- 著者インタビュー
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「問う」ことは「学び」に確かな目的を与え、「学び」の対象への切り口を焦点化し、「学び」への積極的な動機を生み出してくれるものであるという考えがあったからです。その背景には、「人間とは問う存在である」というドイツの教育学者O.F.ボルノーの人間観との出合いもありました。それは、生徒(人間)には、生来、「問う」ことへの渇望があり、それを「学び」の始点に置くことは生徒の人間性の発露として適っていると確信させてくれるものでした。
「教師による数学的情報の提示や数学的活動等」⇒「生徒からの「問い」の表出とそれを基にした学習計画の作成」⇒「学習計画に沿った授業展開」⇒「学習内容にかかわる新たな「問い」の表出」といった流れを基本とする授業ですが、さらに、授業展開の中で出される生徒の「問い」も積極的に授業に組み入れ、生かしていこうとする授業です。
大切なことは、問題解決的な授業を中核に据えつつ、「問われる生徒から問う生徒へ」、「教える教師から生徒と共に学ぶ教師へ」、「正解を求める授業から価値ある解決と創造の授業へ」といった「軸足の移動」を伴う授業展開を試みていくことです。その上で、学習計画作成の段階での「問い」や授業展開の中で出された「問い」が、実際にどう解決されたか、そこにどんな意味や価値があるのかを生徒に実感させることのできるような授業を行っていくことです。
まず、生徒から「問い」を出させるための「授業者の投げかけ」の工夫です。生徒の学習意欲を喚起するとともに、教材の本質に迫る「問い」が出るように努めたことです。解決された学習主題から派生的、発展的に出される「問い」を授業者の価値判断に基づいて新たな学習主題とし追究していったことにも特徴があります。「問いの連鎖」を大切にしました。
また、具体的な手立てとして、「問い」を口頭によってではなく疑問文の形で記述させ、それを全員で共有できるようにしたことです。
私はO.F.ボルノーの「自らが誠実に問うことができる者のみが、問うことへと教育することができるのです」という考えを大切にしています。生徒の「問い」を生かす授業を試みていただきたいがゆえに、先生方が日々の授業実践の振り返りは勿論のこと、「教えるとは何か、学ぶとは何か、授業とは何か、学力とは何か」といったことも問い続けていってもらえればと願っています。先生方一人ひとりが、自分なりの授業観、自分ならではの授業観を構築し、それを何度でも壊し、再構築していく勇気を持ち、努力していかれることを望んでやみません。