教育オピニオン
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「不審者に気をつけて」では、子どもの犯罪被害は防げない
子どもの「景色読解力」を高める安全指導を
立正大学文学部教授小宮 信夫
2017/9/15 掲載

子どもは「不審者」についていくのではない

 子どもの連れ去り事件のほとんどは、子どもがだまされて自分からついていったケースである。実際、宮崎勤事件も、神戸のサカキバラ事件も、奈良女児誘拐殺害事件も、だまされて連れ去られたケースだ。
 こうしたケースは、「不審者に気をつける」「知らない人についていかない」と教えても防げない。なぜなら、不審者とそうでない人を外見から識別することは不可能だし、子どもの世界では、二言三言、言葉を交わすだけで「知らない人」も「知っている人」になってしまうからだ。
 松戸のベトナム人女児殺害事件で逮捕された保護者会長も、子どもから見れば、「親切そうな人」「知っている人」であり、決して「危ない人」ではなかったはずだ。
 私は時々、小学校で授業を行っているが、子どもたちに「どんな人が不審者なのか」と聞くと、「サングラスやマスクをしている人」という答えが返ってくる。しかし、そうした姿の誘拐犯人は聞いたことがない。こんな教育をしているから、子どもは、「普通の顔の人」にだまされてついていくのだ。

「人」ではなく、「場所(景色)」に着目した安全指導を

 このように、犯行の動機があるかないかは見ただけでは分からない。つまり、「不審者に気をつけて」と言われても、気をつけようがないのだ。
 そのため、海外では、「不審者」という言葉は使われていない。海外の防犯が注目するのは、「人」ではなく、「場所(景色)」である。「危ない人」は見ただけでは分からないが、「危ない場所(景色)」は見ただけで分かるからだ。
 犯罪学では、こうしたアプローチを「犯罪機会論」と呼んでいる。犯罪は、犯行の動機があるだけでは起こらず、動機を抱えた人が犯罪の機会、つまりチャンスに出合ったときに初めて起こる。つまり、犯罪者の動機をなくせなくても、犯罪者に犯罪の機会を与えなければ、犯罪を防げるのだ。
 海外では、この犯罪機会論が当たり前に行われているが、日本では、まったくと言っていいほど行われていない。そのため、せっかく「地域安全マップづくり」に取り組んでも、間違ったマップができてしまう。例えば、不審者が出没した場所を表示した「不審者マップ」や、実際に犯罪が起きた場所を表示した「犯罪発生マップ」は、役に立たないマップだ。
 地域安全マップづくりの目的は、子どもたち一人ひとりの「景色解読力」を高めることである。
 犯罪者は、景色を見て犯罪が成功するかどうかを判断している。その基準が「入りやすいかどうか」「見えにくいかどうか」だ。つまり、「入りやすく見えにくい場所」が、犯罪者が好きな場所、言い換えれば、犯罪が起きやすい場所なのである。
 要するに、景色を見て、その場所の危険性を見抜く習慣を、身につけることが大切なのである。地域安全マップづくりは、そのための教育プログラムだ。したがって、正しい地域安全マップと言えるためには、「入りやすい」「見えにくい」という判断基準で景色がはらむ危険性を測定し、その結果を、景色を再現した写真を使って解説することが必要である。
 「入りやすい」「見えにくい」という「物差し」を使いこなし、景色解読力を向上させるためには、「入りにくく見えやすい場所」の写真を集めた『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)も有効だ。例えば、次の写真はその中の一枚。

写真

 海外の公園では、子ども向けエリアと大人向けエリアを明確に分ける。これは、ゾーニング(すみ分け)と呼ばれている。遊具は子ども向けエリアに集中させ、そこをフェンスで囲む。フェンスは、ディフェンスという言葉から派生したことからも分かるように、守りの基本形だ。ゾーニングしておけば、子ども専用のスペースに入るだけで、子どもも周りの大人も警戒するので、だまして連れ出すことは難しい。

 こうした学習を通して、景色が放つメッセージを感受し、暗号を解読するかのように、景色を解読できれば、危険を予測して回避することが可能になる。そうした力を子どもに身につけさせるため、まずは、地域安全マップづくりは、能力の向上という「人づくり」であって、地図の作製という「物づくり」ではない、ということを理解していただきたい。

小宮 信夫こみや のぶお

 立正大学文学部教授。社会学博士。日本人として初めて英国ケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁「持続可能な安全・安心まちづくりの推進方策に係る調査研究会」座長などを歴任。
 代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)。
 公式ホームページは、「小宮信夫の犯罪学の部屋」http://www.nobuokomiya.com

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