- まえがき
- 第1章 「性的マイノリティ」とされる子どもたちと学校
- 1 学校における性の多様性をめぐる課題
- 1 教室に「いる」子どもたち
- 2 性の多様性とLGBTQ+/SOGI/性的マイノリティ
- 3 「性的マイノリティ」と学校の対応
- 2 各調査結果からみえる「性的マイノリティ」とされる子ども
- 1 性自認の時期
- 2 いじめの被害者と自殺念慮の高さ
- 3 調査結果におけることばの側面
- 3 樹が教えてくれること―性の多様性をめぐることばへの取り組みに向けて―
- 1 樹の生きづらさ
- 2 樹のねがい
- 3 性の多様性をめぐることばへの取り組みに向けて
- コラム@ 「性同一性障害」から「性別違和」へ
- 第2章 教育行政/教科書教材/教科教育にみる性の多様性
- 1 文部科学省による性の多様性へのこれまでの対応
- 1 個別対応から自殺予防・いじめの未然防止へ
- 2 文部科学省による対応の課題
- 3 すべての子どもに対する取り組みの必要性
- 2 教科教育で性の多様性を取り上げる意義
- 1 人権教育の諸相
- 2 授業化への課題
- 3 人権教育の知見と課題を教科教育へ
- 3 性の多様性と教科書教材の動向
- 1 学習指導要領と性の多様性
- 2 性の多様性と教科書教材
- 3 性の多様性からみた国語科教科書の現在
- 4 他教科における性の多様性をめぐる授業
- 1 性の多様性をめぐる授業実践
- 2 授業実践の課題
- 3 国語科への示唆
- コラムA カミングアウトとアウティング―安心・安全な学校づくりへ―
- 第3章 性の多様性と国語科をつなぐ
- 1 性の多様性と国語科教育を考えるために
- 1 「当事者性」とは
- 2 「被害者性」と「加害者性」を両義的にみつめる
- 3 社会構造への視点の重要性
- 2 性をめぐる多様な見方・考え方を育てる
- 1 性の多様性と国語科の教科内容をつなぐ
- 2 言葉による見方・考え方を働かせる
- 3 性をめぐる多様な見方・考え方とは
- 3 「言葉による暴力」と言語感覚の育成
- 1 「言葉による暴力」へのアプローチ
- 2 言語環境の整備と言語感覚
- 3 言語感覚を育成するということ
- 4 性の多様性と国語科における資質・能力の三つの柱
- 1 〔知識及び技能〕における「言葉の働き」
- 2 〔思考力、判断力、表現力等〕における「考えの形成」と「共有」
- 3 〔学びに向かう力、人間性等〕における「言葉がもつよさ」「言葉がもつ価値」
- コラムB ジェンダーをめぐる問題をどうとらえるか
- 第4章 性の多様性と国語科教育の具体化に向けて
- 1 クィア・ペダゴジー×批判的リテラシー
- 1 クィア・ペダゴジーとは
- 2 批判的リテラシーと批判的思考のちがい
- 3 性の多様性と国語科教育における批判的リテラシー
- 2 包括的性教育×メディアリテラシー
- 1 包括的性教育の概要
- 2 メディアリテラシーへの注目
- 3 性の多様性と国語科教育におけるメディアリテラシー
- 3 パロディ実践×文学体験
- 1 ジュディス・バトラーのパロディ実践とは
- 2 パロディ実践としての文学体験
- 3 性の多様性と国語科教育における文学体験
- 4 社会言語学×語彙指導
- 1 社会言語学からことばをとらえる
- 2 語彙指導をめぐって
- 3 性の多様性と国語科教育における語彙指導
- コラムC ジェンダーは性の多様性と国語科教育にどうかかわるか
- 第5章 性をめぐる多様な見方・考え方を働かせる国語科教育
- 1 授業化のための理論的整理
- 1 目標と内容
- 2 小学校における性の多様性と国語科教育
- 3 中学校における性の多様性と国語科教育
- 2 「言葉は変わる」と語彙指導―新明解国語辞典改訂をめぐって―(小学六年)
- 1 使用教材について
- 2 単元構想
- 3 単元構想の詳細と留意点
- 3 「『ここにいる』を言う意味」と有標・無標(中学二年)
- 1 使用教材について
- 2 単元構想
- 3 単元構想の詳細と留意点
- 4 「素顔同盟」と文学体験―『ぼくがスカートをはく日』とあわせて読む―(中学三年)
- 1 使用教材について
- 2 単元構想
- 3 単元構想の詳細と留意点
- 性の多様性と国語科教育を考えるためのブックリスト
- 子どもや学校とかかわる人に読んでほしい、性の多様性に関する本
- 性の多様性に関する教材開発のてがかりとなる本や絵本
- 性の多様性と国語科教育を具体化するきっかけとなる国語科教材
- 初出一覧
- あとがき
まえがき
「あなたが言う『女性』や『男性』って、どこからどこまでをさすの?」
大学院で研究をはじめたときに、ふと問われたこのことばが、私のなかでずっと残り続けています。
私は、「ジェンダー」ということばをまったく知らない幼い頃から、「どうして私は女性に生まれたのだろう」と思うような環境で育ちました。自分が女性であることの居心地の悪さ、戸惑い、怒り、罪悪感とともに生きてきて、大学四年生の卒業論文は、国語教育学専修に在籍していましたが、指導教員のおかげで、自分がもっとも当事者性をもって取り組むことのできた、ジェンダーのみをテーマに取り組みました。当時の私は、「国語科教育は、苦しかった私を何も救ってくれなかった」と絶望していて、国語科について真正面から研究することがどうしてもできませんでした。
その後、中学校や高等学校で国語科教員として勤めるなかで、私と同じように、性をめぐって生きづらさを抱える生徒の姿をみて、国語科授業でできることはないかと思うようになりました。そうして試行錯誤するうちに、もう一度国語科について学びたいと思うようになり、大学院に進学しました。そのときに投げかけられたのが、冒頭のことばです。
「女性」とは、「男性」とは、誰のことなのか。問いかけられたことをきっかけに自問するなかで、自分が「女性」であることで傷つけられたという「被害者性」と同時に、「性的マジョリティ」である自分が、誰かを傷つけている「加害者性」についても考えるようになりました。また、「性的マイノリティ」とされる人々の傷つきにふれ、その人たちの「被害者性」を想起する際には、自身の「女性」としての「被害者性」をもって連帯すると同時に、「性的マジョリティ」としての自分の「加害者性」がつねに立ち上がりました。自身の「被害者性」と「加害者性」を往還しながら思考することが、私にとっては、性の多様性に対して「当事者性」をもつということでした。冒頭の問いは、自分自身の社会的特権を自覚させてくれたとともに、性の多様性を大切な研究テーマとして位置づけてくれました。それからずっと、「国語科教員として、性をめぐって生きづらさを抱える子どもに対して、国語科教育ですべきことはなにか」を追究しています。
性の多様性と国語科について研究を進めるうちに、性をめぐる生きづらさを教育の場で可視化することや、生きづらさを少しでも緩和することには、ことばが欠かせないことが明らかになってきました。性の多様性やジェンダーをめぐって、学校教育で取り組まれようとしていることは、国語科も担うべきことであると思うようになりました。
たまに、「国語科教育が専門なのに、なぜ、性の多様性やジェンダーについて研究しているのですか」と質問されることがあります。私は、国語科だからこそ性の多様性やジェンダーをめぐる学びを考えなければならないし、性の多様性やジェンダーをめぐる学びは、児童生徒に国語科学力を育てることになると考えています。本書は、こうした私の思いが子どもとかかわる人や、国語科とかかわる人に少しでも届くことを願ってつくられました。
本書は、学校という場で性の多様性がどのように扱われているのか、どのような課題があるのか、人権教育や他教科での取り組みも取り上げながら述べています。また、性をめぐって理解しておくべき用語や概念についても、第1章や各コラムで言及しています。したがって、本書の前半は包括的な内容が示されていますので、性の多様性と国語科教育をまずは具体的に知りたいという方は、第3章から読み進めてもよいかもしれません。
さらに、本書では、現在使用されている小学校国語科教科書や、中学校国語科教科書に掲載されている教材を多く用いて論を進めています。性の多様性と国語科教育について考える際に、どのような教材をどのようにとらえ、解釈することが可能なのか、「教材の見方・考え方」を読者のみなさんとともに検討することができればと思い、具体的教材を提示しています。そして、「教材の見方・考え方」を働かせる一つの契機になればと思い、「性の多様性と国語科教育を考えるためのブックリスト」を掲載しています。
読者のみなさんに、興味関心のあるところから、自由に読んでいただけることを願っています。
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- 明治図書
- 国語科、という視点だけではなく、教材におけるジェンダーバイアスについて客観的に考えさせられた。古典だからあたりまえ、という片づけ方ではなく、成長期の子どもたちに与える影響を見つめる良い機会となった。2022/10/3050代・中学校管理職