- 序文 言語で価値ある言語行動ができる人間を育てる
- 〜自己表現の過程で国語学力を獲得する指導理論の確立〜 /瀬川 榮志
- はじめに
- 第T章 表現指導の基本課題とは何か
- 一 表現からの国語学習
- 1 現行学習指導要領の要諦
- 2 表現力の芽生え
- 3 一次的ことばと二次的ことば
- 4 有意味な表現成立の要件
- 5 表現とコミュニケーション
- 6 形式か内容か
- 7 表現からの学習過程
- 二 自己表現を目指した国語学力の構想
- 1 国語科授業構想
- 2 学力低下論と国語学力表
- 3 国語科少人数学習の構想
- 第U章 創作作文の指導によってどんな表現力が育つのか
- 一 自由創作作文の指導
- 1 物語づくり指導の二律背反
- 2 友達の物語の生成過程に学ぶことの意義
- 3 単元「卒業記念物語集を作ろう」の実践
- 4 まとめ
- 二 書き替えによる物語づくりの指導
- 1 物語づくりの指導についての到達点と課題
- 2 書き替えによる物語づくりの実践
- 3 実践から生みだされた書き替えによる物語の分析と考察
- 4 書き替えによる物語づくりの成果と展望
- 三 学級文集にみる児童の文章表現方略の発達
- 1 研究の目的
- 2 研究仮説
- 3 学級文集について
- 4 文集アンケートについて
- 5 文集に見られる子どもの文章
- 6 研究の結果と考察
- 第V章 読みの指導の中で自己表現させることから何が分かるか
- 一 読みの個性の分類
- 1 指導目標(仮説)
- 2 指導計画
- 3 実際の授業の流れ
- 4 成果と問題点
- 二 読みの個性の成長過程
- 1 読みの個性
- 2 書くことをもとに
- 3 個性の差と学び合い
- 4 その他の言語活動を通じての個性の広がり
- 5 発達の側面から
- 第W章 情報化時代の表現指導はどのようであるべきか
- 一 体験や情報を自分の言葉で組織する文章表現
- 1 体験と情報
- 2 体験を綴ってきた先行実践
- 3 情報を記述する先行実践
- 4 体験のさせ方、情報収集のさせ方
- 5 自分の言葉で組織する方法
- 6 体験や情報を組織する文章表現例から
- 7 体験と情報作文の効用
- 二 情報化時代に必要な国語力
- 1 インターネットの普及
- 2 これから必要となってくる国語力U
- 3 情報化と国語教育
- おわりに
序文
言語で価値ある言語行動ができる人間を育てる
〜自己表現の過程で国語学力を獲得する指導理論の確立〜
言葉の力で価値ある目標に向かって自己表現を図ることが、国語教育の究極のねらいである。また、国語学力とは、目的・相手・場面・状況等に応じて言語力を駆使・応用して、適切に理解し表現することである。しかも、自力で発見した自己表現に必要な課題を追究し、価値生産をする学習法を言語力で習得し「生きて働く国語力」として自己の向上的変容に波及・応用する言語行動力を獲得する。この段階に到達したとき「生きる力」に連動し、人間力が身に付くことが新時代に適用する真の学力である。
佐藤明宏先生の著書『自己表現を目指す国語学力の向上策』は、このような国語教育の原点に拠ると共に、新世紀に生きる人間が、人間として生きるための学力観とは何かについて解明した貴重な研究図書である。
加えて、国語科教育の指導の原理・原則に基づき、真の学力向上について実践研究法の研究の在り方や、基礎的・基本的な国語力が確実に定着する授業創造の手順や方法が具体的に盛り込まれている。まさに、確かな理論と豊かな発想の実践が調和統一した、理論研究にも実践研究にも役に立つ国語教育研究者や授業実践者必読の書である。
佐藤先生は、公立学校、附属学校、大学の教員という教師経験の過程で、教え子に「自己表現させる」という立場で実践している。また、自分自身も常に自己表現しなければならないという「生き方に徹する」信念で一貫し、研究に精進してきたのである。この教師としての誠意・誠実で貫いた生き方は「はじめに」にも述べられている。
教え子の一人ひとりの幸せ実現を心から願い、個に応じた特性・個性を引き出し、可能性を最大限に発揮させるための最善の努力をされたのである。このことは佐藤先生の研究に対する厳しさと、人間性豊かな交流で「子どもを愛し研究に徹する」教育者としての道を歩き続け、切り拓いていく生き方について深く理解することができた。そして、共感し敬服し、善き人との出会いに感謝しているのである。
教育者として「こんな子どもに育てたい」という願い、つまり、高い理念を持つことは、今日の我が国の教育界の実情から極めて重要なことである。特に言語の力で日本人を育成する責務を担う教師として、追究しなければならない哲学である。中教審の第二部の8には「教育を育む哲学・文化・思想」が提言されている。深い教育愛と、賢い信念と自己表現を目指す情熱がないと説得力のある主張もできないし、充実した実践も感動的な授業も実現できないものであるが、本書には「理念なき教育は皮相浅薄である。実践なき理論は空虚である。理論なき実践は砂上の楼閣である。」国語教育のこれからの在り方を示唆する価値ある提言と実践事例が提示されている。
佐藤先生は、以上述べたように国語教育の理念に基づき、理論と実践を統一した主張を理路整然と展開している。しかも、実現可能な効果的方策を講じている。学術・学際的な研究を追究しつつ、日々の授業実践に直結する内容と構成である。すなわち、質の高い内容について質を落とさずわかりやすく表現しているのである。このことを基盤に、公立学校や附属学校の教師を体験された、その実践をベースに大学で国語教育について理論的に秩序化・体系化したのである。
最近の国語教育研究の傾向として、単に実践の積み重ねを羅列的に紹介したり、実践研究や授業が平易になり過ぎて、理論的根拠に基づく実践研究や授業研究が敬遠されたりしている傾向もある。これでは、新世紀を拓く国語教育の改革は進まないのではないかと危惧・危機感を抱くことがある。
本書は高い教育理念に拠る実践理論を基調として、次のような具体的な特徴がある。
◎自己表現の定義が明確である。また、自己表現を追究する国語学力の構想を的確に把握している。
◎言語力による情報操作力を重視し、情報収集→創造→発信を組織化した新国語授業構想図を作成している。
◎学習指導要領に基づき、言語の基礎能力と言語生活応用能力を段階的に国語力の実態を捉え構造化している。
◎新しい発想による自由創作文指導で、子どもの自己表現力の可能性を個性豊かな作文で実証している。
◎読む活動を通して表現力を伸ばし、個性の成長過程を多くの作品から発掘し実践理論を体系化している。
◎高度情報社会に適応する子どもの資質・能力とは何かを究明し、新情報発信力の獲得法を開拓している。等々
国語教育の新しい在り方を志向する貴重な提言が凝縮されている。
加えて本書は、文化審議会国語分科会の審議答申に提示された重要事項を取り上げて論述していることも大きな特徴である。この審議会答申には、これからの国語教育を改革するキーワードが盛り込まれており、共感・賛同する事項が多く提示されている。国語か教育の改革は「国語教育を中核に据えた学校教育」を前提条件にすることは至極当然である。国語科教育の指導で基礎・基本の指導を徹底し、その技能・能力を波及・応用する。さらにその基礎的技能や基本的能力を「生きて働く国語力」として情報発信力の獲得に適用する。さらに発展して、総合的な学習は勿論、他教科に生きて働き、日常生活においても「美しい日本語で優れた日本人」を育成する国語教育が推進されるような意図的・計画的な学校教育を目指すことが極めて重要である。
本書『自己表現を目指す国語学力の向上策』が、一人ひとりの子どもの自己実現に連動する表現力を高め、国語学力の向上を促進し、国語教育の改善と国語教育の改革に寄与することを心から祈念し、佐藤明宏先生の今後さらなる研究の進展を念願している。
中京女子大学名誉教授 /瀬川 榮志
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- 明治図書