著者インタビュー
新刊書籍の内容や発刊にまつわる面白エピソード、授業に取り入れるポイントなどを、著者に直撃インタビューします。
下手な方法でもいい。問題に挑む気持ちを育てよう。
群馬大学教育学部教授江森 英世
2016/10/26 掲載
 今回は江森英世先生に、新刊『アクティブ・ラーニングのための算数教材研究』について伺いました。

江森 英世えもり ひでよ

1959年東京都生まれ。埼玉県高校教員、筑波大学大学院博士課程教育学研究科、関東学院大学工学部助教授、宇都宮大学教育学部助教授を経て、現在、群馬大学教育学部教授。タイ王国コンケン大学客員教授。博士(教育学)。
専門は数学教育学「数学的コミュニケーション論」。
社会的活動として、文部科学省学習指導要領改訂協力者会議委員(中学校数学:2006.7〜2008.8)がある。

―アクティブ・ラーニングにおいて、「よい発問」をするために必要なこととはどんなことでしょうか。

 よい発問をするために必要なことは、その問いに自ら答えてみることだと思います。
 子どもたちが問いに答えられないと、私たちは、答えられない子どもが悪いと考えてしまいます。「こんな問いにも答えられないのか!」と、私たちは、ついつい子どもの不勉強を批判してしまいがちです。しかし、私は、子どもたちが答えられないのは、答えられない問いを出す自分が悪いと思うようにしています。
 私たちが行うコミュニケーションは、効率性を優先しがちです。そのため、発問する方には、その問いの意図が十分に認識されているにもかかわらず、その問いに答える側には、その問いの意味が分からないという場合があります。みなさんの発問が「よい発問」になるかどうかの分かれ目は、一人ひとりの子どもたちが、その発問に自分なりの答えを持てるかどうかだと思います。誰でも答えられる発問をする。この覚悟を持つことこそ、「よい発問」をするために必要なことです。
 ただし、本書でも述べたとおり、全員が正解である必要はありません。簡単な問いから始まった授業が、よい発問の連鎖によって深められる。そんな授業をしてみたいものです。

―算数のアクティブ・ラーニングにおいて大切な「問題に挑む気持ち」を育てるために、先生はどのようなアプローチをするとよいのでしょうか。

 「問題に挑む気持ち」を育てるためには、私は、下手な方法で、まずは問題に挑ませることが必要だと考えています。
 算数に極度の苦手意識を抱いてしまっている子どもは、配られた問題を前に、既に考える気持ちを失っています。問題を読む前から、それが算数の問題であるというだけで、「どうせ、解けない」という気持ちを持ってしまうのです。算数の問題に挑むためには、あるいは、もっと消極的でもかまいませんが、とにかく考え始めるためには、ほんのちょっとの自信がどうしても必要になります。算数が得意な人は、問題を前に、まずは、絵をかいたり、図をかいたり、数を書き出したり、とにかくノートに何かを書き出します。でも、苦手な子どもは、鉛筆すら持とうとしません。「どうせ、私なんか」。そんな気持ちが、何かを書き出すという努力が何ももたらしはしないということを悟らせてしまうのです。
 私は、算数教育を通して、人が考えるとはこういうことだということを教えていきたいと思います。そのためには、「問題に挑む気持ち」をどうしても育ててあげたいと考えています。「算数はかせ(早くて、簡単で、正確で)」を大切にする授業をよく見かけますが、算数のこうしたよさを強調し過ぎると、そんなうまい考え方を思いつかない子どもたちは、次第に、問題に挑む気持ちを失ってしまうのではないでしょうか。自分の持っている知識や経験を使って、まずは、下手な方法で問題を解く、こんなアプローチこそがアクティブ・ラーニングに求められていると、私は考えています。

―「教材研究」というと少し難しそうなイメージもありますが、これから教材研究を始めるにあたって、ズバリどんなことをすればよいでしょうか。

 算数の問題を教材にするためには、「目標、内容、方法」という視点がその問いに込められる必要があります。「8+3」という問いだけでは、教材にはなりません。「数え上げ」を教えたいのか、「繰り上がり」を教えたいのか、その内容に込められた目標が明確にならないと、その問いは教材にはなり得ないのです。
 忙しい先生方が、授業前の5分間で「教材研究」を行うために必要なことは、「今日の算数の授業で最も大切なことは何か」という問いに向き合うことです。毎日授業をしている先生方なら、今日の授業で最も大切なことさえ理解すれば、どのように導入して、どのような活動をしくみ、どのようにまとめるかは、授業をしながらでも考えられるはずです。そして、どのように教えるかという方法を考える際の基本は、「自分が考えるように、やるように教える」ということです。子どもだからと言って、回り道をさせる教え方は絶対に避けるべきです。なぜなら、人は、一度身についた考え方ややり方を後で変えることはできないからです。

―最後に、読者の先生方に向けてメッセージをお願いいたします。

 本書では、序章にて、私なりの「アクティブ・ラーニング」を構想した後、6つの章(学年)で具体的な算数の教材研究を行いました。
 これまで気にせずに通り過ごしていた算数の美しい世界を共有することで、先生方には、ぜひ、「分かった、計算ができるようになった」というこれまでのゴールをもう一歩先へ進めて、子どもたちに、「なるほど、そうだったのか」と言わせる「アクティブ・ラーニング」を体験させてあげて欲しいと思います。
 もう一言の発問で、子どもたちの学習がより深くなることがあります。私が構想する「アクティブ・ラーニング」は、深い教材研究に基づく良質の発問から始められるコミュニケーション活動そのものなのです。

(構成:矢口)
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