- はじめに
- 第1章 すべての子どもの卒業後の「働く生活」の実現を目指して
- 1 「働く生活」の実現とは
- (1) 「自立」とは
- (2) 「社会参加」とは
- (3) 「就労」とは
- 2 キャリア教育の視点に立った教育活動の見直し
- (1) キャリア教育について
- (2) 小学部・中学部・高等部の12年間の教育活動の見直し
- 3 「キャリア発達段階・内容表(試案)」等の作成
- (1) 「キャリア発達段階・内容表(試案)」愛媛大学教育学部附属特別支援学校版
- (2) キャリア教育全体計画
- (3) キャリア学習プログラム
- (4) キャリア教育の視点に立った年間指導計画の作成
- (5) 個別の教育支援計画・個別の指導計画とキャリア教育との関係
- 第2章 卒業後の「働く生活」を実現するために必要な能力や態度を育てる授業実践
- 1 基本的な考え方
- (1) 基本行動の定着
- (2) 自立的支援
- (3) 機能する効果的支援
- 2 日常生活の指導
- (1) 「日常生活の指導」の目指す方向性
- (2) 「日常生活の指導」とキャリア教育
- (3) 「日常生活の指導」における「指導プログラム」
- (4) 「指導プログラム」を活用した指導事例
- (5) 指導を終えて
- 3 生活単元学習
- (1) 生活単元学習とキャリア教育
- (2) 小学部(低学年)の実践「ピザをつくってたべよう」
- (3) 小学部(高学年)の実践「冬野菜を育てよう」
- (4) 中学部(1年生)の実践「ぼく,わたしの将来の夢」
- (5) 高等部の実践「働くための生活づくり」
- 4 作業学習
- (1) 作業学習とキャリア教育
- (2) 木工班の実践
- (3) 印刷班の実践
- (4) クリーン班の実践
- (5) 流通・サービス班の実践
- 5 音楽の実践(小学部)「がっきでたのしく」
- (1) 音楽とキャリア教育〜キャリア教育の視点からの見直し〜
- (2) 指導の実際「がっきでたのしく」
- (3) キャリア教育における音楽の重要性
- 6 保健体育科の実践(中学部・高等部)「朝の運動」
- (1) 保健体育科とキャリア教育
- (2) 指導の実際「中学部・高等部の朝の運動」
- (3) キャリア教育における保健体育科の重要性
- 7 産業現場等における実習「Aさんの事例から」
- (1) 産業現場等での実習とキャリア教育
- (2) Aさんの事例から
- (3) Aさんの変容の理由
- (4) 指導を終えて
- 第3章 卒業後の「働く生活」の実際
- 1 愛媛大学への就労事例「愛Clean」
- (1) 愛Cleanの発足
- (2) 愛Cleanのメンバー構成と業務内容
- (3) 大学の採用条件
- (4) 1人で清掃作業を進めるために〜スケジュール〜
- (5) 確実に清掃作業を行うために
- (6) モニタリングの実施
- (7) 生活の広がり
- (8) 今後の展望
- 2 成人教育「愛Cleanメンバーの取組」
- (1) はじめに
- (2) 卒業生が希望する学習内容
- (3) 学習会実施計画
- (4) 学習会の実際とその効果
- (5) 今後の展望と課題
- 第4章 家庭及び地域・関係機関との効果的な連携の在り方
- 1 基本的な考え方
- (1) 卒業後の「働く生活」を実現するための教育に関するアンケート調査の実施
- (2) 生活(基本的生活習慣等)に関するチェックリストによる実態把握
- 2 家庭への説明
- (1) キャリア教育の理解・啓発のためのリーフレット作成
- (2) キャリア教育の取組の説明
- (3) キャリア教育の視点に立ったPTA活動
- 3 家庭での保護者の取組
- おわりに
- 資料
- 1 知的障害のある児童生徒の「キャリア発達段階・内容表(試案)」
- 2 「キャリア学習プログラム」〈小学部〉
- 3 「キャリア学習プログラム」〈中学部〉
- 4 「キャリア学習プログラム」〈高等部〉
- 5 キャリア教育全体計画
はじめに
本校の目指す教育は,子どもたちの生活の質,人生の質を高めることにある。どうすれば,子どもたちの家庭生活の質,学校生活の質,地域生活の質,職業生活の質,社会生活の質を高めることができるかを,個々の発達年齢や生活年齢を考慮に入れながら日々実践研究を積み重ねている。特別支援学校では,高等部卒業時点でいかに就労を実現するかを目標に取り組んでいるところが多い。これは本校においても同様であるが,本校では就労の実現をゴールにしているのではない。就労後の生活,すなわち学校卒業後50年,60年あるであろう彼らの人生に焦点を当て,どうすれば質の高い,豊かな人生を送ることができるかを目標に置いた教育を推進している。就労はゴールではなく,教育目標を実現するための一過程に過ぎないという考え方である。決して就労の実現にウエイトを置いていないというわけではない。むしろ大きなウエイトを置いていると言ってもよい。事実,毎年,高等部卒業生の企業への就職率は50%を確保できている。
人生の質を高めるためには就労の実現は欠かせないことであり,彼らは職業生活を通してこそ人生の質を高めていくことができる,と考えている。言い換えれば,就労の実現は彼らの人生の質を高めるために大変重要な目標である,と言うことができる。本校が3年間進めてきた研究テーマが『卒業後の「就労」を実現する』ではなく『卒業後の「働く生活」を実現する』と,「就労」よりも「働く生活」に視点を当てたのは,まさに上述した,人生の質を視野に入れた教育を重視しているからである。
この目標を実現するためには,当然ながら子どもが変わることよりも指導者が変わることが求められていることは言うまでもない。できないことをできるようにする指導や訓練をして子どもを変えることで「働く生活」を実現するのではなく,できないことを子ども自らができるようにする支援を行うことで主体性の質を高め「働く生活」を実現しようとするものである。子どもの能力や障害により彼らの将来が決まるのではなく,指導者のかかわり方,支援の仕方により決まる,ということである。これからは子どもが評価される時代ではない。指導者こそが評価されなければならない時代である。これがこれからの特別支援教育で指導者に求められているテーマでもある。
では,実践の場において具体的に何を目標にして取り組んでいるか。それは,すべての子どもたちの自立,社会参加の実現である。すべての子どもたちの自立,社会参加の実現が果たして可能なのか,難しいのではないか,という声を聞くことも多い。本校が目指すのは,すべての子どもたちの自立,社会参加を実現するためには,自立をどのように考えたらよいか,社会参加をどのように考えたらよいかを検討し,その実現に努力することである。本校では,自立とは「自分のもっている力を100%発揮し,他から受ける支援を最小にしている状態」,社会参加とは「子どもにとって最もふさわしい生活の中で適応できている状態」「適応とは家庭生活,学校生活,地域生活,職業生活,社会生活で,自ら自分の役割を果たし貢献できている状態」ととらえている。このように考えれば,能力や障害や年齢に関係なくすべての子どもに,自立,社会参加の可能性があるということになる。
本校では就労を重視しているが,決して就労のための直接的な指導を重視しているのではない。上述した自立,社会参加の実現を目指す取り組みを積み重ねれば,自ずから就労に結びつく,と考えている。一人ひとりに合った自立,社会参加をどのように実現していくかが,指導者がクリアしなければならない最大の課題である。結果よりも過程を重視した取り組みを行っていると理解していただきたい。こうした過程を大切にした取り組みを積み重ねるからこそ生活の質,人生の質を高めることができるのである。
本書は,こうした基本的な考えに立って3年間進めてきた実践研究の成果をまとめたものである。キャリア教育の視点から教育活動を見直し,実践研究に取り組んだのは,本校の目指す教育の考え方がキャリア教育そのものであるからである。キャリア教育は勤労観,職業観を育成する教育である。勤労観は生活意欲,職業観は働く意欲に置き換えることができる。まさに本校が考えている自立,社会参加を実現する教育そのものなのである。
本書の出版を企画したのは,本校の先生方が,本校の考える教育目標,教育方針をしっかりと共通理解した上で,まさに一体となって地道に実践を積み重ね,子どもの成長,発達を伴う成果をたくさん出してくれたことにある。知的障害教育は変革の時期にきている。今,何よりも教育の質が問われている。これからの知的障害教育はどうあればよいか,その方向性を見いだす上で,本書は,必ずや一定の役割を果たしうる実践内容であると信じたからである。本書を通して,子どもたちの豊かな将来に向けて,指導者はこれから何をなすべきか,原点に立ち返って共に考えるきっかけになれば,と心から願っている。
本文をお読みいただければわかるが,本書の主なキーワードは学習内容では「基本行動を身につける学習」「自分の役割を果たす学習」「貢献度を上げる学習」である。支援方法では「最小支援で最大の効果を上げる支援」「させられるよりも自らする支援」「個より集団を重視する支援」である。一言で言えば,障害や能力や年齢にかかわらず,すべての子どもに対して「基本行動の確立をベースにして,人とかかわりながら主体的に役割を果たし,貢献する子どもを育てる」ことである。成果を上げることができた多くの実践事例を参考にしていただければ幸いである。
平成22年12月 学校長 /上岡 一世
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- 明治図書