きょういくじん会議
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合併で消える地名―特攻基地の町「知覧」
kyoikujin
2007/12/4 掲載

 鹿児島県薩摩半島の川辺郡知覧町が、1日、頴娃町、川辺町の2町と合併し、あらたに「南九州市」として生まれ変わった。

消えゆく鹿児島県の特攻基地ゆかりの町市名

 知覧町といえば、先の大戦末期、沖縄方面に向けて出撃する陸軍特攻隊の基地が存在したことが有名で、これまでにも数々の小説や映画の舞台として取り上げられてきた。
 鹿児島県には同時期、知覧の他にも、主に薩摩半島に陸軍、大隅半島に海軍の特攻基地が数多くつくられた。
 しかし、いわゆる“平成の大合併”で、多くの市町村合併が行われた鹿児島県では、今回の知覧同様、国分市(新市・霧島市に)、串良町(隣接の鹿屋市と合併)など、特攻基地の存在したいくつかの町市の名前が消えることとなった。

知覧特攻平和会館

 同町には、特攻機の実物や、特攻隊員の遺影などが展示される「知覧特攻平和会館」がある。
 この会館は、もともと同町の公園休憩所を利用して遺品館を開設していたものが、全国各地から訪れる人々の多くの反響を受けて、昭和60年から2年をかけて現在の形に整えられた。
 現在も、この会館を訪れる人は絶えることがないが、修学旅行や社会科見学で、全国各地の小中高生たちも数多く訪れる。知覧の特攻基地から出撃した人の多くは、20歳前後の若者であり、年齢の近い彼らが、当時どのような思いで死地に赴いたのか、その真情の一端を垣間見ることができる遺書なども、遺族の協力によって展示されている。
 ちなみに、同会館の「“知覧”特攻平和会館」の名称に変更はないということだ。

この記事は、『きょういくじん会議』の記事を移転して掲載しているため、文中に『きょういくじん会議』への掲載を前提とした表現が含まれている場合があります。あらかじめご了承ください。
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