教育オピニオン
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未来志向で世界史の森に挑戦しよう
兵庫教育大学大学院教授原田 智仁
2014/2/1 掲載

 4月から本格的に受験を意識し始める高校3年生や、新しく世界史に取り組む子どもたちに、世界史を学ぶ意義や楽しさを伝えるにはどうしたらよいでしょうか。ここにその一例を示します。

日本史=過去 世界史=未来?

 みなさんは日本史と世界史、どちらが好きですか。実は、同じ歴史教科なのに、両方とも好きだという人は意外に少ないのです。私の経験では、過去の細々とした出来事に関心をもつ人は日本史に、逆に遠い世界や未来を想像することの好きな人は世界史に向かうようです。
 世界史を大きな森にたとえると、それは植生の異なるいくつかの森に分かれます。東アジア、南アジア、西アジア、ヨーロッパという森です。日本は東アジアの森の東端に位置しますが、そこに分布する木々の枝ぶりや葉っぱに着目し、それぞれの特色や由来を詳しく見ていくのが日本史学習です。
 それに対し、四つの森を展望し、なぜそのような形になったのか、これからどのように開発し保護すればよいのかを考えるのが世界史学習だと言ってよいでしょう。つまり、日本史は過去を志向し、世界史は未来を志向するのです。

ハンムラビ王は野蛮じゃない?

 さて、私のお薦めする世界史の学習法は、それぞれの森に自分のお気に入りを見つけ、それが現代の世界とどう関連するかを考えるというものです。
 例えば古代西アジアのバビロニア王国にハンムラビ王がいます。王は「目には目を、歯には歯を」の復讐法で有名な法典を残しました。復讐法というと野蛮な印象を受けますが、事実は逆です。
 仮にあなたの大切な人が誰かに殴られ、右目を負傷したらどうしますか。仕返ししてやりたい、右目だけでなく、倍返し、十倍返しにしてやりたいと思っても不思議ではありませんね。この法典はそれを防止し、あくまで同害報復にまで制限しようとしたのです。現代の罪刑法定主義にも通じる考え方が、四千年も昔にあったと思うと何か感動しませんか。

カースト制度に生活の知恵?

 また、南アジア(インド)では、二千年ほど前に司祭・武士・庶民・隷属民という身分制と細かな職業が結びつき、カースト制度が生まれました。やがてカースト制度を否定する仏教が興隆し、さらにイスラーム勢力や英国の支配が長く続きましたが、現代に至るまでカースト制度は続いています。日本では、江戸時代の士農工商の身分制度は明治になって廃止されたのに不思議ですね。それだけインドは後れているのでしょうか。
 最近、日本の地方都市では多くの商店が廃業に追い込まれシャッター街が出現しています。でもインドにはそうした現象は見られません。カースト制度による生まれながらの職業は、大資本によっても奪われることはないからです。カースト制度がなくならない背景には、人口の多いインドならではの生活の知恵があるのかもしれません。単に古くさく、後れているということではなさそうです。ここからも未来に向けて何かが学べそうですね。

中国に貢物をしたのはなぜ?

 古代から近代初期の東アジアには、中国と周辺諸国との間に冊封・朝貢体制という政治経済システムがありました。奴国や邪馬台国の王はなぜ中国皇帝に貢物を献上し(=朝貢)、金印を授かった(=冊封)のでしょうか。争乱の時代の日本列島で権力を維持するためには、大国中国の皇帝から王として認めてもらい、交易してもらうことが必要でした。そのためには定期的にお土産をもって挨拶に行くのは当然ですね。そうすれば、もし他国に攻められても中国が助けてくれたのです。
 秀吉の朝鮮出兵に際し明が朝鮮を助けた理由も、フランスのベトナム出兵に際し清がベトナムを助けた(清仏戦争)理由もそこにあります。しかし、欧米で発達した近代社会は独立国同士の主権国家体制に依拠していました。それゆえ、明治の日本は欧米列強に対抗しつつ近代化を図るため、まず隣国朝鮮の独立を清に認めさせようとしました。これが日清戦争の原因です。
 清の滅亡と中華民国の成立により冊封・朝貢体制は消滅し、世界は主権国家体制に組み込まれましたが、その後も二度の世界大戦や地域紛争が起こっています。人類が平和に共存するためにはどのような世界秩序を構想すればよいのか、これらの事例を手がかりにみんなで考えたいですね。

お気に入りを見つけよう

 紹介したわずかな事例からも、世界史が人類の未来を展望するのにふさわしい教科だということがおわかりでしょう。歴史学習はえてして「木を見て森を見ず」になりがちですが、私は若いみなさんには全体としての森を見てほしいと思います。
 確かに、世界史は次から次と異なる地域や国が現れますしカタカナもまぎらわしいですね。でも、そのまぎらわしさも世界の現実なのです。現実から目を背けずに、ぜひ世界史に挑戦してみて下さい。そのためにも最初から全部覚えようなどとはせず自分のお気に入りを見つけることです。お気に入りの人や出来事についてあれこれ調べ想像しているうちに、自然に世界史の森が好きになってきますよ。まさに、「好きこそ物の上手なれ」です。

原田 智仁はらだ ともひと

1952年 愛知県に生まれる。
1976年 広島大学大学院修了後、愛知県の公立高校教員(世界史担当)となる。
1990年 兵庫教育大学に転任。
1997年より2008年まで文部(科学)省の世界史担当教科調査官を併任。
現在、兵庫教育大学大学院教授。歴史教育論を担当。博士(教育学)
主要著書
『“世界を舞台”に歴史授業をつくる』明治図書、2008年
『“国民的アイデンティティ”をめぐる論点・争点と授業づくり』明治図書、2006年、他

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