- はじめに:新学習指導要領社会科で育てる知
- T 新旧比較で見る中学校社会科
- ―目標と内容の改善点とポイント―
- §1 新しい社会科改訂のねらいは何か
- (1) 改訂ポイント
- (2) 改訂の重点となった背景と理由
- §2 これからの社会科が育成すべき資質・能力
- (1) 思考力,判断力,表現力の関係
- (2) 事実判断力
- (3) 推理能力
- (4) 価値判断力
- (5) 表現力
- §3 中学校社会科の主な改善事項
- (1) 基礎的・基本的な知識,概念,技能の習得・活用・探究
- (2) 「言語力育成」の視点と社会科
- (3) 我が国の伝統・文化・歴史,宗教,社会参画に関する内容
- (4) 世界の地理や歴史に関する内容
- U 中学校社会科・「新教材」授業設計プラン
- §1 地理的分野
- @ 「世界各地の人々の生活と環境」はこう教える―世界の地理的認識を通した自分の立ち位置の理解を―
- 【授業プラン@】 「イヌイットのくらしとその変容」
- 【授業プランA】 「多様な文化とその変容」
- A 「世界の諸地域の地域的特色」はこう教える―世界の地理的認識を深める―
- 【授業プラン】 「中国とアジアの地域性」
- B 「日本の諸地域の地域的特色」はこう教える―他の事象と有機的に関連づける―
- 【授業プラン】 「伊勢湾を中心にしたつながり」
- §2 歴史的分野
- @ 「近現代史の学習」はこう教える―歴史事象の特色を考える近現代史学習の提案―
- 【授業プラン】 「戦後日本の民主化」
- A歴史学習の中での 「伝統文化」はこう教える―伝統文化教育を通した社会認識形成を―
- 【授業プラン】 「室町時代の都市・農村の生活と文化」
- B 「我が国の歴史の背景にある世界の歴史」はこう教える―日本と世界の歴史の接点を―
- 【授業プラン@】 「日露戦争と当時の国際情勢」
- 【授業プランA】 「アジア諸国における民族運動と日露戦争の世界における影響」
- §3 公民的分野
- @ 「通貨・金融の役割」はこう教える―現代社会の理解を一層深める―
- 【授業プラン】 「コンビニエンスストアのお弁当はどこから?」
- A 「ルール・法の役割」はこう教える―規範意識の基礎づくり―
- 【授業プラン】 「ルール・法とは何だろう?」
- B 「社会保障や財政の問題」はこう教える―政治の視点から持続可能な社会づくりへの参画を―
- 【授業プラン】 「少子高齢化と税負担」
- §4 社会科と総合的な学習
- ○総合的な学習と中学校社会科の関係はこう変わる―教科との連携強化の視点から―
- おわりに
はじめに:新学習指導要領社会科で育てる知
社会科における知は,これまでとどう変わるのだろうか。その結果,新しい知はどのような内容と構造をもち,また,どのような学びの場で,生徒はその知を修得していくことができるのだろうか。
社会科における知は,暗記型の知識,断片的知識との批判の下にさらされてきた。一方ではその対極に位置するものとして,問題解決学習に特化して,知識を軽視する傾向も多々見られた。「学び方学習」の強調で,この傾向が一層押し進められたということもある。
中学校社会科は,暗記型社会科批判,知識過剰批判のもとで,学習指導要領の改訂毎に知識内容,時間数が減少し,それに伴って,社会科の内容が削減されてきた。内容教科としての社会科が,内容の薄っぺらい教科になってきた点は,間違いのないところである。社会科の教科内容がはぎ取られてきたのである。
こういう状況の中で,「社会科における知」をどう考えていけばよいのだろうか。知の社会になるからといって,これまでの知に対する考え方が,180度転換するわけではない。新学習指導要領社会科で育てる知を,教養知,科学知,創造知の3点から述べる。
@教養知
その国の文化度は,国を構成する一人ひとりがどのような知識を持っているかによって決まる。その場合には,共通の文化常識と個性的な知識の所有の二通りがある。共通の文化常識が「教養知」である。
例えば,日本人ならば,忠臣蔵,太平洋ベルト工業地帯,夏目漱石,民主主義政治,貿易立国などは共通の文化常識として,長く維持されてきた。アメリカ人ならば,ジョージ・ワシントン,乳歯妖精(乳歯を奪って小銭をおいていく妖精),ゲティスバーグ演説,ハムレット,独立宣言などは,共通の文化常識として存在している。こういった教養としての知の育成を,新社会科では求められている。
A科学知
内容教科としての社会科は,人類が1万年以上かかって築いてきた社会諸科学の成果をもっと正当に評価すべきである。1960年代の教育内容の現代化の成果を再評価すべきである。科学の構造の重視が,教育の非人間化を招いたとの批判を恐れすぎてきた。その結果,科学の開発してきた内容知の構造や概念,方法知の内容構造などについての地道な研究が疎かにされてきた。科学知の正当な分析検討を行い,社会科のカリキュラム構成に生かしていくことは,欠かせない重要事である。新学習指導要領の基礎的・基本的知識,概念,技術の重視は,科学知重視の方針を示している。それに対応する社会科授業の設計ができるか否かが問われるところである。
B創造知
新しい知の創造は,既存の知をしっかりと把握し,体験と結びついた納得的な知にした後に,そういった知同士の新しい結合として生まれてくる。そのプロセスでは,社会における事象に問題を感じ,「なぜ」と問い,その問題意識の解決過程で,新しい知の結合が誕生する。
納得的な知の蓄積と問題意識の育成,なぜ疑問の創造といった体験をさせていくことが,生徒の知の創造となってくる。生徒自身に自分で創造した知という体験をさせていく学習過程の開発が求められている。こういった体験を積んできた生徒は,価値判断場面に遭遇した際に,様々な事例を想像し,どういう判断がどのような結果をもたらすかを予測できるようになってくる。新しい社会科では,生徒の創造知を育てることを重視していきたい。
新しい社会科授業が,このような教養知・科学知・創造知をバランス良く育てる教科として展開されることを期待している。
2009年3月 /岩田 一彦
授業づくりのテキストにできる価値ある1冊だと思う。