教育オピニオン
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悩める初任者教員を救う、先輩教師マインドセット
職員室でのコミュニケーション術
東京学芸大学 教育学部 准教授末松 裕基
2021/5/1 掲載
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1.悩める若手にどう関わるか


 経験の浅い若手教員が大量に採用され、これまでの年齢構成や力量形成の環境が大きく変化してきています。若手は、力量、経験が不足しているにもかかわらず、即戦力としての大きな期待を背負っています。さらに、子どもや家庭環境は従来以上に多様化、複雑化し、ぎりぎりの状態でプレッシャーを感じながら仕事をしていることが多いです。
 採用倍率が実質的に相当程度下がっていますので、いまの中堅層以上よりも、質という点ではある程度下がっていることは否めません。ただ、だからといって、能力のなさや、場合によっては、人格を否定するような言動が飛び交う職場では人は育ちません。

 この状況を正面から引き受けて、どのように異質な若手に関わっていくことができるでしょうか。感情にまかせたコミュニケーションは短期的な視点でみると、状況を打破するかのようにも思えますが、学校は「子どもを育てる」という明確なゴールが見えない仕事を行う場ですので、うまくいかないことが多いです。

2.職場のコミュニケーションをどのように考えていくか


 職場のコミュニケーションは、余裕がなくなればなくなるほど、本来は急いで考えずに、丁寧に豊かに行っていく必要があります。だれしも余裕がなくなってくるほど、一方的な語りで自分の考えを押し付けてしまいがちです。
 どんな人間も感情や信念をもって生きていますし、特に若い人たちは上の世代がどのように自分たちに接しているかに非常に敏感です。共通の価値観や進むべき方向性を共有しにくい時代ですので、やはり「対話」という形で丁寧に工夫のあるコミュニケーションが求められます。

 対話が有効となる理由は、それを通じて、考えや振る舞いが主体的に変容する可能性が高いためとされます。つまり、それは飲みニケーションのように緊密でもなければ、指示・命令のように効率的でもありません。緊密で効率的なコミュニケーションは、組織が円滑に動くように見えるので効果的に思えますが、問題が複雑化し、課題の難度が上がると、組織は回らなくなります。自分で考えて行動し、多様な視点を許容する素地が育っていないからです。
 また対話は傾聴とも違います。たとえすれ違いながらも、どこまでいっても双方が諦めずにやり取りを続ける必要があります。

3.どのように対話を進めるか


 若い人は年長者と対話を欲していることが多いですが、「直接は伝えにくい」とも考えているようです。対話は、対面の口頭でのやり取りに限る必要はありません。落ち着いて一人の時間で考えてもらうには、私の場合、紙に文字を書いてもらうようにしています。また、最初は匿名を認めたり、複数名の考えをグループでまとめて出してもらったりすることもあります。面倒ですが、そこまでしないと、個々人は対話に臨もうとはしません。

 このように考えると、若手が現時点で有能かどうかだけを、職場で問題とするのではなく、若手を取り巻くコミュニケーションの環境がどのように充実し、具体的な配慮や工夫が周囲によっていかに考えられているかも問題になってよいです。
 若い人は対話を欲していますが、その機会を十分に得られていないのも事実です。何事も便利になる時代ですが、LINEなどで緊密に効率的にしか人とつながった経験がない人も増えています。私も、10名ほどのゼミで、毎週1人担当者を決めて、ゼミの記録や感想、ゼミへの意見を1年間、1冊のノートに順番に大学生に書いてもらったことがあります。これは、書くためにはじっくり考えなければいけませんし、担当した1週間にそれまでの人が何を感じ、どういう視点で物事を捉えているかをゼミ内外で注意を払い共有できる利点がありました。ちょっとした工夫でコミュニケーションの回路や質は大きく変わります。
 
 先輩教員として「昔は違った」的に、自らの考えを人に押し付けるのではなく、かといって、相手にばかり考え行動することを求めるのでもなく、丁寧に言葉を拾い、共に目指すべき方向性を紡いでいく姿勢が重要です。絶対的な正解がない時代ですので、出たとこ勝負でもなく、上からの強い意向だけで組織を固めるのでもなく、トライ&エラーの対話です。

4.みなさんご自身でできること


 皆さんご自身は、リフレッシュやサークル的な学びの場をお持ちでしょうか。私自身は、普段、授業や研究とは少し離れて、おもしろそうと思った本の読書会、朗読会、映画の鑑賞会を開催しています。
 このようなことがなぜ必要かというと、こういった学びの環境がある人は、個人の内面を見るだけでなく、それに寄り添う習慣が身につきます。他人の考えていることは目に見えないことの方が多いです。読者や映画鑑賞が大切なのは、人間を外側から一方的に見るのではなく、個人の内面に思いを馳せ、寄り添う想像力が養われるからです。一見、教師の仕事や職務に直接に関係がないよう見える小説なども含めて、読むことを通して教師の専門性を身につけることが重要になります。

 若手の話をまず聞いて、本当に自分が相手のことを聞いているかを確認する。まずはこの「自己内対話」があってはじめて、その後に、他者との対話が可能になります。毎日、日記やノートをコツコツ書くことから、自己内対話を始めてみてください。そして、コミュニケーションには、@「信頼関係の確保」、A「コミュニケーション手段の確保」、B「その手段を用いた持続的なやり取り」が必要です。
 これらが整うと、C「双方自らがコミュニケーションに能動的に参加する段階」が形成されます。

末松 裕基すえまつ ひろき

東京学芸大学教育学部准教授
専門は学校経営学。日本の学校経営政策、スクールリーダー育成をイギリスとの比較から研究している。編著書に『現代の学校を読み解く―学校の現在地と教育の未来』(春風社、2016)、共編著書に『未来をつかむ学級経営―学級のリアル・ロマン・キボウ』(学文社、2016)、共訳書に『教育のリーダーシップとハンナ・アーレント』(春風社、2020)等。

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