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昨年の夏、大阪枚方の中学校にキャリア教育の研修でお呼ばれしました。新学習指導要領についての解説が私の主な役割だったのですが、キャリア教育と道徳教育って実はかなりの結び付きがあるのではないかとそのときに感じました。一見すると、あまり関係性がないように思えるこの二つの取り組み。今回はキャリア教育と道徳教育の取り組みについて考えてみましょう。
キャリア教育とは
キャリア教育は、そもそもは2000年前後に若者の雇用問題や就業支援、つまりは就職難や早期離職に対する支援の中で誕生しました。ちゃんと若者に働いてもらわないと、日本の経済は大変なことになる、そういった社会問題を解決する手立てとして、キャリア教育は誕生しました。こういった流れの中で、職業についての知識を増やし、職業体験やインターンシップなどの取り組みがなされました。
しかし、このようなキャリア教育を、教育学者の児美川さんは、「狭すぎて、偏ったキャリア教育」として、次の問題点を示しました(児美川孝一郎2013年)。それは、キャリア教育の焦点が、職業や就労だけに当たってしまっている点、そしてキャリア教育への取り組みが学校教育全体のものになっていない(外付けの実践になってしまっている)点です。後に述べるように、キャリア教育は、決して「将来就きたい職業」を探したり、「将来の夢」を語ることだけではありません。また、進路指導や出口支援(卒業後の仕事の斡旋)そのものでもありません。さらに、学校教育全体のカリキュラムの中で、さまざまな教育の取り組みと結び付けられて考えていく必要があるのです。
では、現在ではどのようなキャリア教育が求められているのでしょうか。文部科学省が出している『キャリア教育の手引き』(2011年)を参考に見ていきましょう。
キャリアとは「人が、生涯の中で様々な役割を果たす過程で、自らの役割の価値や自分と役割との関係を見いだしていく連なりや積み重ね」であるとされています。そして、「社会の中で自分の役割を果たしながら、自分らしい生き方を実現していく過程を『キャリア発達』」といい、そのキャリア発達を促していくのがキャリア教育であるとされています。
ちょっとややこしいですね。少し解説しましょう。人はその年齢などに応じて、さまざまな役割を果たしていきます。家庭での役割、学校での役割、職業人としての役割、地域社会での役割、さまざまな役割があります。その役割を担う中で、他者との関係性が必然的に生まれ、その関係性の中から、「自分らしい生き方」が形成されてくるというのです。この自分らしい生き方が形成されてくる過程がキャリア発達というわけです。単なる職業選択というような意味合いではなくなってきていますよね。
『キャリア教育の手引き』では、キャリア発達を促す能力として「人間関係形成・社会形成能力」、「自己理解・自己管理能力」、「課題対応能力」、「キャリアプランニング能力」の四つを取り上げていますが、関心のある方はどうぞ目を通してください。
いずれにしても大切なことは、「自分はどう生きていきたいのか」「生きていくに当たって自分らしくあるために自分が大切にしたい価値は何か」ということを各年代に応じて探っていくことがキャリア教育であるといえそうです。そう、私がキャリア教育と道徳教育との結び付きを感じたのは、まさに「どう生きていくのか」という点でした。
道徳教育との関係
道徳教育の目標には、「自立した人間として他者と共によりよく生きるための基盤となる道徳性を養う」という一文があります。道徳教育は「よりよく生きること」を目指し、よりよく生きていこうとする際の基盤となる道徳性を養っていくことであるといえます。
キャリア教育においては「どのように生きていくのか」ということに焦点が当てられますが、これはややもすれば「個人的なよさの視点に基づいた生き方」を推奨することになる可能性があります。極端な言い方をすれば、「人を騙してでも大金を稼ぐ」ことも、「快楽のため(あるいは強くなるため)に禁止薬物を使う」ことも、その人の生き方として認めざるを得なくなってしまいます。
そこで道徳教育の視点が必要になってきます。それが「よりよく生きる」という「よさ」を求めた生き方です。しかし、この「よさ」もなかなかの曲者です(解釈が多様に成立してしまうので)。私は「よりよく生きる」ということを考えるに当たっては、学習指導要領の「道徳教育を進めるに当たっての留意事項」の最初に登場する「人間尊重の精神と生命に対する畏敬の念」という言葉を重要視しています。要するに、「自他の生命と権利を大切にする」ということに基づきながら、「よりよい生き方」を考えていくのが道徳教育の目的であると捉えています。
このような捉え方は、OECD education 2030においても提唱されています。OECDは昨年The OECD Learning Framework 2030という図を公表し、各コンピテンシー(日本流にいえば、資質・能力)がどのように人生において用いられていくのかを「学びの羅針盤」(Learning Compass)を用いて示しています(図参照)。
図 The OECD Learning Framework 2030
この「学びの羅針盤」が最終的に目指しているところは、個人と社会におけるwell-being、つまり「幸福」です。教育において培われたあらゆるコンピテンシーは個人と社会の幸福を目指すとされました。実に興味深い提言です。
先に児美川さんが指摘したように、キャリア教育が単独の教育活動として成立するのではなく、学校の教育活動全体とのつながりの中で位置付けけられる必要があり、まさに道徳教育との連関を図ることによって、より充実したものになっていくのではないでしょうか。つまり、「他者と共によりよく生きていくために、あなたはどのように自分らしく生きていくのか」ということを教育活動全体を通じて考えていくことが、キャリア教育と道徳教育を橋渡しする大きな問いになってくるのです。
具体的な取り組み キャリア教育と道徳教育を結び付ける問い
学習指導要領道徳の現代的な課題の例示(食育、健康教育、消費者教育、防災教育、福祉に関する教育、法教育、社会参画に関する教育、伝統文化教育、国際理解教育、キャリア教育など)において、キャリア教育が最後に取り上げられていることに関連するかもしれませんが、道徳の教科書でキャリア教育との関連を明示したものは、実はそれほど多くありません。今回は光村図書の小学校6年生の教科書から「一さいから百さいの夢」を取り上げてみましょう。
教材名:「一さいから百さいの夢」光村図書『きみがいちばんかがやくとき』6年生
教材の概要
この教材は、さまざまな年齢の方の「夢」をとりあげています。下は12歳から上は100歳まで、将来就きたい職業や、今の職業を発展させることについて、人生そのものについてなど、計6名の夢を描いた文章が掲載されています。
教科書に提示してある問いと指示は以下の2点です。
・どんなところが一番心に残りましたか。理由と一緒に発表しましょう。
・あなたの夢を書き留めておきましょう。
そして大きなテーマとしては、次の問いが提示されています。
・夢が私たちにあたえてくれるものは、何だろう?
もちろん、この展開でも問題ありませんし、小学校を卒業するに当たって今一度自分の夢について考えることも大事なことだと思います。今回は、より道徳教育とキャリア教育との結び付きを考えたいので、次のような問いを考えました。
その夢を実現することで、どんな人に笑顔を届けることができるでしょうか?
その夢をもっと深く探っていくならば、最終的にあなたが大切にしたいことはなんだと思いますか?
一つ目の問いは、自分の夢が他者にどういう幸せをもたらすのかという視点を強調したものです。二つ目の問いは、職業名(パティシエとか医者とか歌手とか)としての夢ではなく、その職業の根底にあるコアな部分、その人が大切にしている価値に焦点を当てた問いになります。二つ目の問いは、問いとしてあまりこなれていない上に難しい問いなのですが(ですので、中学生以上が望ましいかもしれません)、「自分らしい生き方を探る」ための問い、「自分を見つめる」ための問いになっています。この問いの背景には私の経験が隠されています。
非常に私事ですが、小学校6年生のときの将来の夢に「サッカーに携わる仕事に就きたい」ということを書きました。当時はJリーグもない時代でしたので、日本ではサッカー選手といえばプロではなく社会人選手が一般的でした。もちろん当時の私は大人になれば社会人選手として本気でやりたいと思っていたのですが、「選手になれなかったらサッカーは辞めるのか」とか、「サッカーそのものが好きなのか」「サッカーをすることが好きなのか」など、いろいろと自問自答した覚えがあります。その結果として先の「夢」が出てきました。
現在は大学の教員という全然違う職業についていますが、夢は破れたのかというとそうでもありません。実は大学の教員をしながら、少年サッカーのコーチを30代のときに経験しましたし、サッカーそのものはプレーヤーとして40歳までやっていました。じゃあ、サッカー観戦に行くのかといわれれば全然行きません。今になって思うのは、「プレーヤーとしての自分」が自分らしさの原点であり、だからこそ今も継続しているミャンマーでの教育支援も、「実際に自分がやってみること」が好きだからこそ続いているのでしょう。まさに40年以上かけて、私は自分らしい生き方を探る「キャリア発達」をしてきたことになります。要は、ものすごく時間をかけながらゆっくりと形成していくものなんですよね。
夢を描くことは大切なことですが、それだけで道徳教育やキャリア教育が終わってしまうのではなく、自分で世界を切り開いていくための方略を子どもたちが見つけていけるような、そんな教育活動を展開したいものです。
【参考・引用文献】
OECD Education 2030 (http://www.oecd.org/education/2030/)
児美川孝一郎(2013)『キャリア教育のウソ』筑摩書房
文部科学省「OECD Education 2030 プロジェクトについて」
http://www.oecd.org/education/2030/OECD-Education-2030-Position-Paper_Japanese....
文部科学省(2017)『中学校学習指導要領解説 特別の教科道徳編』
文部科学省(2011)『小学校キャリア教育の手引き(改訂版)』
文部科学省(2011)『中学校キャリア教育の手引き』