- 勇気づけリーダーの学級経営
- 学級経営
1 うまくいっていないことをやめる
前回登場したツヨシ君の周囲では、問題悪化サイクルが回っていました。教師もそこに巻きこまれることによって、教室全体に混乱が生じていました。不適切な行動をする子がいても、教師が巻きこまれなければ、それは一部の問題に過ぎません。したがって、学級を荒らさないためには、教師は子どもたちの不適切な行動に巻きこまれないことです。問題悪化サイクルは、不適切な行動に注目することによって回り始めます。つまり、うまくいっていない状態が起こっているわけです。
まずは、うまくいっていないことをやめます。問題悪化サイクルにおいては、不適切な行動への注目をすることによる、不適切な行動への正の強化をやめます。そして、不適切な行動への注目をやめることによって、不適切な行動への負の強化をします。負の強化によって、対象とする行動の軽減、消去をねらいます。
【エピソード】
ある日のことです。ツヨシ君は、給食をさっさと食べ終わると、「先生、プリン余ったから、ジャンケンするよね」と担任に確認しました。担任は、時計を見ながら「時間になったらね」と言いました。この日の給食では、ツヨシ君の大好きなプリンが出ました。欠席の子が1名いたので彼は、その瞬間を今か今かと楽しみに待っていました。そして時間になると、いそいそと前へ出てきて、「デザートジャンケンする人〜?」と声をかけました。すると6人の子どもたちが前に出てきました。
担任は、それを見つめながら「一波乱あるかな、やれやれ」と思っていました。ジャンケンが始まりました。まず、二人組になってジャンケンをしたので、勝ち残ったのは半分の3人になりました。ツヨシ君は勝ち残りました。その3人の勝負でも、ツヨシ君は勝ち、1人が負けました。ツヨシ君の目は、期待に満ちてキラキラしています。決勝戦が始まりました。
「ジャン、ケン、ポン!」彼は残念ながら負けてしまいました。彼はうなり声を上げて怒り出しました。地団駄を踏んで、「なんだよ! チクショー!」と怒っていました。担任は、「やれやれ」と思いながらその様子を見ていました。ツヨシ君が怒っているだけならば、ツヨシ君の怒りが収まるまで待てばいいのですが、教室の現実はイレギュラーなことが起こります。ジャンケンで勝ってプリンを獲得した子が、ツヨシ君の様子を見て、「いいよ、ツー君(ツヨシ君のこと)、俺、やっぱりいらないから、あげるよ。お腹いっぱいだからさ」とプリンを差し出したのです。ツヨシ君は、その姿を見て、さっきまでの怒りはどこへやら、ケロッとして「ありがとう」と言いました。
これでは、ツヨシ君がキレて得をしたことになります。そこで担任は、ツヨシ君のそばに行き、言いました。「ツヨシ君、嬉しい気持ちのところごめんな。それをツヨシ君が受け取ってしまったら、さっき、ジャンケンに負けた人たちは納得しないと思うよ。だから、このプリンは、ジャンケンに勝ったダイチ君のモノだよ」。ツヨシ君はそれを聞くと、再び、いや、先ほどよりも激しく怒り出しました。近くにあった教卓などを蹴り出したので、担任は、彼を教室の外に連れていきました。
ツヨシ君は、廊下に連れ出されると大の字になって寝そべり、今度は教室の壁を蹴り始めました。担任は「落ち着いたら教室においで。待っているからね」と言いました。ツヨシ君は、「うるせえ、クソジジイ、死ね! 死ね! 死ね!」と吐き捨てるように言っていましたが、担任は、それには取り合わずに教室に入りました。教室の中には、ツヨシ君が外から壁を蹴る音が聞こえていましたが、担任が涼しい顔で給食を食べ始めたので、騒然となり始めた教室も落ち着きを取り戻しました。ここで担任は、慌てたり、取り乱したりしてはいけないのです。子どもたちは、「コトの重大さ」は、担任の姿を見て察知します。だから、どんなにツヨシ君が暴れようとも、落ち着き払っていることが他の子どもたちの安定には大切なのです。
しばらくすると壁を蹴る音は止み、仏頂面をしたツヨシ君は教室に入ってきました。「なあ、先生、魚のフライならおかわりしてもいいんだろ!」と言って、担任を睨み付けました。担任は、「もちろんだよ」と笑顔で答えました。ツヨシ君は、自分の席からお皿を持ってくると、まだ残っていた魚のフライを盛り付け、悔しさをぶつけるかのように食べていました。
2 ツヨシ君にしたこと
事例を書き並べましたので、ここでツヨシ君に担任がしたことを整理してみましょう。担任の感情は、「やれやれ」という言葉に表現されているように、「またか」と感じています。ここで、ツヨシ君の目標がわかりますね。以前に、不適切な行動の目標の判定基準は、相手役の感情だと述べました。ツヨシ君のこうした行動を他の子どもたちがどのような感情で受け止めていたかはわかりませんが、挑発されたり、教師としての権威を脅かされるような感じはしていないので、担任とツヨシ君の間においては、彼の目標は、「注目を引く」段階だと考えられます。
ですから、彼の不適切な行動に対する対応策は、「注目をしない」ということになります。彼のキレるという行動による利益獲得のための目標は、二重構造になっています。プリンを得るという第一の目標と、感情的な注目を得るという第二の目標です。この場合、彼にこの2つの目標達成を断念してもらわなければなりません。
ジャンケンの結果に従うように促したのは、第一目標の達成を断念してもらうためです。彼は、おもちゃ売り場の幼子のように、プリンを獲得できないとわかると目標を切り替えて、第二目標の達成のための行動を始めました。暴れるという行動です。あわよくば、暴れることによって第一目標が手に入るかもしれません。そうでなくとも、周囲の注目を得ることができます。クラスメートもそうですが、教師の注目もです。
そこで、彼を廊下に連れ出して、周囲の注目が集まらないようにしました。また、担任もそこから身を引くことによって、彼を注目されない環境に置きました。あとは、彼の感情が収まるのを待つのみです。感情を落ち着かせたツヨシ君は、教室に戻ってきました。そうしたら笑顔でツヨシ君を迎えるまでです。
いろいろな先生の相談にのっていて気づかされるのは、「問題悪化サイクル」にはまり込んでしまっている方が多いということです。不適切な行動に対して、注意をしたり叱ったりしても効果がないのにそれを続けているのです。先生方がそうしたくなるのもよくわかります。私もかつてはそうでしたから。注意しても叱っても効き目のない子に、同じことを繰り返し、どんどん嫌われていく。そして、ますます、教師としての指導力を失っていくわけです。
それは、子どもたちが不適切な行動をするパターンにはまっているのと同じです。その方法が、「不適切であると知らない」ことと「より適切な行動を知らない」からではないでしょうか。まさか、このまま叱り続ければ、よくなるとでも思っているのでしょうか。それをやり続けることによって、学級全体を危機にさらしてしまうのは以前に書いた通りです。
多くの教師は、コントロール可能なクラスで成り立つ方法論しか学んでいません。大学の教員養成では、不適切な行動をする子への具体的な対応や学級崩壊したクラスの立て直し方法などを授業で扱うことはありませんから。模擬授業では立ち歩く子なんていませんし、教育実習はそういう子がいないクラスで実施されるのが通例ですから。
3 30分の1から1分の1へ
全体指導の中における個別指導は、注意深く実施しなければなりません。例えば、授業中に立ち歩きを始めた子がいたとします。その子を注意したとします。その子が、大人しく座席に着いてくれたら何の問題もありませんが、そうでないときは、みなさんならどうするでしょうか。
もし、その子が不適切な行動によって注目を得ることを学んでしまっている子ならば、席に着くことはありませんね。また、立ち歩きを始めたときに何度も声をかけることによって、不適切な行動によって注目を得ることを学ばせてしまうことすらあります。その子は、また、別な機会に試します。そうするとまた、教師が注意をしてくれます。そうすると子どもたちは学びます。「なるほど、先生という人たちは、こうすると特別な注目をしてくれるのだな」と。
みんなが席に着いているときに着席し、起立したときに立ったならば、もし、それが30人のクラスだったら、先生の関心は30分の1です。しかし、みんなと異なる行動をしたならば、1分の1になる可能性があるわけです。他の場面で注目されることが少ない子にとっては、注目を得るまたとないチャンスとなるわけです。
授業中に私語をする子、奇声を上げる子、学校には持ってきてはいけない物を持ち込む子、泣き虫な子、すぐ怒る子、忘れ物の多い子、やたらと甘える子、逆にやたらと威張る子などなど、彼らはどのようにしてその行動を獲得したかはわかりませんが、注目を得ることによってその行動を強化してきた可能性があります。
不適切な行動に注目しない
ことは、繰り返される不適切な行動に対してかなり有効な指導法です。ただし、これだけでは悪化する場合があります。小学校低学年の割と軽い不適切な行動ならば、これだけで軽減することがあります。軽いとは、不適切な行動への注目による強化が浅い場合です。
しかし、これは勇気づけの入り口に過ぎません。前にも述べましたが、子どもたちの不適切な行動には、願いがあります。居場所を確保したいという願いです。彼らは、目的を達成していないわけですから、別な方法で目的を達成しようとするかもしれません。そう、不適切な行動をエスカレートさせる可能性があります。不適切な行動に注目しないのは、勇気づけのスタートに過ぎないと心得るべきです。
「不適切な行動に注目しない」というのは、子どもたちの立場から見ても強いストレスである場合があります。注目を得ようと思って行動しているわけですから。しかし、それは同時に教師にとっても我慢の時間であり、ストレスを感じる場合があるでしょう。多くの教師が我慢できなくて口を出してしまって、結果的に、不適切な行動を強化してしまっています。学級崩壊しているクラスを担任すると、「不適切な行動だらけ」です。授業をしようとすると殊更に大声で関係ない話をしてきて、授業を妨げようとします。「おいおい、先生、先生、先生〜、昨日サッカー見た?」みたいな感じです。それをスルーすると、「おお〜無視した〜、先生〜子どもの発言を無視しちゃダメですよ〜、なあ、○○」と他の子も巻き添えにしようとします。
注意や叱責をし続ける「深追い」も危険ですが、こうした「巻きこまれ」にも注意が必要です。「深追い」や「巻きこまれ」を繰り返す教師は、その都度、他の子どもたちの信頼も失っていくことになります。「不適切な行動に注目しない」ことによって子どもたちに伝えたいことは、次のことです。