道徳授業を研究するシリーズ4
小学校道徳「定番資料」で教材研究
子どもの心に届ける授業づくり

道徳授業を研究するシリーズ4小学校道徳「定番資料」で教材研究子どもの心に届ける授業づくり

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心を動かす道徳授業をつくる

若い教師は、「道徳授業がうまくいかない」「子どもたちの反応が画一的」などの悩みをもっている。教材研究や発問の吟味が十分でないことが理由である。資料分析や板書計画・発問を授業の流れにそって具体的に解説した。この一冊で悩み解消。いい道徳教育が必ずできる。


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ISBN:
978-4-18-862724-2
ジャンル:
道徳
刊行:
2刷
対象:
小学校
仕様:
B5判 128頁
状態:
絶版
出荷:
復刊次第

もくじ

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まえがき
▼第1章 教材研究・子どもの心に届ける道徳授業の設計
1 教材研究の必要性
2 教材研究の内容
3 教材研究の方法
4 「子どもの心に届く」のテーマの結論
▼第2章 「定番資料」で教材研究・授業づくり
@かぼちゃのつる   低学年 1−(1) 節度
Aはしの上のおおかみ   低学年 2−(2) 親切
Bモムンとヘーテ   低学年 2−(3) 友情
Cトムトムが見たものは   中学年 1−(2) 思慮
Dお母さん なかないで   中学年 3−(2) 生命
E心の信号機   中学年 2−(2) 親切
Fうばわれた自由   高学年 1−(3) 規律
G友のいのち   高学年 2−(3) 友情
H手品師   高学年 1−(4) 誠実
I友のしょうぞう画   高学年 2−(3) 友情
J泣いた赤鬼   高学年 2−(3) 友情

まえがき

 今,子どもたちのいじめによる自殺が,頻繁に報道されている。幼い心がこわれ,心の絆が切れて,どこにも居場所のない子どもたちが死を選んでいく。この悲しくてやりきれない状況を乗り切れる近道は,まず,教師が子どもの心に敏感になることである。どの子にも学校生活が楽しいと感じられるよう,心を鋭敏にして,ぬくもりがあり,正しさの通る学校にしなければならない。

 教師が大量に採用される中で,道徳授業について適切な指導が期待されている。教師が悩み苦しんでいることは,指導の方向を与えられないことである。そこで,子どもの心に食い入ることができれば,明るさが見えてくるはずである。こわれかけた心の子どもたちにまで届く道徳授業はいかにあるべきか,私の永遠の研究課題である。

 そこで,今回,定番の道徳資料を基に,子どもたちにいかにして「人間となる心」を届けるか,道徳授業の設計を工夫した。資料の隠されている人間模様をどのような切り口でとらえればよいか。子どもの心に迫るために,どのような順序で展開すればよいかなど,教材研究の仕方,授業の進め方を具体的に述べたのが,本書の特色である。

 子どもたちは母親に温かく抱きしめられると,母親のぬくもりが伝わり「気持ちよい」と感じる。そこに生命を感じ,母親が生きているという実感をつかむ。温かく抱きしめられた経験のない子は,生命の実感がないから,生命あるものとないものの区別がつきにくい。生命あるものをモノ扱いをする,昨今の少年事件の背景に,人と人との温かく気持ちよいぬくもりの欠如を感じる。

 文豪ヘミングウェイ氏が「善とは後味のよいことである」と述べているように,人間の生命が通い合い,「気持ちよい」と感じる心の勉強が重要だと考える。従来の道徳授業は,「親切」に例をとるなら,どちらかといえば「親切にしないと気持ち悪い」という視点から迫った。本書では,「親切をすることは気持ちよい」と感じる視点から迫っている。「気持ちよいと感じる授業」を構築するには,価値と状況を一体的にとらえることが必要である。「いじめ」の例で考えてみると,A君がB君へのいじめをやめさせようとした。ところが,A君を支える同級生がいなかった。A君も巻き込んでいじめは続いた。

 この事例から分かるように,人の行動は周りの人がどう動くかという状況に影響されるのである。つまり,「いじめ」は,勇気や親切という道徳価値だけでは解決しない。人と人のかかわり,つまり「支える」という状況も一緒にとらえることが必要である。

 そこで,「気持ちよいと感じる道徳授業」を「人間となる心」の基礎として決め,『見方』『こだわり』『ぶつかり』の視点から迫れば,子どもの心に届くと仮説を立てた。

 一つ目は,価値をゆさぶる工夫として,『見方』の多様化を図った。例えば,りんごを見たとき,「色,形,産地,値段,歌,物語,引力,被害」など,多様な見方ができる。

 同じように生命の価値も多様な見方ができるはずである。多様な見方ができれば,短絡的な死にはつながらないはずである。

 二つ目は,状況をゆさぶる工夫として,『こだわり』をもたせた。人間の行為は「こだわり」に支配されている。例えば,死にたいと言ってきた子に「どうして死にたいという気持ちになったのか?」と聞いた。「幼少のころから,母にあなたは橋の下で拾ってきた子だと言われ続けてきた。そのとき,私は母にとって必要でなく,支えてもらえないと感じた」と答えてきた。この事例から言えることは,この子にとっての生命は母親の支えと切り離して考えることはできない。生命という価値は母親の支えで保たれている。

 三つ目は,価値と状況を子どもの心に届けるため,体験や発問の『ぶつかり』を工夫した。今の子どもは,温かなぬくもりを交流した体験が乏しい。したがって,対象から伝わる「みんな生き物」という実感がない。「どんな気持ち?」と対象の心を想像させてみても,多様な反応が生み出せない。そこで,「相手はどんな顔をしたか?」と具体的な表情を手がかりに,人間の内面を推し量らせることで生命を実感していくと考える。


 以上のように,道徳教育を具体的な実践に即して,追求していこうとするのが本書である。新しい道徳の可能性の扉を拓いて,子どもの心を膨らますことができたら望外の喜びである。本書を上梓するにあたり,明治図書の仁井田康義氏と関係各位のご尽力に対し,心よりお礼申し上げます。


  平成19年6月

   元 小・中学校長・教育研究所長 /山田 勝太郎

著者紹介

山田 勝太郎(やまだ かつたろう)著書を検索»

昭和14年(1939年)岐阜県に生まれ,昭和37年国立岐阜大学学芸学部卒業。長年,小・中学校教諭を経て,小学校長,中学校長教育研究所所長を歴任。

※この情報は、本書が刊行された当時の奥付の記載内容に基づいて作成されています。
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      明治図書

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