- 刊行にあたって
- はじめに
- 全員がマスト登りとさか上がりを達成した実践報告
- ―その考え方と指導手順―
- 1 研究の動機は、登れない児童の気持ちと必死に努力してもダメだった姿
- 2 できない児の比率は先生によって変わらない
- 3 登れる児と登れない児の違いはなにか
- 1) マスト登りの運動の分析
- @運動の記述と連続写真/ A運動の分析/ B運動は4つの要素で成立/ C4つの基礎運動動作/ D近似動作の選択/ E基礎運動動作と近似動作の学習状態(習熟度)
- 2) 登れる児と登れない児の動作を比較したら,歴然とした差
- 4 全員習得法の発見
- 5 さか上がりにおいても同様か
- 1) 4つの分析視点
- 2) 個別指導
- 3) 習熟度がキー・ポイント
- 6 新しい運動学習の考え方と方法
- 1) 新しい運動動作の習得方法の手順
- 2) できない運動をできるようにする挑戦の授業
- 3) 学年別・領域別・各運動要素別の運動動作表
- 7 全員習得法カード
- 1) 指導前に準備するカード
- 2) クラス全員の習熟度調べカード
- 3) 学習者個人学習カード
- 4) 記入例
- 8 今までの実践報告との比較
- 1) さか上がりに必要な筋力
- 2) 高橋らのさか上がりのできない児童のための練習プログラム
- 3) さか上がりの達成率
- 4) 体育方法研究会と高知炎の会との比較
- 9 用語解説
- 全員ができるようになる体育授業
- ―「できない」から「できる」へ―
- 1 私たちの考えと,今までの考えとのちがい
- 2 さか上がりはいつの間にかできるようになるのか
- 3 今できている運動が,次にできるようになりたい運動を妨げることがある
- 4 できた! という感激を失ってしまわないか
- 5 生まれて初めてスキーをするときには
- 6 「習うより慣れろ」方式が通用しなくなった現代
- 7 「畳の上の水練」が必要
- 8 スキーに行く前にする「滑れるようになるための準備」
- 9 自動車の免許を取ろうとする人に,体育の学習内容を思いだしてもらえる授業をしよう
- 10 無意志にからだでしている学習が体育の特徴
- 1) 文化としてのさか上がり
- 2) いかなる体位になっても脳血流量を変えないためのさか上がり
- 3) 1週間歩く学習をしないと,直ぐには歩けないからだ
- 4) さか上がり中の脳内血流量は学習によって変化する
- 5) つまずいて倒れないためにも児童期にさか上がりを
- 6) 体育はからだの自動調節機能を高められる教科である
- 11 体育の学習内容について3項目を説明する提案
- 1) 根拠のある内容を(Evidence-Based Physical Education)
- 2) 学習のプロセスの変化
- 体育学習の方法
- 1 教え子から学んだこと
- 1) 上手な人,体力の高い人を中心にした授業から,老後の生活を考えた授業へ
- 2) 押しつけ授業から,運動の好き嫌いをなくす授業へ
- 3) ボールが怖かった授業から,安心して学習に集中できる指導へ
- 4) 罰で走らせる授業から,児童の意欲を引き出す指導へ
- 2 学習意欲を引き出す実践例
- 1) 「スポーツの楽しさと上達する方法が理解できた」というS君
- 2) 「基礎になる形をからだが覚えると体育の授業が楽しみ」と書くK子
- 3) リラックス(安心感)は動きを変える
- 4) 12年間も体育をやってきたが,学習方法がわかっていない(E子のレポートより)
- 3 からだの上手な使い方
- 1) 体験コース
- @力持ちの筋肉は,バランスの主役/ A目的の運動を上手にするにはフィード・バック情報を使う/ B目を意識した運動(例えば,目とバランスの保持)
- 2) からだに関する知恵を生かす
- @頭を興奮させよう―火事場の馬鹿力のたとえ―/ A例えば,筋肉の緊張をほぐすには
- 4 子どもの5つの欲求を理解しよう
- @からだを動かしたい/ A安全でいたい/ B仲間と仲良くしたい/ Cほめられたい/ D人のためにつくしたい
- 参考文献
- 執筆者一覧
はじめに
「炎の会」の歩み
子どもは生まれてから連続的に成長し発育発達している。その子どもが幼稚園・小学校・中学校・高等学校・大学・成人期と通過していく中で,学習の連続的発達を追求していく必要を感じてきた。特にからだの器質と機能に深く関連している体育はその点を重要視すべきだと考えてきた。そこでこのシリーズの編者である山本貞美の研究室に幼児教育から成人教育にたずさわっている人々が月2回,土曜日や火曜日に集まってきた。そこで提案をし,実践をし,ディスカッションを積み重ねてきた。
その成果の一つとして1988年に『走る意欲を引き出す 8秒間走の指導』(黎明書房)を世に問うた。今回は生物としてのヒトがいろいろな動作を身につけるようになるメカニズムをてがかりに,体育であつかう運動動作を習得していく過程を明確にした。それによって,児童全員ができるようになる方法と手順を示した。
この方法と手順は体育指導が得意でないと思っておられる先生方にとって,歓迎していただけることと思う。まずは手順にしたがって行って欲しい。だれでも質の高い体育指導ができる方法の第一歩である。
なぜ「全員ができることを目指す体育」を重要視するのか
学校で学ぶ教科体育であつかう運動はクラス全員が習熟して習得することが目標であろう。それによって,好き嫌いをなくし,今後の生活を豊かにすることができる筈である。
そのためには児童生徒の発達に応じた学習内容の提示がされなければならないであろう。特に小学生時代は自分の感覚器の反応に敏感になる内容と指導が必要になる。工夫した方法によって,運動者自らが自分のからだの仕組やからだほぐしに関心をもち,知る意欲がでることであろう。従来,スポーツ技術の習得に関して,その技術の形態からみて,易から難へ反復練習をさせることが主体であった。その際に,からだの仕組からは説明してこなかった。そのためか,できない児童のてだてが見付からず,そのまま放置されていたと思う。
実践の過程
計画的な指導をしても,熱心に練習をしても,クラスの10%の児童はできないままに,次の教材に移っていく。その人ができるようになるためには,不完全のままになっている運動要素を運動プログラムによって積み重ねていけばよいことを実証した。その運動は棒登り(高知ではマスト登りと呼んでいる)とさか上がりである。
この成果によって,全員ができるようになる手順を明らかにした。手順にしたがって行ってもらえれば,報告した実践以外の運動動作でも応用して全員ができるようになることを注目して欲しい。
てがかり
運動動作ができるようになるということは「できるようになりたい」という気持によって,大脳の運動中枢・・神経・・筋肉のルートが形成されることである。手とか足とかに分かれている運動中枢からの電気刺激は時間の流れの中で,個別に神経を通って筋肉へ伝えられる。この一連のプログラムが運動動作として見えるものになる。さか上がりにはさか上がりのプログラムが必要になる。そのようなプログラムを体内に質が高く多量に形成しようとする営みが体育学習の一部だともいえる。この本の成果もさか上がりでどのようなプログラムを運動中枢内に定着させるのかを明らかにしたことである。
今後は,これからの体育学習では生涯にわたって役に立つ運動動作の習得が必要だと考え,追求していきたいと考えている。
1998年4月 /橋本 名正 /舟橋 明男
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- 明治図書