- 著者インタビュー
- 特別支援教育
世の中ではまだまだキャリア教育=働けるようにする教育ととらえられがちなので、私はあえてライフ(生命、生活、人生)を前につけて、働く力以上に生きる力を育む重要性を提唱しています。
もちろん企業就労の可能性がある人にはそのチャンスをつかんでほしいですが、どこかに就職できる力(働く力:就職率)と、就労を継続できる力(暮らす力、楽しむ力:定着率)とは別物であり、保護者がお子さんの卒業後の長い人生に「幸せ」を願うなら、職業人である前にまず社会人に育てることが大切で、それは小学部1年生から始められることだと伝えていきたいのです。
これまでの3冊は、先生方向けにライフキャリア教育の考え方や、その具体的な内容、そして授業づくりについて述べてきました。しかし学校現場には、保護者との連携、保護者への支援について、その意義や方法を知りたいというニーズが、かなりあります。
担任の先生方にとってはキャリア教育の視点を取り入れた日々の授業づくりも大切ですが、保護者とのコミュニケーションや協力体制づくりも欠かせません。特にライフの部分は、学校できっかけを与え、家庭で日常化、習慣化、定着を図っていくのが効果的で、それが、いつやってくるかわからない親亡き後や有事の際にすぐに役立つ生きる力になります。まだいい、まだ早いではないのです。
学校は「働く力」をつけ、「暮らす力」と「楽しむ力」は家庭に任せるといった分担をしては、生きる力を育むことはできません。
例えば自力通学は、協力体制を組んで練習しなければ達成できず、それができるようになれば、進路先も生活行動範囲も人間関係も格段に広がっていきます。買い物学習、調理実習などもみな同じです。
最近は、全国的に実習先や進路先が、製造業から流通サービス業へシフトしています。特にサービス業は家事代行業の色合いが強く、学校でものづくり作業ができる生徒より、家庭科や家事労働がしっかりできる生徒の方が就職しやすい傾向にあります。またそれが将来グループホーム等で生活する自信と意欲へとつながっていきます。
先生方がライフキャリア教育の重要性を理解してくださっても、保護者が「必ず就労させて」「税金を払える人に」と言ってこられるとその対応に苦慮してしまいます。背伸びしたり社会性が備わらないまま就職したりすると離職する可能性が高まり、結果的に引きこもりやうつ病になって再就職もままならなくなり、自立や社会参加どころか、社会から孤立していったケースをこれまでたくさん見てきました。反対に稼ぎが少なくても、暮らしや楽しみ方が充実して、生き生きと社会参加している卒業生はたくさんいます。
また小学部の保護者には具体的に何から取り組み始めさせたらいいのかわからないといった先生方もいます。そうした各地で出た質問とそれへのアドバイスをもとに本書を構成しました。
働く力は生きる力の一部分にすぎず、長時間労働・過労死防止といった社会情勢からしても「ワーク・ライフ・バランス」「生活や生命あっての仕事」という理念が、新指導要領に反映されてこないはずはありません。また就職率から定着率重視の教育施策に転換するなら、職業生活の意義と意欲を支える「暮らす力」「楽しむ力」の大切さが見直されることも必要です。そうなれば、もはや黙々と働かせる生産第一主義の作業学習ではなく、疲れた、苦しいと途中でSOSを出せたり、教師の指示通りでなく反対意見や提案ができたり、仲間を助けたりした生徒が評価される時代になります。
ライフキャリア教育はライフスキルを高める教育ではありません。「生きていける」という自信、「生きたい」という意欲、「生きていていいんだ」という自己肯定感、自己有用感を育む教育です。
「障害者なんていない方がいい」というあの暴言は、労働力、経済力といった面でしか人の価値を評価してこなかった風潮が生んだもので、人はもっともっと多様性に富んだ存在であり、掛け替えのない人生を送る権利と義務があることを、ライフキャリア教育を通じてこれからも訴え続けていきます。