
- 六 「調べる力」を育てる
- 1 子ども自身が調べた事実の「強さ」
- 「調べる力」を育てる観点/「見方・考え方」を育てること/自分で調べることの意義/「福岡駅」の授業/「調べ活動」の経験に基づく「見方」の転換
- 2 「調べ活動」の位置づけと指導・支援の要点
- 単元における「調べ活動」の位置/「予備的な調べ活動」の進めさせ方/「第一次の調べ活動」へ向けての「観点づくり」/「根拠」に基づいた「予想」を立てさせるための要点/「観点づくり」における個別の支援の方法/「第二次の調べ活動」後における子どもの発言
- 3 「調べる力」を育てるための指導・支援の要点
- 「わからないこと」や「へんなこと」はないか/「一面的で具体的な事実」の重視/「納得できないこと」の重視/自分なりの調べ方を工夫させる/子ども相互の「かかわり合い」を作る/家族や地域の人々との「かかわり合い」を作る/「かかわり合い」によって得られた情報の具体性/聞き取り調査の方法の指導の必要性/「調べ活動」のガイドブリントの作成
- W 問題解決学習の授業分析
- 一 否定疑問形でのその子の「問い」
- 1 否定疑問形での「問い」を「学習問題」とした授業事例
- 切り込み口としての否定疑問形での「問い」/否定疑問形での「問い」の例/授業事例とその分析
- 2 否定疑問形が生まれる根底
- 「つまずき」としての否定疑問形での「問い」/知っているから疑いが生じる/よく「知っている」ということ/その子なりの「思考体制」
- 3 否定疑問形での「問い」にもとづく追究
- 新しい事実や情報の側の否定/防衛戦争としての追究/子どもの「経験の狭さ」を大切にする/「真の学習問題(テーマ)」としての否定疑問形での「問い」
- 二 「その後」に「生きて働く」もの
- 1 「見方・考え方」の形成と「問題」発見力
- 「見方・考え方」の形成/「見方・考え方」の形成による「問題」の発見/「ざいごのこくま」
- 2 子どもに「生きて働いた」もの
- 「見方・考え方」の転移/「生きて働く」際の働き方/「転移」を引き起こす条件/もう一つの「生きて働いた」もの
- 三 「個」の育ちを大切にする授業
- 1 「個」の育ちの指導・支援の場としての授業
- 「ズレ」への対応/問題解決力を育てる問題解決の経験
- 2 「個」としての人間形成
- 「人間として強い人間」/「理解力のある子」についての観念の誤り/「わからないこと」に耐えられる力
- 3 「個」の成長の方向を展望する手立て
- 教師の「聞き上手・おたずね上手」/カルテの付け方/カルテを付けることのねらい/カルテを付けることの意義/カルテを付ける教師の「まなざし」/「個」の成長を「掘り起こすこと」と「捉えること」
- 四 民主主義の「経験」としての授業
- 1 民主主義を担う能力が育つための「経験」
- 民主主義にふさわしい問題解決の追究の「経験」/「民主主義」の捉え方/「経験」させる学習活動/「願い」相互の対立の調整の仕方を「考え合う」という「経験」/「考え合う」という「経験」の発展/方略について「考え合う」
- 2 「他者」との「かかわり合い」の「経験」の発展
- 自分の「願い」にまず気付かせる/他者の存在の「かけがえのなさ」を知る/自分を軸にして世界を広げさせてゆく
- あとがき
はじめに
「新しい学力観」のねらいの中心は、次の二点にある。
@ 自ら学ぶ意欲を育てること。
A 主体的な学習の仕方を身につけさせること。
つまり「自ら学ぶ意欲と力」を育てることにある。
では「自ら学ぶ意欲と力」は、どのようにして育てることができるのか。
端的に、次のように言うことができる。
「自ら学ぶ」という学習活動の「経験」を積み重ねさせることによって。
そして「自ら学ぶ意欲と力」を育てるためには、授業や教師の役割について従来の観念から、次のように転換することが求められている。
授業とは、教師が子どもたちに知識や技能を直接的に授け与える場ではなく、子どもたちがそれらを、自らの必然性をもって獲得してゆく学習活動を「経験」する場である。したがって教師の役割は、子どもたちが「自ら学ぶ」という学習活動を構想して、それを指導・支援してゆくことにある。
したがって、本著において筆者が提起する「問題解決学習」は、子どもたちに「自ら学ぶ」という学習活動の「経験」を遂げさせることをねらいとする。「問題解決学習」の学習活動の「経験」を子どもたちに積み重ねさせてゆくことにより、子どもたちに「自ら学ぶ意欲と力」が育つのである。
確かに現在、「新しい学力観」がねらう「自ら学ぶ意欲と力」を育てるために、「個に応じた指導」「体験的な学習」「問題解決的な学習」など、指導方法の工夫がなされている。しかしTの一で述べるように、現在「問題解決(的な)学習」として一般的になされている学習活動のあり方について、筆者はなお多くの点で不満を感じている。「問題解決学習」は、子どもたちが事実を調べてくるだけの「お調べ発表学習」にとどまるものではない。また「問題」の設定から「解決」へと向かう、学習活動の展開のさせ方のパターンでもない。
「問題解決学習」とは、それぞれの子どもに「自分なりの考え」を粘り強く深めさせてゆく学習活動なのである。そのような過程で、次の二つのことがらを必然性をもって達成してゆくことをねらうのである。
@ 自らの必要感から教材に何回も繰り返しアプローチしてゆき、そのようにして様々な知識や調べるための技能などを習得すること。
A 「話し合い活動」や「調べ活動」において、自らの必要感から友だちや地域の人々と「かかわり合い」、温かく誠実な人間関係の結び方を身につけること。
本著において繰り返し述べるが、「問題解決学習」では、学習と生活との統一的な指導・支援が図られてゆくのである。
子どもたちにとって「学ぶこと」と「生きること」とがつながるとき、「学ぶこと」が必然性や切実性のあるものとなる。そのようにして、「この子」に「個」として「生きること」の「構え」が形成されてゆく。つまり「自ら学ぶ意欲と力」を育てるためには、「この子」の「生きること」とのつながりにおいて授業を構想すること、そして学習活動の各場面において、「この子」の「生きること」とのつながりにおいて、指導・支援の手立てを打つことが必要なのである。
この点で「問題解決学習」において「学ぶこと」とは、「この子」が「個」として「生きること」における「願い」を明確にさせ、その実現に向けて「めあて」をもって取り組ませてゆくという、「この子」にとっての「生活づくり」であるといえる。
本著においては、そのような授業の構想及び学習活動の指導・支援のための観点と方法について述べた。特に、「問題解決学習」のこのような「遠大な目標」をにらみつつ、現在の地点からどのようにして歩み進んでゆくかの「ストラテジー(戦略)」を述べた。
この点について、次のことを述べておく。
「ストラテジーを持つ」とは、「遠大な目標」を見据えつつ、眼前の出来事に長期的な展望と広い視野から、柔軟に対応してゆくための指針を持つことである。
つまり「ストラテジー」とは、眼前の現象を「うまく処理する」ための「戦術」とは異なる。また「うまくゴールまで導いてくれる」ような「マニュアル」でもない。
「ストラテジー」とは、個性や状況に応じて進むべき方向や用いるべき手段を決断するための指針を与えるものである。だから「待つこと」「後退すること」を決断させることもある。目先の一歩前進を焦ることにより、戦況を悪化されてしまうことがある。逆に一歩後退することにより、戦況を好転させることもある。長期的な展望と広い視野の中に位置付けることにより、眼前の出来事は違った意味を持って見えるようになる。
本著では、眼前の子どもの言動を長期的な展望と広い視野において解釈し、それをその後において生かしてゆくための観点と方法について述べた。「個」が育つ授業を希求し、子どもたちの温かく真剣な「かかわり合い」を育てることに誠実に取り組んでいる、多くの教師に本著を役立てていただくことを心から願っている。
本著で引用した授業場面や発言の事例の多くは、これまでに筆者が参観した授業で記録したものである。(ただし部分的に構成したものもある。)本著は、従来の授業理論を述べた著作のように、科学の理論や科学の方法論に基づいて、それを「卸売り」するようにして述べてはいない。ジョン・デューイをはじめとする経験主義の哲学に関する、筆者のこれまでの研究に基づきつつも、それらを用いて実際の授業場面と個々の子どもの発言を分析する作業という、「具体」をくぐり抜けることによって、構成してきた。
現実において「役立つ」理論であればと願っている。
したがって本著は、社会科の初志をつらぬく会、学習研究連盟、校内や地区の研修でお招きいただいた多くの小学校など、全国各地の多くの先生方との共同での取り組みの上に完成されたものである。快く授業を参観させていただき、共同で研究に当らせていただいた先生方に心より感謝を申し上げたい。
なお本著の刊行には、筆者の現在のポストの前々任者で、現在は広島大学教育学部教授の片上宗二先生にひとかたならぬお力添えをいただいた。心よりお礼を申し上げる。また研究者としては若輩であるにもかかわらず、刊行のチャンスを与えてくださった明治図書編集部の江部満氏、樋口雅子氏に心よりお礼を申し上げる。
一九九五年 残暑きびしい中
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