- まえがき
- 第1章 自閉症の基本障害
- 1 自閉症の発見
- 2 自閉症の診断
- 3 自閉症の分類
- 4 自閉とは
- 5 発達障害とは
- 6 自閉症は発達障害
- 第2章 自閉症の心理,行動特性
- 1 ことばで働きかけも理解できにくい
- 2 具体的なことはわかるが抽象的なことはわからない
- 3 空間認知能力に優れている
- 4 相手の表情,感情が読み取れない
- 5 関係がわからない
- 6 相手の心が読めない
- 7 変化への適応が苦手
- 8 同時に2つのことができにくい
- 9 判断ができない
- 10 見通しが立たない
- 第3章 自閉症児の基本指導
- 1 障害をなくすことが目標ではない
- 2 短所でなく長所に目を向ける
- 3 障害よりも能力に焦点を当てる
- 4 正しいことを正しく教え,正しく身につける
- 5 思いつきの対応はしない
- 6 独自性を大切にする
- 7 コミュニケーション・マインドを育てる
- 8 自己決定,自己選択を大切にする
- 第4章 不適切行動への対応
- 1 不適切行動とは
- 2 こだわり
- 3 多動
- 4 自傷
- 5 他害
- 6 パニック
- 7 不適切行動の改善事例
- 第5章 就労自立を実現する支援
- 1 就労がなぜ必要か
- 2 就労は彼らの願い
- 3 就労者の親の声
- 4 支援の基本
- 5 対応の基本(思春期を中心にして)
- 第6章 重度精神遅滞を伴う自閉症のY君の就職と職業生活20年間の歩み
- 1 はじめに
- 2 母親の手記
- 3 高等部での実態
- 4 高等部3年間の取り組み
- (1) 入学時
- (2) 親への働きかけ
- (3) 5つの目標
- (4) 基本的生活習慣の確立
- (5) 1人通学への取り組み
- (6) 働くことの学習
- (7) 就労後の変容
- 第7章 まとめ
- 1 自閉症の子とは
- 2 自立を促す指導の原則
- 3 自立を実現する支援,対応法の基本
- おわりに
まえがき
自閉症教育の世界では,「無知は罪」ということばがよく使われます。これは,自閉症という障害を正しく理解して取り組めば,彼らは間違いなく成長,発達し,自立の実現も社会参加も可能ですが,障害を正しく理解をせずに取り組むと,成長,発達どころか,退行する可能性があるという意味です。まさに,自閉症は「指導者が変わらなければ変わらない。指導者の力量で将来が決まってくる障害」と言えます。
ある親は「自閉症の障害を理解していない人には子どもにかかわってほしくない」と主張しました。
ある親は「いい指導者に巡り会うのは宝くじを当てるよりむずかしい」と悩んでいました。
ある親は『小学部へ入学したときからずっと,担任の先生からは我が子の問題点やできないところばかり指摘されてきました。「もう少し家庭でしっかり指導するように」と強く言われ,家族で落ち込む日々が続いたときもありました。まさに「自閉症はだめな子だ」と認識せざるを得ない状況にありました。ところが中学部に入学し,担任の先生が代わってからは,それが一変しました。先生は自閉症を大変よく勉強されていました。入学早々に自閉症の障害についての詳しい解説と同時に,今後の指導法についても,親の納得のいく説明をしてくださいました。小学部時代は,この子の将来など考える余裕さえありませんでしたが,中学部に入ってからは,この先生を信じて,前向きに,一生懸命取り組んでみようという気になりました。先生と共に悩み,共に考え,成長を確認し合いながら過ごした,充実した中学部3年間でした。この先生との出会いがなかったら,我が子の就職などまったく考えなかったと思います。生き生きと毎日,職場に出かけていく我が子を見ていると,先生には感謝の気持ちでいっぱいです』と,熱く語ってくれました。
こうした親の声を聞いていると,自閉症教育においては指導者の専門性がいかに重要であるかがわかります。
筆者は,親からの教育相談に応じたり,また,現場の先生たちに指導法や対応法について助言したりする機会が多いのですが,いつも感じるのは,自閉症の子が成長,発達しないのは,子どもに問題があるのではなく,親や教師の自閉症に対する理解不足,指導力不足が原因ではないか,ということです。中でも最も気になるのは,対症療法的な指導,対応の多さです。例えば,パニックを起こしている子に注意したり,なだめたりして,ますますパニックをひどくしているケースはよく見かけます。パニックがひどいからと言って,ほとんど課題も与えず自由に過ごさせているケースも少なくありません。
本文でも詳しく述べていますが,自閉症指導の基本原則は原因療法的な指導,対応です。なぜパニックを起こすのか,なぜこだわるのか,なぜ自傷をするのか,なぜことばが理解できないか,なぜオウム返しをするのか等々,原因を考えて,それに応じた指導,対応を考えなければ,彼らが変容することはないのです。原因療法的な指導,対応がとれるかどうかは,指導者がどれだけ自閉症の障害を正しく理解しているかにかかっていることは言うまでもありません。
本書は,自閉症の人にかかわる多くの指導者(親,教師,指導員等)に自閉症の障害を正しく理解していただき,適切な指導,対応がとれるようになってほしいと願ってまとめたものです。従って,内容も実際に筆者が取り組み成果をあげた事例をできるだけたくさん取り入れました。
日本の障害児教育も特別支援教育に変わり,これからは,多くの自閉症の子が,特別支援学校や特別支援教室だけでなく,通常学校で学習を受けることになります。すべての指導者に専門性が要求される時代になってきました。自閉症の人にかかわる以上は自閉症のことはわかりませんでは済まされない時代になったということでもあります。
少なくとも指導者の間違った指導や対応により,子どもたちを退行させることだけは避けなければなりません。「自閉症はむずかしい障害ではなく,周りがむずかしくしている障害である」ことを,本書を通してご理解いただき,彼らの立場に立った指導,支援を行い,実践の成果をあげてほしいと願っております。
なお本書はシリーズ「自立と社会参加を目指す自閉症教育」の第1作で,理論・理解編となっています。第2作(『自閉症の子どもが地域で自立する生活づくり』),第3作(『自閉症の子どもが職場で自立する生活づくり』)は実践編として,刊行していますので,あわせてお読みいただければ幸いです。
2004年6月 著 者
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- 明治図書