- はじめに
- 1 現在(いま)こそ表現に注目を
- (1) 学ぶ「からだ」になっていない
- (2) 表現と知を軸に
- (3) 子どもは表現したがっている
- (4) 子どもは納得・発見したがっている
- (5) 情報は表現すると知識となる
- 2 自学という表現活動
- (1) 知識を取り入れる装置として
- (2) 「自学」の方法
- (3) 「自学」が生み出した「表現知」
- 3 低学力の克服は「自学」で
- (1) 学ぶ力とは
- (2) 「自学」こそ総合的学習で
- 4 表現できるからだの基礎づくり
- (1) 自己表現の基礎としての返事
- (2) 自己表現としてのあいさつ
- (3) 生きた自己表現が生まれるために
- (4) 豊かな声の出るからだに
- (5) グループ音読競争
- (6) あらゆる教科で音読を
- (7) 言葉の検討も知的活動に
- 5 表現で学級をひらく
- (1) まずは歌で出発
- (2) 始業式から音読の授業
- (3) 返事の練習の仕方
- (4) とにかく面白い話し合いを
- 6 表現のある授業
- (1) からだを見つめさせる短歌
- (2) 詩の授業を発展させる
- (3) いのちを見つめる俳句の授業
- (4) 家族を見つめる授業
- (5) 歯から自分のからだを見つめさせる授業
- (6) 作文の感想の交流を活性化する
- (7) 練習学習もからだをつかって
- 7 表現のある学校
- (1) 表現の力を見直す
- (2) 表現活動による子どもの再生
- (3) 表現活動の「質」
- (4) 総合的な力を引き出す表現集会
- (5) 子どものからだが喜ぶ歌を求めて
- (6) 表現活動の進展
- (7) 総決算としての学習発表会
- (8) 表現で学級を振り返る
- (9) 谷川俊太郎さんと共に
- (10) 運動会こそ表現を
- 8 表現を総合的な学習で
- (1) 子どもの問題に対応できない
- (2) 子どものからだにこそ注目を
- (3) 表現活動こそを軸に
- (4) 理想的な総合学習に
- (5) 切り抜き新聞という表現
- さいごに
- 付1・すいれん―歌とリコーダーによる―
- 付2・いつかきっと
はじめに
――現在(いま)、子どもを子ども≠ノするために――
長崎の幼児投げ落とし事件をはじめ、青少年を巻き込んだ凶悪な犯罪が続いた。
その一方で、相変わらず、子どもたちの低学力ぶりや、学びからの逃避が叫ばれている。
このあと、子どもたちはどうなっていくのだろう。どうしたらよいのだろう。文部科学省は、早くも、指導要領を修正すると言っている。教育基本法を改正する動きも出ている。
様々な教育改革も功を奏さず、世の大人たちは、教育に自信を失っているように見える。
悲観することはない。私は、現在の日本の子どもたちも、十分に子ども≠ノなることができると考える。
子どもが、子ども≠ニして育ちにくい土壌になってしまったことは、間違いない。しかし、この土壌であっても、あっという間に、子どもは変わる。
一月あれば、学びに向かう子ども≠ノなる。
一年あれば、学ぶからだ≠もった子どもが育ってくる。
三十年前の子も、今の子も、その変化、成長の筋道はほとんど変わらない。
「表現」と「知」の欲求を満たされたとき、子どもは、子どもの表情になり、さらなる学び≠ノ向かう。
とくに、最近の子どもたちは、からだを使って仲間と遊ぶ機会が少なくなった。その分、子どもたちのからだは、より強く動き≠ニ表現≠求めているように見える。
今、学校に必要なのは、「表現活動」である。単なる表出や体験の活動でない。
表出をうけとめてくれる他者がいる「表現活動」である。「知」が生まれる「表現活動」である。
知がうまれ、その知の共有者のいる表現活動
このような「表現活動」は、子どもの「学びたい」「成長したい」という本源的・生理的欲求を満たす。その活動の継続によって、学ぶからだ≠ェ育っていく。
これが、現在の子どもたちを、子ども≠ノしていくための、私なりの方策である。はじめに、この方策があった訳ではない。教師生活三〇年の間(とりわけこの十年)に、しだいに煮つまってきた理念である。
本書は、わたしの理念を具体化した取り組みであると同時に、具体的な実践から、「表現活動」の重要性を見つけるにいたった過程でもある。
本書を読まれる方のために、簡単なガイドを記しておく。
第1章では、現在の子たちに、なぜ「表現活動」が必要かを考えてみた。
第2・3章は、私が取り組んできた「自学」を、「表現」する学習として見直す試みをしてみた。学力不足が言われる今こそ、「自学」の必要であることを述べた。
第4章は、「表現力」の基礎を高めるための指導方法をまとめてみた。私が、毎年のように当たり前のように取り組んでいることばかりだ。
第5章は、子どもの表現意欲と知的欲求を満たしながら行った授業をいくつか紹介した。気に入った授業があれば、追試していただきたい。
第6章は、大事な四月当初の取り組みを紹介した。学級開きに、「表現」を重視しながらどのような手だてをしているかがわかると思う。
第7章は、「表現」を軸にした学校全体の取り組みを紹介した。「表現活動」が次第に広まっていく様子がお分かりいただけると思う。学習発表会のあり方も参考になると思う。
挿入した写真が、活動の理解に少しでも役に立てばと思う。
第8章は、総合的学習よりも、学習の総合化≠ェ必要であることを述べた上で、具体的な実践を示した。総合の時間を、かなり有効に活用できたと思っている。
関心があるところから、読みすすめていただければと思う。
/岩下 修
作詞・作曲のところには、著者と同じ名前が書かれている。
AさせたいならBの、自学ノートの、あの岩下先生が音楽でも実践をなさっているのだろうか。
まさかと思いつつ真っ先に、その章から読み始めた。
そうそう、その通り。同感。
たっぷりと歌わせていくと、やがて子ども達は表現する喜びをあふれさせてくる。子ども達を指導する自分自身も楽しい。
岩下先生は、学級の取り組みを学校全体に広めて行かれた。
子どもを変え、学校を変えていく。
その力量のすごさにため息がもれた。
1章に戻って、その日のうちに一気読みしてしまったのは、言うまでもない。
子どもに力をつけるのが学校の使命だ、と言われる。
どんな力をどのようにつけていくのか、私たち教師は、もっと具体的に、目に見える形にしていかなければならないだろう。
その意味で、大きな示唆をこの本は与えてくれる。
多くの先生に読まれることをお勧めしたい。