- まえがき
- I 社会科は「無国籍」だったか
- 一 新教育の花形「社会科」
- 1 一九八七年九月二日
- 2 「社会科」への期待
- 二 社会科「無国籍」論
- 1 「無国籍の罪」(宮原誠一)
- 2 「近代主義」(長洲二一)
- 3 「相互依存」の壁(高橋磌一)
- 4 「歴史的見方」の欠落(高島善哉)
- 三 文部省側の対応
- 1 重松鷹泰の反論
- 2 検討事項
- 四 社会科は日本社会に根づいたか
- 1 社会科の方向
- 2 日米の社会の相違
- 3 今だからこそ社会科を
- U 問題解決学習VS系統学習
- 一 問題解決による歴史
- 1 「水害と市政」
- 2 長所と限界
- 二 勝田・梅根論争
- 1 勝田守一と梅根悟
- 2 勝田守一の提案
- 3 梅根悟の批判
- 4 社会科における「地理」と「歴史」
- 三 大槻・上田論争
- 1 大槻健の「初志の会」批判
- 2 上田薫の反論
- 四 問題解決学習を超えて
- 1 系統主義への移行
- 2 授業づくりを礎にして
- V 郷土教育論争
- 一 桑原正雄と郷土全協
- 1「うらしまたろう」
- 2 郷土全協とは
- 二 郷土教育論争
- 1 論争の経緯
- 2 郷土教育は地理教育か
- 3 「郷土」とは何か
- 三 ″つねに郷土に立脚する″
- 1 今井・桑原論争
- 2 今井誉次郎と西多摩プラン
- 3 日本社会の基本問題と郷土
- 4 桑原の批判
- 四 郷土と人間形成
- 1 郷土から地域へ
- 2「人間の意識」
- W 道徳教育論争
- 一 どんな子どもが育とうとしていたか
- 1「私たちの夢」
- 2『新しい道徳の発見』
- 二 修身科復活論争
- 1『国民実践要領』
- 2 天野貞祐の修身科復活論
- 3 読売新聞「修身科無用論」
- 三「特設道徳」論争
- 1 松永文相の発言
- 2 日本教育学会のリポート
- 四 「期待される人間像」をめぐって
- 1「期待される人間像」の内容
- 2 必要な理由
- 3 堀尾輝久の批判
- 五「常識の改訂」
- V 低学年社会科をめぐって
- 一 昔からあった低学年社会科不要論
- 1 社会科「解体」をめぐって
- 2 矢川徳光の社会科不要論
- 二 シンポジウム「低学年社会科をめぐって」
- 1 長妻克亘の社会科批判
- 2 社会機能主義批判
- 3 社会科学と社会認識
- 4 教科研の「社会科学科」論
- 三 重松鷹泰の低学年社会科必要論
- 1 ″何を教えていいかわからない″
- 2 低学年社会科の役割
- 3 科学的追究による批判力の育成
- 四 上田薫の「ひっくりかえしの連続」論
- 1 進歩派との対決
- 2 「踏切り」の追究
- 五「生活科」に賭けるもの
- 1 満身創痍の低学年社会科
- 2 自由なカリキュラム開発こそ
- Y 神話復活論争
- 一 神話の復活
- 1 ″ダイコクセイメイ″の話
- 2 「建国記念の日」と神話
- 3 神話の登場
- 二 山口康助の神話教育観
- 1 神話をなぜ取り上げるか
- 2 神話と史実と教育
- 3 「国引き」神話の実践
- 三 神話復活論への対応
- 1 日教組の「逆手」論
- 2 和歌森太郎の「科学性と感動性」論
- 四 地名教育からの示唆
- 1 伝説を教える二つの原則
- 2 神道・仏教をどう教えるか
- Z 教科書問題をめぐって
- 一 「逆転・太平洋戦争史」
- 1「とんでもないことを考える人」
- 2「名越二荒之助」
- 二「うれうべき教科書の問題
- 1 四つの偏向タイプ
- 2 批判の実態
- 3 関係教科書編者の反論
- 三 家永教科書裁判
- 1 家永三郎の訴訟提起
- 2 教科書裁判の争点
- 四「偏向教科書」問題
- 1 『疑問だらけの中学教科書』
- 2 文学作品への批判
- 3 「市民の声」
- 五 教科書「道しるべ」論
- 1 教科書問題と教育実践
- 2 「道しるべ」論
- [ 〈エピローグ〉日本の社会科をどうするか
- 一 社会科解体に直面して
- 1 NCSSの大会から帰って
- 2 「地歴科」と「公民科」への分解
- 二 論争史をどう見るか
- 1 研究者の反省
- 2 二つのタイプ
- 三 ″連続セミナー 授業を創る″の発足
- 1 第一回全国大会(千葉市OVTA)
- 2 ″連続セミナー″とは
- 四 研究者の自立
- 1 研究関心の拡大
- 2 初志の会からの自立
- 五 上田薫・梅根悟・柳田国男
- 1 上田薫の門
- 2 梅根悟の反映
- 3 柳田国男の「学問」観
- 参考文献
- 戦後教育論争史年表
まえがき
私は一九四五(昭和二〇)年八月二十六日に生まれた。戦争が終わって十一日目のことである。だから、戦後世代の第一号である。
戦前・戦中の教育は知らない。戦争も知らない。物心ついた時には、すでに学校は「新教育」のまっただ中であった。
今思えば、私か教育の世界に足を踏み入れるようになった背景には、当時私たちを教えてくれた小学校の先生方の素晴らしい情熱があった。物はなく貧しい時代であったが、情熱と清々しさと明るい未来があった。子ども心にも、それは強く感じた。
この経験は私たち戦後世代の共通の体験であったし、また原点である。その「新教育」の中でも、最も注目を浴びたのが社会科であったことを知ったのは、大学に入ってからである。
今、社会科は危機に直面している。小学校低学年は生活科に代わり、また高等学校社会科は解体されて「地歴科」と「公民科」が新設されることになった。いわば足をすくわれ首をはねられた形になってしまった。外堀を埋められた大坂城−つまり大坂夏の陣だという人もいる。
だが、私はそれほど悲観してはいない。四十年の蓄積はそう簡単に消えるほど浅いものではない。いかに形を変えようとも、社会科の目指した理念と方法を継続させ、実現していくことはできる。その展望を本書で拓いてみたい。
本書では、戦後四十年間に行われた代表的な社会科論争を取り上げて紹介し、それに若干のコメントを添える。
その際注意したことは、次の諸点である。
(1) 特に若い教師・学生の皆さんに、論争史を通じて、社会科という教科がどういうものであったかを認識してもらう。
(2) 実践例や具体例を取り入れて、読みやすくする。
(3) 読んでいく中で、これからの社会科をどうしたらよいか、その手がかりが見えてくるような叙述を心がける。
これらの試みが成功しているか否かは、読者の判断を待つ以外にはない。
本書執筆に当たり、筑波大学大学院博士課程在学の松本敏(現在、明治学院大)・宮薗衛・藤井千春・松岡尚敏・木村勝彦・松本康・木村健一郎の諸氏に、資料収集の上で協力を得た。
なお本書では、〈エピローグ〉の一部を除いて敬称はすべて省略させていただいた。
本書は明治図書編集部の江部満・樋口雅子両氏のお勧めによってなった。予定より遅れたにもかかわらず、辛抱強く待っていただいたことに、心から感謝申し上げたい、
一九八八年一月二十五日 萩台にて /谷川 彰英
戦後の社会科の流れを学びたい人には必読の書です。
これからの社会科を考える土台になる本。ぜひ復刊わわお願いしたいです。