<日本学級経営学会発>学級経営ガイドブック
日本学級経営学会のメンバーによる、読み切り学級経営ガイド。明日の学級づくりに役立つ実践的な内容が満載です。
学級経営ガイドブック(12)
子どもたちの心理的安全性の確保
上越教育大学教職大学院教授佐藤多佳子
2020/5/25 掲載

 新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、学校現場は過去に例のない難しい対応を迫られています。この原稿がオンライン上に掲載される頃に、状況がどう変化しているさえも予測がつかない状況にあります。急な変化への対応、地域差、個人差、社会的状況を鑑みて、今、子どもたちの何をどう守っていくべきなのか、日本学級経営学会では「コロナウイルス感染症に関わる休校措置からの学校再開に向けての提言」をHPに掲載しています。提言では、「先ず、子どもたちの心理的安全性の確保が大切」としています。

1 今こそ「心のケア」を

 文部科学省による「学校再開ガイドライン」(令和2年4月)*では、「心のケア」に関する記載が少なく、感染予防の対策などの保健管理に関すること、学習内容をどう保障するのかなどの学習指導に関することに重きが置かれています。これを受けて、各都道府県の教育委員会、市区町村の教育委員会では、学校での感染予防のさらに細かいチェックリストの作成や学習内容補充の具体策を学校現場に下ろしました(その後休校措置は延長、または一度再開するも再休校となった公立学校がほとんどです)。もちろん、感染予防も学力保障も大切なことです。しかし、長い休校措置の中で子どもも保護者もストレスを抱え、「子どもがキレやすくなった。」「兄弟げんかが増えた。」という報告や虐待やネグレクトの増加といった深刻な問題もみられました。「学校に通う」といった日常が奪われることによって生じたストレスをうまく解消できず感情のコントロールに不安を抱えた子どもたち、また、もともと学校に対してネガティブだったタイプの子どもたちの休校による変化など、今こそ「心のケア」が必要です。
 阪神・淡路大震災を経験した兵庫県では、防災や減災に関する専門的な知識や実践的な対応力を備えた教職員のチーム「震災・学校支援チーム(EARTH)」(兵庫県教育委員会)が活動しています。災害時に学校を再開するにあたっての知見を発信している『EARTHハンドブック(平成28年度改訂版)』「3章 学校再開後の支援のポイント」では、「基本的な対応」として、次のことを挙げています。

  • まず身体のケアをしてから心のケアを行う。
  • 親近感が大切、自然な形で話せるよう雰囲気作りをする。
  • 発達段階に応じた優しさと思いやりで安心感・安全感を与える。
  • ストレス反応が激しい時は専門家へつなぐ。(相談をすすめる)
  • 子ども達のセルフケアをサポートするというスタンスで行う。
  • 傾聴を心がける。

 これらは、災害時の対応ではありますが、今回の事態にも3密に関わる内容を除けば、参考になります。今はまさに、有事と言えるでしょう。
 子どもたちは本来、環境に適応しようとする能力を備えています。それがプラスの行動にでることもマイナスの行動にでることもあります。そういう子どもの自然な行動の意味を教師は理解、受容し、セルフケアにつなげていけるようにサポートする基本的なスタンスが必要です。感染予防や学習内容に「追い立てる」ことを避け、個に応じた声がけ、遊び、目配りなど教師自身にもゆとりが必要です。

2 「自立」と「つながり」を

 新型コロナウイルスとの戦いは1年間を超える長期戦になるという見方があります。学校再開が先延ばし先延ばしになったり、オンライン授業や分散登校となったりという状況が続く場合、子どもたちに必要なのは「自立」と「つながり」だと考えます。
 学習指導要領はこの20年間、「生きる力」を目標に掲げてきました。果たして、これまで子どもたちに「生きる力」をつけられたのか、子どもの教育に携わってきた者として、これまでの自分を振り返り、何ができて何ができなかったのかを考えてみるよい機会だと思っています。「感染予防」「学習補充」と子どもたちを過剰管理するのではなく、自分の行動を自分で考えよう、自分で学ぼうという潜在能力を引き出すチャンスです。「子どもは放っておくと何もしない。」のではありません。何かに気づき、何かを考え、心を揺さぶられています。そういったことに動機付けられて自分の行動を考え、自分の学びを自分の力で自立的につくり出していくのです。そのための刺激を与えるのが教師の、大人の役割です。子どもの「自立」を支えるために、オンライン授業や分散登校の短い関わりの中で何をすべきかを考えていく必要があります。


 そのための一例をご紹介します。国語科、単元名「本のショーウインドウ」の実践です。教科書の教材や自分の好きな作品について、登場人物の紹介や疑問に思ったこと、作品の好きなところなどを記事にしてショーウインドウを作成します。これを作成するためには、自力で作品を読み進めることになります。過去に国語の授業で学習した教材で教師が見本を作成し、オンラインや分散登校の授業で、作り方を説明しておけば、自力で進められる子どもも多いでしょう。できあがった作品をオンラインや登校時に見合ってコメントするのも楽しい時間になりそうです。(画像:「モチモチの木のショーウインドウ」清水賢太教諭作成)

図1


 何が目的なのか、そのために何を大事にするのか、子どもたちが既にもっている知識や資質・能力を引き出しながら考えさせ、互いの考えの相違に耳を傾けながら自分の中に、自分がやるべき事を確立していく。それが自立です。自立には他者との「つながり」が不可欠です。「心理的安全性」の確保のためには、お互いが考えていること、感じていること、不安に思う事柄への相互理解が鍵となります。「つながりを断ち切らない」ことが重要なのです。

佐藤 多佳子さとう たかこ

1968年新潟県生まれ。上越教育大学教職大学院教授。専門は国語科教育。小学校の教員を20年間経験して現職。他者との関わり、対話を中核とした学習デザイン研究。学校現場との共同研究により、子どもが本気になって考える国語の授業づくりに関するアクションリサーチを展開。論理的思考力、文学の読みの交流などが中心テーマ。松本修・西田太郎編著(2018)『その問いは、物語の授業をデザインする』(学校図書)、松本修・桃原千英子編著(2020)『中学校・高等学校国語科 その問いは、文学の授業をデザインする』(明治図書)(7月発行予定)など。

(構成:及川)

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