著者インタビュー
新刊書籍の内容や発刊にまつわる面白エピソード、授業に取り入れるポイントなどを、著者に直撃インタビューします。
学習指導要領改訂の主旨を踏まえ、授業全体のマネージャーに
名古屋大学名誉教授安彦 忠彦
2017/5/13 掲載
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  • 学習指導要領・教育課程
 今回は編者としておまとめいただいた安彦忠彦先生に、新刊『平成29年版 小学校学習指導要領 全文と改訂のピンポイント解説』について伺いました。

安彦 忠彦あびこ ただひこ

名古屋大学名誉教授。神奈川大学特別招聘教授。第3〜6期中央教育審議会委員。東京大学教育学部卒。専攻はカリキュラム学、教育方法、教育評価。
主な著書に、『平成20年版小学校新教育課程 教科・領域の改訂解説』、『平成20年版中学校新教育課程 教科・領域の改訂解説』、『平成21年版高等学校学習指導要領 改訂のピンポイント解説』、『平成22年版小・中学校新指導要録 全文と改訂のピンポイント解説』、『高等学校新学習指導要領の展開 総則編(平成21年版)』(以上、明治図書)などがある。

―本書は、3月31日に告示された次期小学校学習指導要領について、全文を掲載するとともに、各教科のキーマンでいらっしゃる専門家の先生方に、解説していただいた書籍です。まず本書のねらいと読み方について教えてください。

 本書のねらいは「次期学習指導要領の基本的性格、とくにその目指すところを理解すること」です。それによって、実際の授業にその趣旨が明確に反映されることを願っています。したがって、読み方としては、まずI章の関係する部分の本文を読み、その意味が分からないと感じたところについて、II章の対応する専門家の先生方の解説の部分を読むと、時間もかからず、分かりやすくなるでしょう。

―今回の改訂では色々なキーワードが挙げられていますが、学習の基盤ないし目標となるものとしての、「資質・能力」の育成が改めて強調されました。この点について、先生のお考えをお聞かせいただけないでしょうか。

 「資質・能力」が強調されたのは、従来の学習指導要領では「教育内容」とくに「各教科等」の「内容」の項目で、「何を」教えればよいのかに教員の関心を向けさせているので、それを大きく変えて、「目標」の方で「何ができるようになるか」に直接的関心を持ってもらいたいとの趣旨から、「育成すべき資質・能力」へと教員の意識を向けさせるためだったのです。そのために、各教科の「見方・考え方を使い」「○○の活動を通して」それを育てる、という構造的な示し方をしています。これはややパターンに流れる心配がありますので、そうならないような留意が必要です。
 中でも大切なことは、「資質」と「能力」を区別して考え、「資質」の方の「道徳性を中心とする人間性・人格性」の方が人間の全体かつ主体であり、「能力」はその主体に使われる、その一部の客体・手段だということです。その包摂と主従の関係を明確に自覚した上で、「資質」の育成を「主体形成」として重視するとともに、それは「道徳科」のみでなく「教育課程全体」で、さらには外部の地域や家庭の協力を得て行うよう工夫する必要があります。

―その資質・能力を育む授業づくりの「視点」として、「主体的・対話的で深い学び」、いわゆるアクティブ・ラーニングが挙げられています。これからの授業づくりで、自覚的に押さえておきたいこと、取り組むべきことは何でしょうか。

 今回強調された「資質・能力」は、従来の指導過程・指導方法では育成できないとして、次期学習指導要領では、抑制的とはいえ「主体的・対話的で深い学び」になるような指導過程・指導方法に変えるよう、かなり細かく説明しています。これは教員の自由な裁量を狭める心配があります。重要なことは、元来、指導過程・指導方法は指導の「目標」に従って決められるべき従属変数ですから、いかなる資質・能力を育てるのかによって左右されますので、「目標」に沿ったものであれば、ぜひ遠慮なく自ら工夫したものを実行してください。
 また従属変数である限り、個々の時間の授業をこの種の学びになるよう行わねばならないのではなく、そのような授業を含む全体の授業で、目標となる資質・能力を育てればよいので、「単元」レベルで「主体的・対話的で深い学び」になるよう工夫することが現実的です。なお、「対話的」という言葉の中には「小集団で協働する学習」が含意されていますので、討論のみでなく、2人以上の種々の活動も求められています。

―今回は指導過程・指導方法の改革も求められていますが、教育内容や授業時数は現行が前提で、これでは今でさえ多忙な学校現場は、その忠実な実行に困難が予想されます。どのように具体化したらよいでしょうか。

 確かに、指導過程・指導方法を「学習過程・学習方法」と同一視して、子供主体のものにするよう求めていながら、「教育内容」は減らさず、その分量は現行と変わらない上、「外国語科」の導入で高学年では純増になっており、総じて「資質」も「能力」も育成するのに時間が足りなくなる心配があります。「内容」の重点化や時間の生み出し方に工夫が必要不可欠でしょう。
 また、この種の子供主体の授業はある程度時間がかかるものですので、2時間続きの授業をしたり、「休み時間」を工夫したり、逆に25分を2コマとか、15分を3コマといった授業の組み合わせなどを適宜考えてください。どうしても時間が足りない場合は、遠慮なく条件の整備・拡充を求めてください。土曜日授業の復活は、教育委員会とご相談の上、お進めください。 

―キーワードの一つとして挙げられているものに、「カリキュラム・マネジメント」という言葉があります。学校運営ではこれまでも使われてきた言葉ですが、今回の改訂では少し違ったニュアンスで使われているように思います。この点について先生のお考えをお聞かせください。

 この言葉は、現行でもP-D-C-Aのマネジメント・サイクルにより、教育効果に説明責任を果たすよう求められていますが、次期はこれに、@教科間の連携による教科横断的な学習の具体化A学校の外部の人的・物的資源との連携による協働的指導の具体化、の二つが新たに加えられています。そしてこの二つの方が重視されていますので、これを実現する連携に必要な話し合いの時間的余裕を生み出さねばなりません。多忙な現場には困難と思いますので、その種の時間の捻出に努めるとともに、短時間でも頻繁に話し合うなど、やり方を変えてください。他方で人員要求や働き方改革を求めていくとよいでしょう。それには工夫の努力の跡とデータを蓄積していくことが必要です。

―改善事項の一つとして「外国語教育の充実」が挙げられ、小学校での外国語活動、とくに外国語科教育が本格化することになりますが、学校現場ではどのように取り組んでいくべきなのでしょうか。アドバイスをお願い致します。

 「外国語科」については大部分「英語科」になると思いますが、小学校の教員の中には英語が苦手な人も多いのではないかと思います。とくに大事なことは、小学校の新教科の外国語科、とくに「英語科」で「英語嫌い」を生まないようにするということです。それには、AETないしALT(外国人補助教員)との有効な協働とともに、視聴覚的な教材・教具を含むICTの積極的な活用が望まれます。自分の力量不足を嘆くのではなく、むしろそれを認識して、自分よりもよい人材(仮に児童であっても)やICTの教材・機器類があるのなら、どんどん活用してしまうことです。教員は授業全体のマネージャーになることをめざすのがよいでしょう。その方が子供も乗ってくると思われます。

―最後に、読者の先生方へメッセージをお願い致します。

 次期学習指導要領は学校現場に非常な負担を求めるものですが、先生方は「教育の専門家」として自覚と力量を培ってください。学習指導要領やそれに準拠して作られる検定教科書は、国の基準あるいは主たる教材として、つい依りかかりたくなるものですが、あくまでも全国に通用するようつくられた大枠ないし共通的なものであり、個々の学校の、個々の子供にそのまま当てはまるわけではありません。また多忙な先生方に「カリキュラム・マネジメント」や「アクティブ・ラーニング」を求めていますので、それが形式化・形骸化したり、空転したりする危険性が高いと心配しています。そうならないよう常に留意してください。
 学校現場では国の基準や原則の応用が求められ、専門家である教員一人一人にそれが委ねられているのですから、そのための自覚と力量をもつために、日々自己研修を怠らないようにしてください。その際、それが十分可能となるように、条件整備についても必要に応じてデータをもとに堂々と要求してほしいと思います。始めから諦めていたのでは、子供たちは浮かばれません。

(構成:及川)

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