教育オピニオン
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「教師塾」の提起するものは何か
「即戦力」と「学び続ける教員」の間で
大阪教育大学理事成山 治彦
2013/2/28 掲載

 本学で2月9日に「『学び続ける教員』を育む地域との連携の在り方を考える〜これからの教員の資質向上に求められるもの」と題するシンポジウムを開催した。このようなテーマの時、いつも教育委員会や学校現場からは「即戦力」が求められ、大学からは「教員としての力は学校現場で培われるもの。大学は基礎力を養う。」と返すことが多い。しかし、「即戦力」といっても単に板書の仕方などの技術的なことではない。社会人としての基礎的な資質であり、「学び続ける」ための「学ぶ力」、あるいは問題に直面した時に自ら考えて解決できる力だと教育委員会は反論する。そうすると、両者の認識にそれほど距離があるわけではない。目標とする教員像は「学び続ける教員」なのだ。

 しかし、問題はお互いがそのためにどういう教育をしているのかが見えていないことだ。大学の養成プログラムについては、「教職基礎」だとか「〇〇科教育概論」といった科目名は分かるが、それらの授業が「学び続ける教員」像の形成とどうつながるのか、一方、教育委員会側が採用前の「教師塾」や採用後の初任者研修、10年研修などを通じて養成・育成しようしている内容はどのようなものか、それは大学での養成課程とどうつながって積み上げられていくのかといったことについての、相互理解と接続のための研究・検討は行われているとは言えない。

 現在、「即戦力」のある教員を確保するために「教師塾」を実施している教育委員会が多い。最近では修了生に対し採用選考での優遇措置を行っているところもある。教育委員会としては、他県との競争環境の下で「やむにやまれぬ」事情が働いているのだろうが、大学における教員養成への一種の不信感の表れとも言えなくはない。採用してもすぐに辞めるとか、精神的に病んで通勤できなくなるとか、子どもや保護者と向き合えないといった学校現場における新採用者の実態を大学側は突きつけられる。その声の裏には「大学でもっとしっかり養成しておいてくれたら」という怒りさえ感じられるほどだ。

 ただ見方を変えると、「教師塾」は「青田買い」でもある。民間企業に置き換えたら、個別の企業が「社員塾」を開いて学生を囲い込み、採用選考で優遇するとしたら、公平な労働市場原理に抵触する。しかし、この「教師塾」に対する学生の応募が多いという実態を大学側としては謙虚に受け止めなければならない。

 もちろん塾生たちの一部には教員採用に有利だろうという功利主義的な考えがあることは否めない。しかし、参加している学生の大半が大学での講義では得られないことを学べていると満足している。現場実習も1年間を通して行い、現場の教員から学び、疑問点は塾で担当の指導主事に相談する。考えてみると、これは一種のイニシエーションではないのかと思う。学生は大学からすぐに学校現場に出ていくことに怖れを感じつつ、準備はしっかりしたいと願っているのだろう。「教師塾」はこれまで大学も教育委員会もなしえなかった、大学と学校現場の溝を埋める役割を果たしているようにさえ思えるのである。

 養成・採用・育成(研修)の三位一体が叫ばれて久しいが、養成は大学で、採用・育成は教育委員会でと役割分担されている。それぞれが別個に自己完結しており、その関係はよくて連携にとどまっている。「学び続ける教員」像を共通に目標としてもちながら、大学と教育委員会のそれぞれが取り組んでいることに対する相互理解と内容面での接続がなければ、溝は埋まりそうにない。

 教職大学院はその相互理解と接続の場を提供していると言えるが、定員を満たさない大学院もあり、修士レベル化が叫ばれるもとで800人余の定員ではそれもおぼつかない。学生や実務型教員の確保の問題、大学院教員の学部とのダブルカウントの問題などの制度設計上の問題とともに、教学内容に関する大学と教育委員会の連携がどれだけ深められるかが鍵を握っていることは確かだ。

 シンポジウムでは、「連携から協働へ」が合言葉として確認された。連携は自己完結する別々のものが協力する形だが、協働は共通の目標のもとに相互の利点や資源等を活かしながら一体となって創り上げていくものだ。「教師塾」や教職大学院のカリキュラムと指導内容を教育委員会と大学が協働して作る中で相互理解も進むのではないだろうか。「学び続ける教員」の育成に向けて両者が協働するパートナーとなりうるかどうかが試される。

成山 治彦なりやま はるひこ

1946年大阪市生まれ。大阪大学文学部卒業後、私立中高及び大阪府立高校教諭。大阪府教育委員会勤務。2007年定年退職。立命館大学接続教育支援センター教授。2008年国立大学法人大阪教育大学理事。2012年より公益財団法人大阪人権博物館理事長兼務。著書『格差と貧困に立ち向かう教育』(明治図書 2010)編著『感じ・考え・行動する力を育てる人権教育』(解放出版2011)『こうすればできる高校の特別支援教育』(明治図書 2012)監修『“生徒の自己開示”で始まる高校の学校開き』(明治図書 2010)ほか。

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