- はじめに
- ■T 算数授業における話す力」の育成を図る
- 説明しながら考える子どもの「7つの姿」
- 1 第3学年「かけ算九九を見直そう」
- 2 第3学年「かけ算の筆算」
- ■U 算数授業における「聞く力」の育成を図る
- 聞きながら考える子どもの「7つの姿」
- 1 第3学年「わり算」
- 2 第5学年「四角形を仲間分けしよう」
- ■V 算数の「話す・聞く」力を育成する3つの場
- 1 1対多数の場
- 2 1対1の場
- 3 1対少数の場
- ■コーヒーブレイク■
- ■W 算数授業における「書く力」の育成を図る
- 算数ノートの活用の仕方
- 1 算数ノートは,授業者の「算数授業論」で変わる!
- 2 問題解決「型」授業の問題点を算数ノートから探る
- 3 問いが連続する算数授業と算数ノート
- 4 数学的に考える力を見取るために,算数ノートに書かせたいこと
- ■X 「数学的に考える力」の育成方法を考える
- 「予想」と「再生」と「要約」
- 1 第3学年「2位数×2位数」
- 2 第6学年「分数のわり算」
- ■コーヒーブレイク■
- ■Y 「問いが生まれ,連続する算数の授業」と
- 「教材開発の視点」
- 1 「だったら」を引き出す―第4学年「大きな数」―
- 2 「もしも」を引き出す―第1学年「問題解決」―
- 3 「発見」が生まれる―第4学年「わり算の筆算」―
- 4 「迷い」を引き出す―第4学年「円と球」,第3学年「重さ」―
- 5 「なぜ」を引き出す―第3学年「問題解決」―
- 6 「逆転」を見る―第5学年「小数のかけ算」―
- ■コーヒーブレイク■
- ■Z 紡ぎ合う学び
- 創生連鎖
- 1 第3学年「箱の形を作ろう」
- 2 第4学年「円と球」
- 3 第5学年「偶数と奇数」
- 4 第6学年「速さ」
- ■コーヒーブレイク■
- ■[ 子どもの「ことば」を素直に受け止める教師の「やさしさ」
- 1 第3学年 算数科学習指導案「数と形を関連付けてきまり発見!」
- 2 第4学年 算数科学習指導案「わり算について考えよう(2)」
- 3 第4学年 算数科学習指導案「分数」
- 4 第5学年 算数科学習指導案「分数をくわしく調べよう」
- おわりに
はじめに
子どもは,本当に豊かな思考力をもって入学してくる.当然,そこには個人差はある.しかし,“みんな違う”子どもたちが,互いに相手の心を察しながら,真の友達をつくり,たのしく明るく学校生活を送ることができたならばとてもすてきなことだし,それこそが実は学校教育の根幹をなす部分であると思う.学校が好き,先生が好き,友達が好き,自分が好き,お父さんが好き,お母さんが好き,…….「好きでいっぱいの子ども」を育てたい.そのためには,子どもたちが,相手の心や感じ方や考え方と自分の価値観とをつなげていく教育的営みが必要である.「やさしさ」とは「つながり合おうとする人間の心の中にある,愛を求める心情」であり,学びにとってなくてはならない心である.
「先生,私,算数が嫌いなの」
3年生の子どもを担任したとき,ある子が私に言ってきた.
算数を専門とする私にとっては,ちょっとドキッとする言葉だった.
“よし,この子を算数大好き人間にしてやろう.”
その日から,算数の授業中は,必ずその子のことを気にとめるようにしてきた.特に計算が苦手だったので,かけ算の筆算やわり算の学習のときなどは,直接支援を繰り返したときがあった.
しかし,私が必死でかかわればかかわるほど,その子の表情は暗くなっていった.私とその子との心のつながりがまだできていなかったことも原因の一つだと思う.しかし,もっと大きな原因は,私がその子のことを「褒める」機会が極端に減ってしまっていたことだ,ということに後で気が付いた.
「教えなければ」「できるようにさせなければ」と教師が思えば思うほどその子の改善すべき点が見えてくる.教師は,一人一人の子どもが,今を精いっぱい輝くために,何をしてあげればよいのかを本気になって考えている.かけがえのないこの一瞬に,この子どもたちにどんな言葉をかけてあげればよいのかを心を尽くして考えている.
しかし,そのことの難しさを,私はその子と出会って知った.私は,その子との距離を少し置いて,客観的に見つめてみようと思った.そして,なんと,その子が笑顔で計算や問題に取り組んでいたときは,その子が隣の友達に教えてもらったり,ヒントをもらったりしているときであることに気が付いた.やはり,子ども同士のかかわりから生まれるエネルギーはすごいなと思うと同時に,“よし,もう一度,この子との関係性をつくり直そう”“好きでいっぱいの子どもにしてあげよう”と,私は決心した.
子どもの背景に何が潜んでいるのかまで見定めることは,私にはできない.たぶん,今の私にはそれだけの眼力がない.心に何かを抱えながら自分の席に座っている子どもたち.家庭のこと,友達のこと,先生のこと.
そんな子どもたちの内面までも見取りながら,算数の授業ができたらいいなと思い続けてきた.
自分を取り巻くさまざまな「ひと」との関係性の中で,子どもたちは自分の居場所を探し続けている.算数の授業も,子ども一人一人が,自分の居場所を確かめる時間であると思う.自分の考えを友達がどう受け止めてくれるのかを考えたり,自分は友達の考えをどう受け止めるべきかを考えたりしている.そして,自分がしっかり学級の中にあることが自覚できたとき,子どもは自己開示をし,自分の力を最大限に発揮するようになる.
算数の授業を通して,子ども同士が「やさしさ」でつながり合い,互いの価値観を「紡ぎ合う」ことができるようになると,数学的に考える力をはぐくむ学級集団が育ってきたといえると思う.
算数の知識・技能・数学的な考え方を取り出して,子どもに植え付けるような教育観から脱し,算数教育でも「やさしい子どもを育てる」という教育観をもちながら学びを創っていくことが,実は,子ども一人一人に数学的に考える力をはぐくむことにつながるのである.「先生,私ね,昨日自分で算数の勉強をしてきたの.当たっているかな.丸を付けて」
「先生,私,算数が嫌いなの」と言ったその子の顔が少しほほえんでいるように感じた瞬間であった.
それから,その子との関係性は少しずつできあがっていった.休み時間に一緒に遊んだ.冗談が言い合える仲にもなった.
4年生の「わり算の筆算」の学習を間近に控えていたある日,休み時間にその子は私の所につかつかと歩み寄り,次のように私に話しかけてきたのである.
「先生,わり算の筆算はいつから始まるのですか」
「えっ,どうして」と私が問い返すと「ちよっとね」と言っただけで,その場を去ってしまった.
いよいよ「わり算の筆算」が始まった.私は,それとなく,その子のノートを見てみた.見事に計算ができている.私は思わず「すごいね.バッチリできているよ」と少し大げさに褒めてしまった.
どうやら,予習をしてきたらしい.その子は「わり算の筆算」を見事にクリアし,計算に対して自信がもてたようだった.その子の心の中で何かが変わろうとしていた.それが何なのかは私には分からなかった.しかし,確かに言えることは,その子の授業中の目の輝きが変わったということであった.「やさしさ」で包まれたあたたかい空気の中で,子どもの笑顔がいっぱいの学級づくりが,算数の学びを豊かにしていく.
私は今まで,たくさんの子どもたちから,算数のこと,素直に生きるということ,夢をもつということなどを学んできた.その一端を,この本に記したいと思う.子どもたちの生き生きとした言葉や表情,真剣に聞いている姿や静かにノートに書いている姿などといった,授業の中で見える“子どもたちが今を精いっぱい生きているという事実”をこの本の中にたくさん書きたかった.
最後に,この本を創るにあたり,多くのご助言をくださった明治図書の樋口雅子氏と,単著を創る機会を与えてくださった先生方に心より感謝申し上げたい.私は“幸せ者”である.
/小松 信哉
授業づくりの大切なポイントを具体的に述べています。
本にある授業実践からは、
子どもたちの生き生きと学ぶ姿とともに、小松氏が主張する「やさしさ」がよく伝わってきました。
「子どもの気持ちを大切にしたい」という教師であれば誰もがもっている願いを、算数授業を通して主張しています。
明日の授業づくりにも使える教師の手だてもいっぱいです。
ぜひ、読んでおきたい本の一冊です。