1.すべての子どもたちを「学び」のベクトルに!
右の図は、目指す授業のモデル図です。縦軸に学習課題段階、横軸に子どもたちの学力段階をとっています。どの段階にいる子も、みな右上に伸びていくことを目指します。学力段階が低い子どもは、学習課題が高いと学習が不安になります。学力段階が高い子どもは、学習課題が低いと学習が退屈になります。いろいろな段階にいるすべての子どもがこのベクトルにのり、互いに高め合える授業がなされなければいけません。
しかし、ベクトルのゴールを技能習得だけにおいたならば、ただ理解するということだけにおいたならば、ひたすら練習をくり返しさせ続けることが近道かもしれません。教師が知識や方法をこんこんと説明することが近道かもしれません。(実際に時折そのような授業を目にすることもあります……。)しかし、それでは、すべての子どもたちが運動の楽しさに気づいたり、生涯にわたって運動を主体的におこなっていくための力としたりすることは困難です。
授業では、学習内容をただ習得させるだけでは不十分。その解決過程における考え方を身につけたり、学習すること自体の楽しさを感じたりすることで、次につながる力、転用できる力を身につけさせることが大切です(連載第7回参照)。
つまり、ただ「できた」、ただ「わかった」にとどまらない授業をすることです。学習を通して、その「学習内容」を獲得するのみならず、その「学習価値」に気付き、「学習態度」に転換されていくことまでをも志向しなければならないということです。体育で言えば、「逆上がりができた」「シュートが決まった」「バトンパスの方法がわかった」「バスケットボールの動き方がわかった」にとどまらないということです。もちろん子どもたちの目の前の目標は「わかる」「できる」です。しかし、我々はその先を見通しておきたいものです。
2.「わかる」「できる」のその先?
「わかる」「できる」の先にあるものとはなんでしょう。それでは、上図のベクトルの先にある「価値・態度」とはなんでしょう。
具体的には子どもたちから、
「自分のためになりそうだ」
「今日の運動では、この前のあの動き(考え方)がつかえそうだ」
「もっといろいろな技を知りたいな」
「友だちと一緒に体を動かすって楽しいな」……
といった思い、願いが湧き出てくることだと考えています。
そのために必要なことはこの1年間の連載でも述べてきたところです。
いろいろな学力段階にいる子どもたちをベクトルにのせる魅力的な教材を生み出す力、子どもたちの願いをしっかり感じることのできる力(連載第2回参照)。ベクトルの方向性を見い出すための子どもの事実を見る力や教師のマネジメント力(連載第6回、連載第10回参照)。そのベクトル上を推進させるための力(連載第5回、連載第8回参照)といった教師力です。
実際に授業をおこなっていると、全員に同じゴールラインを設定して、全員が同じゴールに辿り着くことは困難なことがわかります。しかし、子どもたちが同じゴールに辿り着くことはできなくても、同じ方向に進むことは可能です。ベクトルにのせ、ベクトルの方向を見い出し、ベクトル上を推進させる。そして、すべての子どもたちがそれぞれの小さな「できた」「わかった」を経験できる。(連載第10回参照)。そんな授業を繰り返すことで「学級力」も育っていくことでしょう。(連載第1回参照)
今月の授業いつもの授業に少しの工夫で「学級力」もアップさせよう!「授業ビフォーアフター」
以上のような授業をおこなうために、これまで当たり前におこなってきた授業をこんなふうにしてみるのはどうでしょうか。
事例1 体つくり運動
BEFORE
1.Aの動きを提示→みんなでチャレンジ
2.Bの動きを提示→みんなでチャレンジ
3.Cの動きを提示→みんなでチャレンジ
↓
AFTER
1.用いる道具、課題の提示
2.チャレンジしたい課題の選択
3.みんなでチャレンジ
〈ポイント〉
全員が同じ課題に取り組むのではなく、いくつかの中からやってみたいものにチャレンジする。
事例2 跳び箱(台上前転)
BEFORE
1.技のポイントを解説
2.局面で分けたさまざまな場で練習
3.台上前転の練習
↓
AFTER
1.技の完成を動画で見る
2.ポイントを話し合う
3.練習の方法や場を選択する
4.台上前転の練習
〈ポイント〉
技のポイントや練習の場を教師側からすべて提示するのではなく、子どもたちが探し出したり、考えたりする。
事例3 リレー走
BEFORE
1.バトンの渡し方の提示
2.チームに分かれて練習
3.記録会
↓
AFTER
1.いろいろなバトンの渡し方の研究
2.いろいろなコースで試してみる
3.記録会
〈ポイント〉
バトンパスの方法を自分たちで考える。様々な走るコースを用意して、コースに合ったバトンパスを試す。
事例4 ゲーム
BEFORE
1.ルールの説明
2.ドリルゲーム
3.タスクゲーム
↓
AFTER
1.メインのゲームを経験
2.チームごとにゲームに必要なことを話しあう
3.チーム練習
4.メインゲーム
〈ポイント〉
全員一律の練習ではなく、ゲームの全貌からチームの特性にあった練習をおこなう。
「この時間中に全員をできるようにしなくては!」「全員に動きを理解させなくては!」という過度のプレッシャーによって授業をつまらないものにしてはいませんか? スタート地点も歩む速度もちがうたくさんの子どもたちです。同じ方法で、同じところまで辿り着くことはありません。同じ教材・方法でも、異なる学級で授業をすると同じ授業にはなりません。そこにいる子どもたちの身体能力の違いのみならず、心の動きも様々だからです。
数年前、私の尊敬する先生から一つの実践記録が送られてきました。数10ページに及ぶそれをみて感動したことをいまでも覚えています。そこには子どもの様子が事細かに記されていました。その子どもの事実の分析のもとに次時の授業が展開されていました。その繰り返しで一人ひとりの子どもが成長していくのが伝わってきます。
教材教具の扱い方、指導言、子どもの動かし方……もちろん大切なマネジメント力です。しかし、一人ひとりの持っている力、心の動きに寄り添いながら、温かい目で子どもたちの学びをみつめ、対応できることがそれらを支える本当のマネジメント力です。真摯に授業づくりに向かい、たくさんの子どもと向き合い、感じることでしか得られない力です。
今回が最終回となりました。1年間、お読みいただいた方々ありがとうございました。これからも、すべての子どもたち、先生たちが笑顔になれる体育授業をめざして、本当のマネジメント力をつけるために尽力していきたいと思います。
最後に、日々の体育で悩んでいる先生、もっともっと子どもの笑顔を引き出したい先生。ともに学びませんか? 関西体育授業研究会でお待ちしています!
絶対成功のポイント
- 「わかる」「できる」のその先をみつめよ!
- 過度のプレッシャーで授業をつまらなくするな!
- 子どもの力、心の動きに寄り添うべし!
-
- 1
- 東大阪市 香川
- 2016/5/12 22:17:00
体育の得意な先生であるほど、「できる」ようにさせたい、「わかる」ようにしたいという思いが強く、そこに視点が行きがちで、教材がまずありきの授業になっているのではと思う授業に出会うことがあります(私もそうした時期がありました)。体育の授業づくりで一番乗り越えていかなければならないことだと思います。垣内先生が一年間の連載でも具体的に示していただいていることから、「まず子どもありき」の授業づくりを心がけることとそれは決して子ども任せの放任ではなく、子どもたちの主体的な学びを引き出す「マネジメント力」を付けるということだと思います。今回のまとめで示していただいている「一人ひとりの持っている力、心の動きに寄り添いながら、温かい目で子どもたちの学びを見つめ、対応することがそれらを支える本当のマネジメント力」=「真摯に授業づくりに向かい、たくさんの子どもと向き合い、感じることでしか得られない力」を大切に授業づくりをして行くことを心がけ、各学校で体育の苦手な先生にも納得できる授業づくりを広げていくことだと思います。垣内先生一年間具体的でわかりやすく示していただきありがとうございました。