- はじめに ――競争原理を超えて――
- 出版にあたって
- 第1章 講演 確かな理解と発展的学習の展開
- 1.はじめに ――子どもの問題を教師の指導の問題として受け止める――
- 2.確かな理解を求める
- (1) 理解の階層(わかり方の段階)
- (2) コミュニケーション能力の育成
- 3.発展的学習の展開
- (1) 事例を取り上げて
- (2) 発展的な学習と補充的な学習
- 4.終わりに ――知識(knowledge)の性格――
- 第2章 本校の基本的な考え方
- 1.研究主題
- 自ら学び,自ら考え,共に高め合う子どもの育成
- 2.主題設定の理由
- (1) 教育の今日的課題から
- (2) 本校の教育目標から
- (3) 児童の実態から
- 3.研究の構想
- (1) 主題について(めざす子ども像とのかかわり)
- (2) 研究の仮説
- (3) 研究の重点
- (4) 研究の全体構想図
- 第3章 低学年の実践
- 第1節 第1学年の実践
- 実践1.答えが同じになる式を作ろう ――単元『ひき算敢』――
- 実践2.数の並び方の秘密をみつけよう ――単元『たし算柑』――
- 第2節 第2学年の実践
- 実践1.不思議なきまりを発見しよう ――単元『たし算とひき算のひっ算敢』――
- 実践2.どんな形ができるでしょう ――単元『三角形と四角形』――
- 第4章 中学年の実践
- 第1節 第3学年の実践
- 実践1.どんな敷き詰めかたができるかな ――単元『長方形と正方形敢』――
- 実践2.正方形が作れるかな ――単元『長方形と正方形柑』――
- 実践3.新しい棒グラフを考えよう ――単元『表とグラフ』――
- 第2節 第4学年の実践
- 実践1.被除数,除数と商の関係 ――単元『わり算敢』――
- 実践2.どんな式で求められるかな ――単元『面積敢』――
- 実践3.どのように比べられるかな ――単元『面積柑』――
- 第5章 高学年の実践
- 第1節 第5学年の実践
- 実践1.凹四角形も変身すれば求積できるかな ――単元『面積』――
- 実践2.六角形の内角の和も求められるかな ――単元『四角形』――
- 第2節 第6学年の実践
- 実践1.どんな多角形でも頂点や辺の数が求められるかな ――単元『立体』――
- 実践2.立体の体積は底面積×高さで求められる ――単元『体積敢』――
- 実践3.最大になる体積は立方体かな ――単元『体積柑』――
- 引用・参考文献
はじめに
――競争原理を超えて――
教育は常に時代を見通し,子どもたちの将来に対して夢を生み出す心の力を育み,その時々の夢に向かって進んでいける勇気とそれを支える学ぶ力を与えることに,その一つの使命があると考えます。
本校が学力向上フロンティア・スクールの指定を受けて以来,先生方及び子どもたちと共に歩んだこの3年間は,私にとって子どもたちの学ぶ力と考える力の育成を目指しながらも,その根本には人間の教育であることを常に先生方と確認しながら,算数教育の人間化(算数を通して将来に生きる人間の育成)を授業の中に求めてきたと振り返ります。毎回の授業を通して,子どもたちが自分とは異なる多くの他者を意識し,また他者と学び合い,そして他者を通して自らの学びを徐々に改善していくことを,私は子どもたちの学ぶ姿から知ることができました。他方,子どもたちの学ぶ姿をはじめ,問題解決の過程における子どもたちの書く力,読む力,聞く力,話す力,そして考える力の一つひとつが教師の指導にいかに依存しているかも確認することができたように思われます。まさに,現実の子どもたちの学ぶ姿は,日々の教師の指導を映し出している鏡であると思われます。
ひとたび,学校外に目を向けると,現在,子どもたちの学力低下と学習意欲の欠如が指摘されています。また,そのため一層の競争原理を盛り込む新しい動向や施策が打ち出されつつあります。これらが主張する競争原理とは何なのか。実際,教育における競争の相手は誰なのか。また,なぜこのような状況を生み出したのか。学校を含めた社会的背景にまで目を向ける必要があるのではないかと思われます。子どもたちの学習を目にするたびに,彼らの心の奥底には否応なしに,他者との競争原理が流れていることを痛感します。そして,その事実を知るとき,教育における競争原理は決して安易な数値化や序列化することで解決できる問題ではないと考えます。
言い換えれば,教育における競争原理やその競争の相手は,21世紀を生き抜く子どもたち,そして私たち大人も含めて,内なる自分自身であると考えます。それは決して他者ではなく,過去から現在までの自分と,現在(今)を乗り越えようとする「もう一人の自分」なのです。つまり,この内なるもう一人の自分は,今の自分をよりよくしようとする将来の自分なのです。他者との競争原理を超えて,現在の自分を乗り越えようとする将来の,未来のもう一人の自分を育てるための教育でありたいと考えます。そして,このことは教師にとっても子どもにとっても厳しいことです。しかし,学習が正確な『事実理解』の層に滞っているところに教育が存在するのではなく,その先にある『自己理解』の層を目指すとき,教育は成立するからです。なぜならば,教育は日々の一コマ一コマの学習を通して,社会を構成し生涯を生き抜く人間の育成にあるからです。
本書の中で取り上げた実践事例は,すべて主要教材をもとに発展的な学習を志向したものです。学習は常に特殊をもとに一般を志向するものであり,また,発展への契機は常に日々の学習の中から生まれます。
問題の解決に至った子どもたちが,「なぜうまく解決できたのか」「この解決の方法は他にどのような場面や状況に使えるのか」「もし問題の条件を変えると結果はどのように変わるのか」など,時に教師が学習の中で子どもたちに問い,時に子どもたちが教師に問う場面は,まさに発展的な学習への契機なのです。「知る」ことは楽しいこと,「知る」ことはすごいこと,「知る」ことは学習の可能性を拡げていくことを提案します。
終わりに,本書の出版に向けて企画から構成まで,温かい励ましと生産的な示唆をいただきました明治図書の石塚嘉典さんに深く感謝申し上げます。
2005.5 春 /矢部 敏昭
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- 明治図書