- 検定外・学力をつける算数教科書』第1巻 第1学年編の趣旨 /横地 清
- 第T章 入学直後の数指導
- 第U章 10までの分解・合成
- ――活動と自立発展学習での展開――
- 1 いくつといくつ
- 1 4はいくつといくつ?
- 2 いくつといくつで5?
- 3 7はいくつといくつ?
- 4 10はいくつといくつ?
- ・たんげんかくにんテスト
- 〈もんだい・テストの解答〉
- 第V章 位取りの原理とバラ数
- ──バラ数で位取りにチャレンジ──
- 1 くらいとかず
- 1 かずはどうやってかぞえるの?
- 2 かずはどうやってかいているの?
- ・まとめのテスト
- 2 バラすうについて
- 1 ぶどうが2つ(2ふさ)よりおおいと?
- 2 ぶどういがいでかんがえてみる
- ・まとめのテスト
- ・たんげんかくにんテスト
- 〈もんだい・テストの解答〉
- 第W章 20までの加法と減法
- ──数の分解・合成を生かした学習の展開──
- 1 たしざんにチャレンジ
- 1 あわせていくつ?
- 2 ふえるといくつ?
- 3 0をたすとどうなるの?
- 4 3つのかずのたしざん
- 5 くりあがりのあるたしざん
- 6 カードでれんしゅう
- ・まとめのテスト
- 2 ひきざんにチャレンジ
- 1 のこりはいくつ?
- 2 ちがいはいくつ?
- 3 0をひくとどうなるの?
- 4 3つのかずのけいさん
- 5 くりさがりのあるひきざん
- 6 カードでれんしゅう
- ・まとめのテスト
- ・たんげんかくにんテスト
- 〈もんだい・テストの解答〉
- 第X章 1桁数の加法と逆の減法
- ──大きな位の計算にチャレンジ──
- 1 1けたすうのたしざん
- 1 「バラすう」ってなんだったかな?
- 2 「たしざん」ってなんだったかな?
- 3 1けたすうのたしざん
- ・まとめのテスト
- 2 1けたすうのひきざん
- 1 「ひきざん」ってなんだったかな?
- 2 1けたすうのひきざん
- ・まとめのテスト
- ・たんげんかくにんテスト
- 〈もんだい・テストの解答〉
- 第Y章 空間と立体の学習
- ──位置(左右・上下・前後),立体(面・立体の種類),造形(機能的曲面体の構成)──
- 1 どこにあるかあらわそう
- 1 「左と右」ちがいがわかる?
- 2 すいぞくかんをつくろう
- 3 はいけいをつくろう
- 4 いきものをつくろう
- 5 たすけあってはりつけよう
- 6 ともだちからみると?
- 7 さかなをちゅうしんにすると?
- ・まとめのテスト
- 2 いろいろなかたち
- 1 いろいろなまがりかた
- 2 いろいろなせんのまがりかた
- 3 もののまわりをしらべよう
- 4 めんのまがりかたのちがい
- 5 なかみのちがい
- ・まとめのテスト
- 3 にんぎょうをつくろう
- 1 にんぎょうをつくろう
- 2 からだのしくみをさぐろう
- 3 からだであらわそう
- 4 からだのしんをつくろう
- 5 したまきをしよう
- 6 あしのひらとふくらはぎをつくろう
- 7 あしのももとおしりをつくろう
- 8 こしとむねをつくろう
- 9 うでをつくろう
- 10 あたまとかおをつくろう
- 11 手とふくをつくろう
- 12 いろをつけよう
- 13 はっぴょうかいをしよう
- ・たんげんかくにんテスト
- 〈もんだい・テストの解答〉
- 第Z章 集合と論理
- 1 しゅうごうあそび
- 1 しゅうごうってなに?
- 2 「〜でない」のしゅうごう
- ・まとめのテスト
- 2 あたらしいしゅうごう
- 1 「〜でしかも〜」のしゅうごう
- 2 「〜と〜」のしゅうごう
- 3 「〜でなくてしかも〜でない」のしゅうごう
- 4 かんがえてみよう
- ・まとめのテスト
- 3 しゅうごうのおうよう
- 1 かずのしゅうごう
- 2 ずけいのしゅうごう
- ・まとめのテスト
- ・たんげんかくにんテスト
- 〈もんだい・テストの解答〉
- 資料 ワークシート
『検定外・学力をつける算数教科書』第1巻第1学年編の趣旨
この本は,『検定外・学力をつける算数教科書』第1巻として,1学年担当の先生方が早速にも学校や学習塾などで活用していただけるようにと作成したものである。この本には,学校現場の先生方の協力を得て,私どもが研究してきた成果が生かされている。本来の1年生は,何を学習すべきかを探究してできた,斬新な検定外教科書である。
現在の検定教科書の内容には数々の欠陥がある。私どもはこの欠陥を補い,子どもたちが本来獲得すべき学力を保障しようとして,この検定外教科書を作成した。そこで,以下ではT部,U部に分け,次の点を語りたい。T部では,私どもは,現行の検定教科書のどのような欠陥を克服しようとしたのかを述べる。U部では,この1学年用の検定外教科書で取り上げた内容と,その意図を語ることにする。
T部 『検定外・学力をつける算数教科書』を作成したわけ
私どもは,現行の検定教科書は,各学年の子どもが本来,到達するはずの学力を,はなはだしく喪失させていると考えている。その喪失をいささかでも防ぎ,子どもたちに,本来,到達できるはずの学力を保障しようとして,この検定外教科書を作成した。
そこでまず,現行の検定教科書は,どのような欠陥を持っているか,率直に語ってみる。もちろん,この語りは,検定教科書が依拠した現行の学習指導要領の欠陥の語りでもある。ここでは,検定教科書の方で説明する。
おことわりするが,私どもは,検定教科書や,それが依拠する学習指導要領の欠陥自体を荒立てるのが目的ではない。私どもは,そうした欠陥を越えて,日本の子どもたちに,本来到達するはずの学力を保障する検定外教科書を作成するのが目的である。
それでは,現在の検定教科書の欠陥を,箇条書きにして率直に書いてみよう。これら欠陥は,これまでに実施した,私どもの各種教育実験を背景として語るものである。
1 学習内容の水準が極めて低い。事例を挙げよう。
(1) 入学当初の1年生は,すでに100までの数を唱え,形式的ではないにしろ位取りの原理を把握している。数の学習はここから始めるべきである。また,1年生は10を単位とする数の加減にも十分に熟達できる。検定教科書はこれらのいずれをも欠落させている。
(2) 平面図形の基本は,点,直線,円であり,これらは1年生が十分に学習しうる。検定教科書はそれを怠り,円に至っては4年生に出てくる始末である。
(3) 拡大,縮小の概念,つまりは相似の概念は,遅くとも4年には学習しうる。検定教科書は,それを怠り,相似の概念も用語も小学校から消えている。
(4) 4年生後期から代数的思考が始まり,文字を使った演算式が入って当然である。また,応用問題の問題構造は,文字を使った演算式でいちだんと明確になる。検定教科書は,これらを怠り,文字を使った演算式は6年になっても出てこない。
(5) 割合や速度などの3用法,特に第3用法は,5,6年生の場合,文字式の考え方を生かし,逆演算を導入して把握できるのに,検定教科書はそれを怠り,5,6年の思考を3年生以下の絵で見る低次の思考に堕落させている。
2 平面や空間の領域では,極端なほどに内容が貧弱である。事例を挙げよう。
(1) 1年生は工作用紙に展開図を描き,スポーツカーなどを作成するというのに,検定教科書はそれを怠り,展開図の用語は6年生に出る始末である。
(2) 平面に角があると同様に,空間にも角がある。そして,多面体には2面の作る角として2面角が必要となる。検定教科書はそれを怠り,空間の角も2面角も姿を見せない。
(3) 平面では多角形の特殊な場合として,台形や平行四辺形が存在する。その際には辺や内角が問題とされる。同様に,空間では多面体の特別な場合として,直方体や角柱が存在し,面や2面角,多面角が問題とされてよい。これに対応して,1,2年生には,歪(いびつ)な多面体作りが必要であり,子どもたちもその製作が大好きである。検定教科書はこれらを怠り,展開図に至っては6年に出る始末である。2面角はついに姿を見せない。
(4) 平面上の図形については,回転運動,線対称運動といった運動自体の学習が必要である。そしてこれらの運動の把握や,それに基づく模様作りが,1,2年生は大好きである。また,長方形などの平面図形の模様では,模様作りの基本となる運動とそれら運動関係構造が重要であり,5年生にはそれが把握できる。しかし検定教科書は,上記のいずれをも欠落させている。
3 今日の子どもは早くから地球時代,宇宙時代,さらにはIT時代の世界に生きていると言ってよい。検定教科書は全くと言ってよいほど,これに対処していない。事例を挙げよう。
(1) 高学年では地球の数学を学習する必要がある。発泡スチロールで地球儀を作り,2地点間の大圏距離を凧ひもで測ったりして「ベルリンを火曜の20時に離陸したジェット機は,東京には何曜日の何時に到着するか」といった問題が解けるまでになる。それであるのに,検定教科書は地球の数学に触れてもいない。
(2) 確率の概念は,天気予報などで,小学校全学年で日常化している。それであるのに,検定教科書では確率は,6年になっても姿を見せない。
(3) 4年生後期からは子どもの代数的思考が進展する。当然,多変数関数も扱われてよい。同時に,これら関数の演算に対応するソフトとしてExcelの活用が学習されてよい。さらに,6年生にもなれば,PowerPointを活用して,数学的研究をPresentationできるようにしたい。検定教科書は上記のいずれをも欠落させている。
4 子どもは各年齢に対応した数学的認識の発展を進める。検定教科書はこうした,各年齢に応じた発展過程に対応してはいない。多くの場合,子どもたちの認識を,いちだんと低次の認識へ追いやるように学習の展開をしている。事例を挙げよう。
(1) 低学年の子どもは体ごとの実践を通して数学的法則を把握する。1年生の子どもが数7の分解を把握するのは,一定の距離から実際に7個の玉をホールに向かって投げ,ホールに入らないで外に転がる玉の数を数えて,ホールに隠れた玉の数を推定し,ホールから玉を取り出して推定の妥当性を判断する。こういった活動の繰り返しの中で,7は3と4に分解されるという事実を,確信を持って把握するようになる。体ごとの確信と言ってよい。ところが教科書は,7が3と4に分解される事実を,絵を見せて子どもに保障させようとしている。体ごとでの体得を見失い,視覚による皮相的認識,つまりは皮相的な暗記に依存しようとしている。こうした皮相的認識/暗記では,1年生が体得すべき,10までの数の分解,合成の事実の確信が保障できない。検定教科書は1年生にふさわしい認識過程を見失っている。
(2) 子どもは4年生後期から論理的体系的理詰めを通して数学的法則を把握するという認識過程に達する。ところが,検定教科書は,この認識過程を忘れ,子どもの思考を低学年以前の眼で見る皮相的認識に堕させている。例えば分数の除法計算の法則は,逆数の概念と性質を使えば,理詰めを通して把握できるのに,それを怠っている。理詰めを通せば乗法はもとより除法を含めて,乗除計算の法則は5時間あまりで把握できる。それであるのに,だらだらと絵で説明し,つまりは皮相的認識に堕させて15時間もかけて学習させている。そして,分数÷分数は,割る分数を逆さにしてかけるという機械的操作として把握させようとしている。同種のことは,割合や速さの第3用法でも見られる。
5 3年生以降の子どもは,とりわけ創造力が急速に発展する時期である。それであるのに検定教科書には,創造力の育成に関する配慮が欠落している。あるのはせいぜい,誰それはこういう計算の仕方をしたとか,誰それは,それとは別の計算の仕方をしたとか,言わば,同一水準での多様な思考の並列に終始している。創造力の育成で重要なのは,質的に高い水準に向かって,子どもの思考を高めることである。例えば5年生の長方形の運動模様の学習であれば,模様の型はいく種類に限られるかを理詰めで裏付けて明らかにすることである。あるいは,学習していない正三角形の運動模様には,いく種類の模様の型があるのか,それを理詰めで発見することである。本来の創造性の育成とは,同一次元の中で,あれか,これかを発見することではなくて,いちだんと高い段階での数学的発見を招来することである。検定教科書は,こうした配慮を欠落させている。
U部 検定外教科書1学年の内容
1 この巻の執筆までの経過
この『検定外・学力をつける算数教科書』全6巻は,私が長年指導してきた,次の3つの研究会グループの協力によって作成された。
(1) 大阪教育大学教授・鈴木正彦氏を中心に指導と研究が重ねられている,「大阪研究グループ」
(2) 京都教育大学教授・守屋誠司氏,同大学講師・渡邉伸樹氏を中心に,指導と研究が重ねられている,「山形研究グループ」
(3) 私が山梨大学教授であった頃から育て,現在も前校長の山主富士彦氏,前山梨大学附属小学校教諭の奥山賢一氏を中心に指導と研究が重ねられている,「山梨研究グループ」
各研究グループには実践と研究の豊かな,肝煎りの小学校の現場の校長,指導主事,先生方がたくさんそろっている。
私は2001年4月以来3か年間,明治図書刊『現代教育科学』に各年,「算数・数学教育の危機」「算数・数学教育の再建」「学力保障に応える算数指導の改革」の主題で連載を重ねた。その資料,ならびにこの『検定外・学力をつける算数教科書』作成のために時間をかけて準備した学年別の斬新な学習内容を持参し,上記の3つの研究グループのそれぞれで,数日間に及ぶ合宿研究会を持った。その合宿研究会では次の4点を強調した。
(1) 私が『検定外・学力をつける算数教科書』を公刊するに至った趣旨(T部で述べた)をよく理解した上で執筆にあたっていただきたい。
(2) 学習内容それぞれの執筆にあたっては,私の提案を尊重はしていただきたいが,それに機械的に拘束されることなく,担当の研究グループ,とりわけ執筆者の判断で,現実の子どもに,いっそうの適応ができるように改善を試みられたい。そして研究グループ,とりわけ執筆者の自信の作となるようにしていただきたい。
(3) 直接,間接に子どもに実践して確かめ,子ども自身が進んで学習するにふさわしい学習内容としていただきたい。
(4) 各学年の学習内容は,1学期,2学期,3学期といったように区分され,当該学年を通して,体系のある教育課程を予想して展開されたい。
上記の4点を基本方針として各巻が仕上げられた。以下では,1年生用のこの巻の主な学習内容について,私はどのような提案をしたかを述べることにする。読者の皆様には,この巻の学習内容を子どもに適用していただくだけではなくて,前記羨で述べたように,皆様の研究と判断で,必要な改善を試みながら,実践されることを願っている。
2 この巻の内容
私がこの巻に期待した学習内容について主要ないくつかを述べたい。
(1) 整数と計算
(a) 1年生の「整数と計算」の本来の前提
1年生の算数の学習は,「5歳児までの数学の学習」を前提としなければならない。ここでは「整数と計算」の領域の前提を述べる。
「整数と計算」の学習は,5歳児までの「整数と計算」の学習を前提とする。この前提は,幼稚園・保育園で,まっとうな学習の機会もなく,生活体験のまにまに到達する段階から,幼稚園・保育園で,まっとうな学習を経て到達する段階まである。以下に,後者の段階について,主要な部分を書いてみる。
@ 100まで唱える(数詞を順序正しく呼称する)。
A 個物の集合について,30まで数えて,多さを認める。
B 50までの数字を読み,30までの数字を書く。
C 50までの数の位取りの原理を知る。
D 10までの数による2次元の順序(上から3段目で右から4番目といった位置)。
E 1から10までの各数の分解と合成。
F 合併,添加を中心とする加法の応用,分解,除去を中心とする減法の応用。
G 赤,青,黄など各種の色分けと四角,三角,丸の形分けを組み合わせたような,2次元の特徴の集合について,否定,合接,離接の論理演算の活用ができる。
これらの前提のうち,保護者の誘発や生活の中で,不十分であり定着してはいないが,かなりの部分は体験はされている。今後は幼稚園,保育園で5歳児までに本来体得されるはずの上記の内容の教育を確実に実現していただき,小学校では,それをまっとうに引き継いで,1年生に確実な数学教育を実現するようにしたい。なお,幼稚園や保育園でどのような教育をするかは,横地清『幼稚園・保育園/保育百科』1984,明治図書刊を参考にされたい。また,この著書は1年生の数学の教育にも役立つと思う。
(b) 10までの数の分解と合成
1年生の整数と計算の中で最も重要なのは10までの数の分解と合成である。とりわけ10までの数の分解である。
検定教科書を見ると,具体物や半具体物の絵で,例えば数7が3と4に分かれることを図示している。その絵を基本として7が3と4に分かれる事実が子どもに獲得されるとしている。はっきり言えば,視覚的,記憶的把握に留まっている。これは大きな間違いである。1年生は「どうしてもそうなる」という必然性を,繰り返しの体験の確信をもって体得するのである。視覚や記憶ではなく,積極的な体験を通しての体得によって,分解の事実を学ぶのである。
さらに,検定教科書の次の誤りを指摘しなければならない。1から10までの分解や合成の事実が,わずかのページに収められている。視覚と記憶で全部を学習せよと言わんばかりである。そうではなくて,例えば5までについての分解と合成の事実を体得すれば,その体得を足場として,6の分解と6までの合成の事実を,積極的な体験を通して体得するのである。1から10までの分解や合成の事実は,萌芽的ではあるにしろ,個別的ではなく論理的体系的に体得されていくのである。
私は1961年,全国組織の日本幼年教育協議会を作り,全国の幼稚園・保育園で数学の教育を研究し実践してきた。先に「整数と計算」の本来の前提を述べたが,それはこうした研究に由来している。私どもの研究園では5歳児までに1から10までの分解や合成と,簡単な加減の演算を終わっている。
ここで,最近の実践から分解の学習方法を紹介しよう。以下の内容は『現代教育科学』2002年10月号の私の連載記事「算数・数学教育の再建」で紹介したものである。4月中旬の宮崎二葉幼稚園での実践記録である。
5歳児の部屋に入ると,黒い布に覆われて,棚に何かが隠されていた。その時,子どもたちは,「マジシャン」から届いた平仮名の手紙を読んでいた。棚に隠されていたのは,「マジシャン」からプレゼントされた「マジックボックス」であったのだ。
「ちちんぷいぷい」と呪文を唱えて,7個の玉の集まりを「マジックボックス」に落とすと(写真1),外に飛び出す集まり(青の箱)と,中に隠れる集まり(緑の箱)とに分かれる。隠れた数は,頭で考える。そして,7が何個と何個に分かれたか,「ぶんかいひょう」に書き込むのである。
書き終わったら,緑の箱の蓋をあけ,数を確かめる(写真2)。間違ったら赤で直す。さあ,「マジックボックス」遊びの開始だ(写真3,写真4)。
(写真1〜4省略)
時刻が11時45分を回り,先生が「お弁当にしよう」と打ち切り宣言をした。すると異変が始まった。
「先生,玉,1こください。家で8の『ぶんかいひょう』を作ってくる」
「先生,玉,2こください。家で9の『ぶんかいひょう』を作ってくる」
と次々に要求が出てきた。数概念や四則計算の基本は,10までの数の分解,合成である。これらの体得の時期は,本来,5歳児なのである。
先の例ではマジックボックスを利用したが,先生方それぞれの工夫で,子どもに興味のある教具を創作していただきたい。こうした教具で以上のような学習をすれば,例えば7の分解を体得した子どもは,学校や家で,進んで8,9,10の分解を体得してくるまでになる。
(c) バラ数の加減について
ここで簡単にバラ数の説明をしたい。例えば48は十を単位とした4,一を単位とした8から合成された数と考えられる。
(図省略)
同様に,108は百を単位とした1,十を単位とした0,一を単位とした8から合成された数と考えられる。0から9までの数を基数と呼んでみよう。こう考えて,数を千,百,十,一を単位とした基数の合成と見なす時,こうした見方の数をバラ数と呼ぶ。また,バラ数の考え方で進める数計算まで含めて,バラ数と呼ぶこともある。バラ数は右図のように基数の上に単位を表記して示す。
バラ数を使えば,10までの数の間の加法とその逆の減法の計算を基礎に,1年生は十の単位や百の単位の数の加減計算を進めることができる。答えの表現の仕方は先生方それぞれに工夫していただきたい。
高度に発展した現代社会の中で生活する1年生は,すでに100を超え,10000までの数さえ体験している。そうした大きな数も,バラ数を使えば容易に加減計算ができる。ぜひ,バラ数による加減計算の学習をさせていただきたい。
なお,この学習の前提として,少なくとも,10までの分解・合成,位取りの原理,10までの数の間の加法・その逆の減法,を確実に体得させておいていただきたい。
その上で,右のようにしてバラ数の加減計算を学習するのである。
(図省略)
(1) 剛体から面体へ
(a)機能的な剛体の造形
空間図形の学習は,すでに乳幼児から始まり,1年生へと及んでいる。
空間図形,とりわけ立体を全貌するため,私は「剛体」「面体」の用語を使っている。前者は中詰まりの立体,後者は剛体の表面だけを考える立体をいう。
また,子どもの扱う剛体は,「単体」「複体」「機能体」と順次に発展していく。単体はサツマイモやリンゴのような単一の立体,複体は顔,耳,手足などの部分で構成された動物,あるいは,台や脚で構成されたテーブルのように,部分の複合でできた剛体,機能体は何かの意図で動作する剛体である。
ミニチュア工芸から事例を引くと,写真5のバラ輝石の豚は複体であり,写真6の錫のペンキ屋は機能体である。なお,3者の区分は厳密には無理である。
1年生は,複体から機能体に及ぶ造形を進める時期である。その造形には紙粘土や,これに類して最近開発された粘土を使うとよい。1年生がどのような造形をするのか,実際例を示そう。
1996年秋,CCV教育システム研究会(会長は横地)により,「置物を作ろう」を主題に100分間ずつ3回の協同学習が,山梨大学附属小学校1年(担任は古屋寿氏)と山形大学附属小学校1年(担任は日高伸哉氏)との間で実施された。私が学習内容を提起したので,協同学習の展開から,私の意図が読める。その展開を,写真で説明する。
(写真5〜9省略)
@(写真7)まず,お面と動物を好き好きに造形する。
A(写真8〜写真10)お面を利用して,曲面上の点での曲率の概念を意識する。
B(写真11,写真12)動物の骨格の動きから剛体内部の構造と曲面との関係に意識を向ける。
C(写真13,写真14)機能体を意識し,各自も動作する。
D(写真15〜写真18)スポーツ選手,動物を造形する。
参観者はもとより,高学年の先生方をも驚嘆させる立派な作品が生まれた。なお,鮮明でない写真があるのは,電送による協同学習の実際をそのまま撮ったからである。
(写真10〜18省略)
先の事例でわかるように,先生が必要な支援をすれば,1年生は進んで見事な機能体を造形するまでになる。ぜひ,1年生で実践していただきたい。
(b) 面体の製作
朝日カルチャーの「横地先生の作る数学」で,私が1,2年生対象に,11月に実施した「歪筆箱(歪6面体)作り」の学習を紹介する。
歪6面体の形は各自の創意とし,その創意に応ずるように,先生がじゃがいもから「じゃがいも筆箱」を切り出す。子どもたちはその「じゃがいも筆箱」を画用紙上に滑らないように転がして展開図を作製する。その展開図に糊代の部分を加え,模様を描いた上,糊づけして画用紙筆箱を完成する。子どもの活動の実際を写真で説明する。
写真19,写真20は,「じゃがいも筆箱」を転がして展開図を作図している子どもたちである。
写真21,写真22は,展開図を切り出し,上面に模様を描いたり,模様描きを終えて「画用紙筆箱」を組み立てたりしている子どもである。
写真23は,仕上がりを私に見せている場面である。
「横地先生の作る数学」は120分を1時限とした学習が,年間11時限実施されるだけである。したがって,「歪筆箱作り」に関する学習には,準備や後詰めの学習時間はない。それだけに「歪筆箱作り」に必要な準備を,「歪筆箱作り」に取りかかるはじめや中途で行った。準備の内容は下記である。
(写真19〜23省略)
@ インフォーマル(形式ばらない)な直線の意味と作図,半直線の意味と作図,線分の意味と作図
A インフォーマルな点の意味と作図,2直線の交点の意味と作図
B 3辺形,4辺形,5辺形の意味と作図
C インフォーマルな平面の意味と製作
D インフォーマルな平面角,2面角,3面角の意味と製作
E インフォーマルな6面体の意味と製作,「中詰まり6面体」と「張り子6面体」の弁別
F 展開図の意味と作図
G 模様描きの始まり,周・内側・外側の区別,中塗りの意味と作画
H その他(略)
写真23の背後の白板に,上記の片鱗が見られる。子どもたちは誰しも私語することなく,作業に熱中していた。その熱中に惹かれて,子どもたちは,@〜Hの意味の把握と,それぞれに対応する作図や製作の能力の向上に努力していた。
例えば,じゃがいも筆箱を画用紙上に転がす時,次々にできる4辺形に注意し,その4辺形を,4本の線分の連結として正確に作図するように努力していた。その際には定規が必要となるが,写真19,写真20には,そうした定規が見られる。
1年生の検定教科書では,形遊び程度の段階を往来し,本来の空間図形,平面図形の学習が欠落している。そうではなくて,例えば空間図形については,剛体の造形や面体の製作を通して,空間図形の特徴を学ぶ必要がある。平面図形はもとより空間図形の学習について,1年生の子どもを軽視したり,低次の段階に留めたりしてはならない。
/横地 清
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