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思考の可視化
「児童の頭の中を書く。それが板書だ。」
昔、私が先輩教諭から教わった言葉です。児童の思考を可視化するということです。私は、思考の可視化を意識し始めると、板書の仕方が変わってきました。また、導入され始めたICT機器も、思考の可視化を意識して使うようになると、板書とICT機器を使い分けて活用できるようになりました。
思考を可視化することによって、「触発」「対話の促進」「記録」といった大きく3つの効果があります。
まず、児童の気づきを触発する効果です。例えば、「あ、先生。気づいたことがあります。」「ん?ここも同じことが言えるんじゃないかな?」といった気づきです。児童の思考の流れを視覚的に捉えられるようにすることで、発見や共通点、相違点、問題解決への道筋などに児童が気づくように促します。
次に、対話の促進の効果です。「あ!似てる!」「え?違う。」というように、児童が友達の意見に対して、思わずつぶやいてしまう瞬間があります。これは、児童が自分の意見と他の意見を比較して、しっかりと考えている姿です。授業をしていて、教師が嬉しい瞬間の1つです。このような児童の反応は、さまざまな考えを可視化したときに見られることが多いです。思考の可視化は、児童の「話したい」「聞いてみたい」という思いにつながります。
3つ目に、記録の効果です。記録に残すことで、自分がどのように思考したのか、話し合いの過程などが形になります。記録があることで、授業の中盤や終盤でのふりかえりの材料として活用できます。また、頭の中の情報や多様な意見が記録の過程で整理されるので、新たな視点から考えを引き出したり、再検討の必要を促したりします。
板書による思考の視覚化の実践例
思考を視覚化するツールの1つが黒板です。板書を通して思考を可視化するにあたって、板書の特性を把握しておく必要があります。板書の特性はたくさんありますが、今回は、「学習の流れが残る」という点を取り上げます。下の写真1は、6年生の社会科「源頼朝が弟の源義経を追い詰めたのは、何を大切にしていたからか。」を考えた授業です。
写真1 「源頼朝が弟の源義経を追い詰めたのは、何を大切にしていたからか。」の板書
この授業の前半では、前時までに調べてきたことを根拠に「自分が源頼朝なら、義経を追い詰めるか。」を討論しました。
板書の中央には、児童が資料から調べたことを書いています。その両側の「追い詰める」「追い詰めない」の立場の下には、児童それぞれの考えを書き、視覚化しました。視覚化したことにより、同じ資料をもとに調べたことでも、思考の違いが見えるのです。例えば、「平氏を滅ぼす」という同じキーワードに対して「義経が平氏との戦いで活躍したことを評価すべき。」とする考えがありました。しかし、「義経の存在は、頼朝自身の地位が危ういものになる。」と考えた児童が反論したのです。対話の促進の効果が発揮された場面です。また、この思考の違いが視覚化されたことで、「そんな考え方もあったのか。」と触発される児童も出てきます。記録の効果の面では、この授業の前半で「義経は、そこまで頼朝のことを考えていない」という考えが出ていました。その後、授業の後半で腰越状を提示し読んだときに、「義経は、そこまで頼朝のことを考えていなかったんじゃないかという意見があったけど、この腰越状の書き方でも自分の天才ぶりをアピールしていて、上から目線な感じを受ける。」という考えが出ました。それを線でつないだり、囲んだりすると、思考の関連も視覚化できます。何でも記録すればよいということではないですが、記録していたことにより「なぜ、そのように考えたのか。」の過程がわかりやすくなります。
このような1時間の思考の過程が見える板書が残ることによって、自分が1時間の中でどのように考えたのか、どこで思考を揺さぶられたのかを児童自身でふりかえることができます。
ICT機器による思考の視覚化の実践例
近年、導入が進んでいるICT機器も思考を視覚化できるツールの1つです。私が考えるICT機器の魅力は、主に即時性、共有性、保存性です。今回は、電子黒板と1人1台端末を使って、即時性と共有性を生かしたことで、児童の思考が変化した瞬間を視覚化した事例を紹介します。
写真2 電子黒板に映したリアルタイムに変容する児童の立場
上の写真2は、板書の例で紹介した授業の電子黒板の画像です。討論形式の授業では、ネームプレートを使って、自分の立場を示す実践が多くあります。この授業では、そのネームプレートをICT機器の活用によって、それぞれの立場が変わっていく様子を即時に共有できるようにしました。立場が変わるということは、その児童の頭の中で、何らかの思考の揺らぎや変化があったということです。
図1:児童の思考の過程の例
図1のように、授業中に児童は何度も考え直しているはずです。従来の方法では、この思考の変化を視覚的に捉えられませんでした。しかし、ICT機器の活用によって、その様子が捉えられ、スクリーンショットをすれば、記録としても残せるのです。また、児童からすれば、自分の発言によって、友達の思考に影響を与えたことが見えるので、自分の発言に価値が感じられます。さらに、児童のノートと記録しておいたスクリーンショットを照らし合わせていくと、「どの児童の発言が大きな影響を与えたのか。」「最初と結論は変わっていないが、スクリーンショットから、立場が揺らいだ上での結論である。」などの視点を踏まえて評価を考えることもできます。
まとめ
このように、児童の思考やその変化を視覚化することで、下記の3つの効果が考えられます。
(1)1人の児童の考えによって、他の児童に気づきを与える(触発)
(2)お互いの考えを話したい、聞きたいと児童を意欲づける(対話の促進)
(3)考えがどのように変化していったのかをふりかえることができる(記録)
この3つの効果を意識していくと、授業者は、何を視覚化するか、どのように視覚化するかが考えられるようになり、よりよい授業につながるのではないでしょうか。