- はじめに
- 1章 なぜ高校で“特別支援教育”なのか
- 1 実態は先行している―高まる特別支援教育の必要性
- 2 受け入れの「壁」―拒む論理はどこにある
- 3 高校で受け入れる法的根拠はここだ―学習指導要領の弾力的運用を
- 2章 障がいのある高校生・教員から見た高校教育って何だ?
- 1 夢は他人が見つけてくれるものではなく,自分自身が見るもの
- ―脳性麻痺のある生徒が語る夢
- 2 障がいがあるから諦めるのは,自分の人生を諦めること
- ―高機能自閉症のある生徒が語る卒業後の人生
- 3 様々なバックグラウンドを持つ教員の存在が必要だ
- ―視覚障がいのある教員が語る高校教育
- 3章 大阪の高校における特別支援教育の実践事例
- 【本章をわかりやすく読むためのてびき】
- 1 障がい種別から見た取り組みの重点
- (1)知的障がいのある生徒の指導と支援体制づくりと支援スキル
- ○松原高校での取り組みの進め方とシステム
- ―ともに生きる場づくりと自身の障がいに向き合う生徒
- ○西成高校での取り組みの進め方とシステム
- ―そこにいて当たり前の存在に
- (2)視覚障がいのある生徒の指導と支援体制づくりと支援スキル
- ○柴島高校での取り組みの進め方とシステム
- ―環境を整え社会性を身に付ける
- (3)発達障がいのある生徒の指導と支援体制づくりと支援スキル
- ○桃谷高校での取り組みの進め方とシステム
- ―国の「高等学校における発達障害支援モデル事業」を通して
- 2 教育内容から見た取り組みの重点
- (1)知的障がいのある生徒の就労支援体制づくり
- ○堺東高校での取り組みの進め方とシステム
- ―自立へ向けた「実習」と関係づくり
- (2)障がいのある生徒とともに学ぶ集団づくり
- ○柴島高校での取り組みの進め方とシステム
- ―自己開示の全校集会を軸に
- ○松原高校での取り組みの進め方とシステム
- ―仲間の会はみんなの居場所
- (3)生徒をエンパワーする学校づくり・授業づくり
- ○佐野工科高校定時制での取り組みの進め方とシステム
- ―共感的な受容による生徒の実態把握から
- (4)地域との連携を探る
- ○西成高校での取り組みの進め方とシステム
- ―「ケース会議」を軸に些細な変化も見逃さず連携する
- (5)特別支援学校との連携を探る
- ○枚岡樟風高校での取り組みの進め方とシステム
- ―特別支援学校との役割分担と連携
- 4章 高校における障がいのある生徒への指導と支援の実際
- 1 小・中学校の特別支援教育―現状はどうなっているか
- (1)特別支援教育への新たな展開
- (2)小・中学校の研修ニーズから見た特別支援教育の展開
- (3)小・中学校における特別支援教育の現状と課題
- 2 高校の特別支援教育―現状はどうなっているか
- (1)高校の研修ニーズから見た特別支援教育の現状
- (2)高校の巡回相談はどのように行われているか
- (3)発達障がいのある生徒が直面する二次的な諸困難とは
- (4)校内の支援体制づくりをどう進めるのか
- (5)気付きから効果のある支援へ
- 5章 高校における特別支援教育のバックボーン
- 1 特殊教育から特別支援教育への流れ
- (1)国の施策の骨子
- (2)中央教育審議会答申のアウトライン
- 2 全国の特別支援教育の状況はどうなっているか
- (1)高校における特別支援教育をめぐる状況
- (2)発達障がいのある生徒への教育施策の骨子
- (3)特別な教育課程と特別支援学級の設置をどう整理する?
- 3 高校入学者選抜との関連はどうなっているか
- (1)高校で特別支援教育を必要とする生徒の数
- (2)高校入学者選抜の変遷
- 4 障がいのある生徒が高校で学ぶこととは
- (1)「ともに学び,ともに育つ」とは
- 6章 障がいのある生徒が問う“あなたの教育観”
- ―社会的排除から社会的包摂の時代へ
- 1 転換点になったサラマンカ宣言
- ―インクルーシブ志向を持つ学校こそ
- 2 国際的なインクルーシブ教育の流れ
- 3 社会的包摂の時代へ向けて―人権教育の視点を活かして
- あとがき
- 参考資料・参考文献一覧
はじめに
特別支援学校ではなく,高校で特別支援の対象になる障がいのある生徒はどれぐらい学んでいるのだろうか? また,どのような教育がされているのだろうか? 残念ながら全国的な実態把握はなされていない。それは,障がいのある生徒に焦点を当てて高校教育を論じる問題意識や機会がなかったからではないだろうか。
2005(平成17)年の中央教育審議会答申「特別支援教育を推進するための制度の在り方について」では,高校にも発達障がいの生徒が在籍しているという認識を示したが,特別支援教育の対象は発達障がいの生徒だけではない。答申は発達障がいに特化したものであって,身体障がいや知的障がい等の障がいのある生徒を想定しているとは思えない。
しかし,2008(平成20)年7月に「特別支援教育の推進に関する調査研究協力者会議」のもとに設置された「高等学校ワーキンググループ」の会議では,小・中学校の通常の学級に約6%在籍していると言われる発達障がいの生徒が高校にも多く在籍していると推測した上で,中学校の特別支援学級の生徒の23%が高校等に進学している実態についても言及している。
そうなのである。現実には,高校現場には,かなり前から身体障がい者も知的障がい者も高校に入学していた。そこに新たに発達障がいの生徒が認知されて多数入学してきている状況が生まれたにすぎない。それではこれらの障がいのある生徒に対する教育をどうしてきたのか,あるいは今後どうすべきなのか。制度や指針・教育課程・人的措置・施設などが整備されていない中で,学校現場は苦悩し試行錯誤を重ねているのに,理念や制度が追い付いていないのが実情なのだ。したがって,高校における特別支援教育については,小・中学校に比べて校内委員会やコーディネーターの配置,個別の指導計画や個別の教育支援計画の策定などの体制整備が遅れているのも当然の結果である。
すでに国際社会はインクルーシブ社会の実現に向けて急ピッチで動き出している。我が国も2006年に国連で採択された障害者権利条約を批准すべく,ようやく必要な法整備に向けて動き出した。2011(平成23)年7月29日には障害者基本法が改正された。このことは,「今後の障害者施策の方向に大きな影響を与えるものとして,極めて重要かつ大きな意義がある」(「障がい者制度改革推進会議第二次意見」2010〈平成22〉年12月17日)とされている。
その改正障害者基本法では,目的規定が見直され,「全ての国民が,障害の有無にかかわらず,等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されるものであるという理念にのっとり,全ての国民が,障害の有無によって分け隔てられることなく,相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会を実現する」(第1条)ことを目的として謳っている。
同時に,改正案では,障がい者の定義も見直した。「障害者」とは,「身体障害,知的障害,精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害がある者であって,障害及び社会的障壁(筆者注:障害がある者にとって障壁となるような事物・制度・慣行・観念その他一切のもの)により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるもの」と定義したのである。つまり,障がい者が人間として「当たり前のことを当たり前に行いたい」という願望を持ちながら,それが実現できず結果として社会から排除されているのは,社会の側のバリアにその原因があると指摘しているのである。社会的包摂(インクルーシブ社会)を実現するためには,この社会的バリアを取っ払って,各分野でインクルーシブな環境を整えることが求められることになる。
それでは教育の分野はどうなるのだろうか。障害者基本法改正に先立つ,2009(平成21)年には「障がい者制度改革推進本部」が発足し,翌年には「障がい者制度改革推進会議」が設置された。そして,同年6月7日に「障害者制度改革の推進のための基本的な方向(第一次意見)」の「教育」では,「政府に求める今後の取組に関する意見」として「障害のある子どもが障害のない子どもと共に教育を受けるという障害者権利条約のインクルーシブ教育システム構築の理念を踏まえ,体制面,財政面も含めた教育制度の在り方について,平成22年度内に障害者基本法の改正にもかかわる制度改革の基本方向性についての結論を得る」と記されている。
このように,国際社会においても我が国においても,インクルーシブ社会の実現を目指して環境整備が進められている中で,一人高校だけが適格者主義や学習指導要領の硬直的な解釈に固執して,特別支援教育について現実的な対応ができないとしたら,その存在は干からびたものになるだろう。早急に国においても法や条件の整備が求められる。
本書は,そのような観点から,高校でどのようにすれば障がいのある生徒に対する特別支援教育を円滑に進めることができるのか,すでに先行している大阪の高校現場での実践事例をもとにして,その理念・目標・校内体制・教科指導・生徒指導・集団づくり・関係機関や地域との連携等についてまとめたものである。1章では理念,2章では当事者である障がいのある生徒と教員の声を掲載し,3章では大阪の高校における実践事例をもとに障がい種別と教育内容に分けて取り組みの進め方とシステムについてまとめている。そして,4章では相談事例をもとに高校における特別支援教育の現状と課題について,5章では全国と大阪における特別支援教育の流れについて,最後の6章ではインクルーシブ社会の実現に向けてインクルーシブ教育の果たす役割と意義について,それぞれまとめた。読者には,各学校でハンドブックとして参考にしてもらえれば幸いである。
最後に,本書の出版の機会を与えていただいた明治図書出版株式会社教育書編集部の樋口編集長に感謝申し上げたい。
2011年9月 /成山 治彦
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