- 「モラルジレンマで道徳の授業を変える」 はじめに
- 第1章 クラスで一番の人気の授業
- 1 お話作りで授業が進む
- 2 どうしてそう考えたの?
- 3 話合い(討論)中心の授業
- 第2章 モラルジレンマ授業の人気のひみつは?
- 1 道徳の授業が好きなわけ
- 2 対話による話合い授業の組み立て
- 3 円座の効果
- 第3章 オープンエンドの授業は心に残る!
- 1 道徳判断とその理由
- 2 オープンエンドについて
- 3 「おかあさんとすてねこ」の学習指導案
- 第4章 ドラえもんとジレンマ授業
- 1 行動化に結びつく授業の方法
- 2 ディスカッションの歌
- 第5章 モラルジレンマ授業は何故子どもたちに価値ある経験となるか?
- 1 動機づけの基本的な考え方
- 2 子どもたちを内発的に動機づける
- 3 モラルジレンマ授業について
- 4 授業が子どもにとって価値ある経験となるために
- 第6章 道徳性を発達させる授業の基本的な進め方
- 1 子ども自身がよく考えて判断を下す
- 2 できるだけ多くの多様な考えに触れる機会を増やす
- 3 どの考えが一番すばらしいか,何故そうなのかをきちんと説明できる
- 4 モラルジレンマ授業の基本的な進め方
- 第7章 モラルジレンマ物語りと挿絵
- 1 おかあさんとすてねこ
- 2 ぽんたとりんりん
- 3 あすかのしいくとうばん
- 4 くものすとちょう
- 5 げんぞうじいさん
- 6 病院の待合室で
- 7 おいしそうな手作りケーキ
- 8 歯医者の予約
- 9 なかよし遠足
- 10 残ったおかず
- 11 うるわしき伝統
- 12 ミラクルバード
- 13 もう一つの犬の消えた日
- 14 消えたハーモニー
- 第8章 モラルジレンマ「くものすとちょう」ができるまで
- 1 命の教育のための基礎研究
- 2 方 法
- 3 手続き
- 4 道徳性発達(フェアネス・マインド)検査について
- 5 調査対象者
- 6 調査時期
- 7 結果と考察
- 第9章 モラルジレンマで健康教育を
- 1 学校における健康教育のすすめ
- 2 モラルジレンマ授業で健康教育を
- 3 モラルジレンマ授業について
- 4 授業を通して道徳性の発達が見られたか
- 第10章 学校生活の充実とモラルジレンマ授業
- 1 情報モラル教育の必要性
- 2 モラル教育を徹底しよう
- 3 子どもたちの学校生活を充実させるモラル教育を行おう
- 4 「学校生活」から連想される「ことば」
- 5 学校生活の充実感
- 6 学校生活の充実感を阻害する要因
- 7 民主的な学級風土を創造する
- 8 教師のことば
- 9 元気になることば
- 10 「がんばれ神戸」でなく,「がんばろう神戸」
- 11 道徳的感受性を高めよう!
- 第11章 子どものこころに「ダイモニオン」の声を
- 1 現代はIQでなくEQの時代
- 2 ダイモニオンの声
- 3 教師の指導力
- 第12章 校内研究会を活性化する
- 1 道徳教育を活性化する方法
- 2 「どうする? ちはるさん」の実践
- 3 「おばあさんへのプレゼント」の実践
- 4 もう一つのモラルジレンマ校内研究
- 第13章 道徳性発達理論から「生き方」教育
- 1 私はいったい何人なの?
- 2 道徳教育と「生き方」の教育
- 3 「生き方」教育における問題点
- 4 「生き方」教育と認知発達論
- モラルジレンマ授業を行うための参考図書
- 索引
はじめに
2005年8月に愛媛県でいじめを苦に男子中学生が自殺した。2006年10月に入って矢継ぎ早に,北海道,福岡,岐阜と小学生と中学生がいじめによって自殺するという痛ましい,異常な状態に,日本中が揺れ動いている。子どもの「自殺」はなんとしても食い止めなければならない。自殺を思い止まる教育をしなければならない。
いじめは許されない悪いことであり,犯罪である。いじめは先ず否定されなければならない。私たちはいじめる側に問題があるとずっと主張してきた。一人一人の個人としての尊厳が尊重されなければならない。一人一人の生命は欠くことのできないものであり,大切に守られなければならない。そのためにはいじめは決してあってはならないことであり,いじめを認めることはできない。
文科省による児童生徒の問題行動等に関する調査研究協力者会議の報告(1996年)の中で,「いじめの問題に関する総合的な取り組みについて」を紹介している。それによるといじめ問題に関する基本的な認識として,(1)「弱い者をいじめることは人間として絶対に許されない」との強い認識に立つこと,(2)いじめられている子どもの立場に立った親身の指導を行うこと,(3)いじめは家庭教育の在り方に大きな関わりを有していること,(4)いじめの問題は,教師の児童生徒観や指導の在り方が問われる問題であること,(5)家庭,学校,地域社会など全ての関係者がそれぞれの役割を果たし,一体となって真剣に取り組む必要があること,を指摘している。
作家であり,僧侶の瀬戸内寂聴さんはテレビのインタビューでいじめを戒め,いじめられた人がどんなにつらい悲しい思いをし,苦しんでいるかについて想像する力や思いやる力が育っていないからだといじめる側の想像力の欠如をあげる。自分がして欲しくないことを相手にもしないという仏陀の心を育てることが大切だと説いている。
コールバーグ理論に基づくモラルジレンマ授業では,授業の中に「役割取得の機会」を位置づけている。それは自分以外の様々な視点から問題点を見直し,より包括的な新たな見方に立って問題解決をさせたいからである。「役割取得の機会」とは自分以外の他者や第三者の考えに立って,彼らが何を相手の人や私に期待しているか,事態をどのように感じ,考えているかを「推理」させる機会のことである。このことによって,私たちが新たな道徳的な矛盾や葛藤,ジレンマに陥るとき,つまり認知的な不均衡を体験するとき,それらを均衡化するために,つまり問題解決するために,どうすることが関係する人にとって正義,良さ,善さとなるかを考える。このようにして徐々にであるが,私たちは三水準六段階の道徳性の発達からみてより普遍的で,より指令的な判断をすることが可能となる。
第三段階の対人規範の道徳性では,思いやりや良心が重要な要素である。自分から見ても,他者から見ても「よい」人間関係でありたいという理由から正しい行動をする。他者に対する配慮や「自分にとって嫌なことを相手にしない」という準黄金律(silver rule)や「自分にして欲しいことを相手にせよ」という黄金律の信念に基づいて行動をする。前者は孔子の論語の中で,後者はイエスキリストの聖書の中で述べられている。道徳性の発達から見て,多くの子どもたちが第三段階に達することによって,いじめが極端に少なくなることが予想できる。更にまた教室の学級風土だけでなく学校全体の教育風土が正義と思いやりで裏付けられることでいじめは加速度的に減少するだろう。
「役割取得の機会」は,文科省のいじめ対策の指針,いじめられている子どもの立場に立った親身の指導,あるいは先に紹介した瀬戸内寂聴さんの人を思いやる想像力と軸を同じにしている。役割取得能力を育て,道徳性を高めるモラルジレンマ授業は子どもの道徳的な自律を育てる意味で,私たちがこれまでに主張しているように「生きる力」の育成に大きく寄与するだろう。更に言うなら,モラルジレンマ授業を進める中で役割取得能力が育てられ,私を大切にするだけでなく,同時に他者をも大切にすることが求められる。授業では仲間や教師との対話を通して,互いのよい点を認め,互いの意見を尊重し合い,お互いが公平な扱いを受ける。この結果が自尊感情の育成につながる。かくして子どもたちそれぞれが人間としての誇りをしっかり持った責任ある行為者となることが期待できる。
本書は明治図書出版刊行の教育雑誌『心を育てる学級経営』に2005年4月号より1年間連載した「モラルジレンマで道徳の授業を変える」の内容を中心に加筆したものを第1章から第8章,及び第12章に配し,残りの第9章から第13章については,「現代教育科学」や「道徳授業研究」で執筆した論文に加筆したり,あるいは新たに書き上げた。書名は『モラルジレンマで道徳の授業を変える』とした。低迷する道徳教育に対し,私たちはこの4半世紀に渡ってモラルジレンマ授業が子どもたちに実のある,価値のある道徳的な経験をもたらし,様々な成果となって子どもたちに表れた事実を示してきた。この書名『道徳の授業を変える』は,私たちの道徳教育への願いと期待がこもったしごく自然なものである。
本書の出版もまた,明治図書の江部満編集長の変わらないご厚情とご支援の元に完成しました。早くから私たちのモラルジレンマ授業に注目され,それを育て,普及する長い道のりに関わって下さいました。感謝しています。編集の佐保文章さんにもお世話になりました。この場をかりてお礼申し上げます。
ともあれ,この出版が,学ぶ子どもにとっても,教師にとっても,新しい風となって,豊かな実りをもたらすことを強く願っています。
フジテレビ,とくダネ(8時〜9時55分),教育再生プロジェクト,「道徳教育の切り札」として,モラルジレンマ授業が取材放映された日に。
2006年11月8日(水) 神戸親和女子大学教授 /荒木 紀幸
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