- はじめに――「読解力マスターカード」を開発する
- 「読解力マスターカード」活用の手引き
- A 音読力
- 1 語としてのまとまりを考えた音読
- 2 文としてのまとまりを考えた音読
- B 言語事項
- 1 姿勢や口形に注意した音読
- 2 片仮名の大体の音読
- 3 語句の意味や使い方についての関心
- 4 言葉のリズムに親しみ、楽しむ
- 5 丁寧な言葉と普通の言葉の違いがわかる
- C 読解力
- 1 文章内容の大体の読みとり@
- 2 文章内容の大体の読みとりA
- 3 文章内容の大体の読みとりB
- 4 場面の様子を想像した読みとり@
- 5 場面の様子を想像した読みとりA
- 6 場面の様子を想像した読みとりB
- 7 できごとの大体の読みとり
- 8 気持ちの大体の読みとり
- 9 理由や根拠の読みとり
- D 読書力
- 1 易しい読み物を楽しんで読む@
- 2 易しい読み物を楽しんで読むA
- 解説・解答
- おわりに
はじめに――「読解力マスターカード」を開発する
1 読解力形成の困難
文字の連なりを目で追いながら、そこに記された文意を読み解いていく力が読解力である。洋の東西、時の古今を超えて「読み、書き、算盤」の三つがいわゆる「基礎学力」として共通理解されている。ここで言う「読み、書き」の「読み」は、単なる音読の力を指すのではなく、まさに「読解力」を指しているものと解すべきである。文字の連なりを辿りながら、そこに盛られた文意を読み解いていく力は、筆頭学力にふさわしく大切なもので、学校教育がそこに力を入れるのは当然のことである。
ところで、その肝腎の読解力を指導によって高め、伸ばそうとすると、意外にその具体的な手立てがわからない。読解力の向上が重要であるという共通認識は夙になされて久しいが、その各論となると覚束ない。恐らく、「このようにして読解力を伸ばした」という事実は正直なところまだどこにもないのではないか。「伸びる筈だ」という「論」の段階に留まっている。「伸びたに違いない」ということは言えても、それを数値で明示することはほとんど不可能に近い。
だから、私も含めてだが、「読解力を高めるにはどうしたらよいか」という親や子どもの側からの問いに対しては、「まあ、たくさんの本を読むことですねえ」ということぐらいしか答えられなかった。それ以上のことは実際にはわからなかったからである。この状態は今でもほとんど変わらないといってよい。読解力の形成の具体策は依然として不透明のままである。
2 読解力マスターカード――その特徴的提言――
そのような困難事態に、打開の一石を投じてみようということを長年考え続けてきてこの度ようやく形をとるに至ったのが、「読解力マスターカード」である。
これは次のような考えの下に編集されている。
@ 読解力とは読解の技術の総体である。
A 読解の技術というのは、読解に必要な知識を安定的に行為化することである。
B 読解に必要な知識というのは、読解活動を進めていく上で必要不可欠なものであり、それは「学習用語」として指導されるべき言葉である。
C 必要な学習用語を意識的に活用していくことによって読解活動は論理的に整理されつつ進行する。
D 読解力マスターカードは、例文を読み解くに必要な学習用語を同時進行的に教えていく。
E 学習用語を用いれば自分の読み取りの過不足や適否を分析できる力が形成される。
F マスターカードは、教室で実際に指導され、活用され、吟味修正されながら完成されていく。
3 マスターカードの開発技法――学習用語の抽出法――
わたしたちの毎日の食事には、肉・やさいなど、さまざまな材料が調理されて出てきます。その中で、ごはんになる米、パンやめん類になる麦のほかにも、多くの人がほとんど毎日口にしているものがあります。なんだかわかりますか。それは大豆です。大豆がそれほど食べられていることは、意外に知られていません。大豆は、いろいろな食品にすがたをかえていることが多いので気づかれないのです。
「すがたをかえる大豆」(光村三下)の書き出しの段落である。
ここには、六つの「文」がある。六つの「文」で一つの「段落」が作られている。文体は「敬体」である。第一文には「肉・やさいなど、」という記述があり、ここには「・」「、」という符号が使い分けられている。「・」は「なかぐろ」で「、」は「読点」、「。」は「句点」である。中黒は同格の並列に用いる符号であり、句点は文の終了を示し、読点は「文脈」「文意」を明確にする区切りのために用いる。
右のように示した「 」で囲まれた言葉が「学習用語」である。これらはいわゆる言語事項に属するものが多い。言語事項に属する用語のそれぞれについては、これまでも指導されてきている。ここではひとまずそれらも改めて「学習用語」として位置づけておきたい。
以下に述べる用語が、これまでほとんど扱われることなく過ぎてきた「読解指導のための学習用語」である。
@ 指示代名詞・接続語
第二文に「その中で」という句が出てくる。第四文には「それは大豆です。」という文が出てくる。第五文には、「それほど食べられている」という句がある。「その」「それ」「それ」などを「指示語」と言う。「指示語」は本来の語を指示して代用する語である。指示語の使用によって文体は簡潔になり、読みやすく、わかりやすくなる。
読解をしていく上では、指示語の指示内容を的確に理解しなければいけない。「指示語」を使わなければ、それぞれの文は次のように書かなければいけない。下線部が「指示内容」に当たる。
・第二文 さまざまな材料の中で、ごはんになる米、パンやめん類になる麦のほかにも、多くの人がほとんど毎日口にしているものがあります。
・第三文 なんだかわかりますか。
・第四文 多くの人がほとんど毎日口にしているものは、大豆です。
・第五文 大豆が多くの人がほとんど毎日口にしているほど食べられていることは、意外に知られていません。
読んでみてどんな感想をもつだろうか。くどくて、ややこしくて、かえってわかりにくくなることに気づくだろう。文は読み手にわかり易く「簡潔」「明快」でなくてはいけない。「複雑」で「冗長」な文はわかりにくいからだ。指示語は「文体」を引き締めて、「簡潔」「明快」にする働きをしているのである。
・指示語 ・指示内容 ・簡潔 ・明快 ・複雑 ・冗長 ・文体
これらが、読解を適切にする学習用語になる。
A 問いの文・答えの文
第三文は「なんだかわかりますか。」とあり、第四文には「それは、大豆です。」とある。
第三文が「問いの文」であり、そこにはある「問題」が出されている。第四文は、簡潔にその問いに対して答えている。これが「答えの文」であり、問題に対する「答え」であり「解」である。
・問いの文 ・問題 ・答えの文 ・答え ・解
これらが学習用語である。
B 理由・根拠・事実
第五文には「大豆がそれほど食べられていることは、意外と知られていません。」とある。これは「事実」である。この「事実」に対して、第六文は「大豆は、いろいろな食品にすがたをかえていることが多いので気づかれないのです。」とある。この文には「ので」という「理由」「根拠」を示す語が用いられ、第五文で述べた「事実」の「根拠」を説明する機能を果たしている。
・理由 ・根拠 ・事実
これらが「学習用語」の例である。
4 気軽に選ぶ「学習用語」
冒頭の段落にある六つの文を材料にして「学習用語」の抽出事例を紹介した。これらが全て適切かどうかという論議はしばらく措いた方がよいと私は考えている。当面は、「この用語を教えておけば後になって都合がよいだろう」と思われた「思いつき」「ひらめき」に従って、自由に、気軽に抽出すればよいと考えている。
こういう用語を、きちんと自覚させ、その意味をわからせ、かつ「学習用語」としてノートに書かせるのである。そうすれば、子どもらは、次のような発言をするようになるだろう。
・これは指示語だな。
・この指示内容はこれだ。
・いや、そうじゃなくてこっちかな。正しい解はどっちだろう。
・それはどんな理由、根拠があるかによって決まってくる。
・もっと簡潔に話してくれないか。
・君の発言は冗長だよ。
・根拠になる事実を教えて欲しい。
・その根拠は事実に合わないよ。
これまでの読解指導や話し合い学習の中でも、このような言葉のやりとりが偶発的にはなされてきていたかもしれない。しかし、意識的、自覚的に身につくように指導されてきたということはなかったのではないか。
マスターカードのそれぞれの事例は、現段階では一つの試案のレベルではある。しかし、それなりに十分な検討と吟味がなされた上での提言である。大切なことは、これらを一つの検討材料として、さらに上質の学習用語が開発されていくことである。
また、学習用語がいつの日か出そろえば、それらを取捨、選択、精選した上で系統化していけばよい。算数、理科、社会科などでは、すでに「学習用語」は出し尽くされ、整理され、系統づけられている。国語科では「学習用語」についての研究が遅れている。そのことを積極的に国語教育関係者は実感して認めなければならないだろう。
以上のように、言語知識を与えつつ読解力を形成していくことがぜひとも必要である。そして、言語知識の内実は当面は「学習用語」と同義だと考えて研究を進めるのが妥当であろうと私は考えている。
学習用語を適切に使いながら、自分の考えを論理的に表明し、また他者の考えをこのような用語を活用しつつ的確に受け止めて検討することができるようになれば、子どもたちの「言語能力」はかなり高められていくに違いない。
マスターカードはそのための大きなヒントになり、必ずや読解力を高めることに役立つに違いない。
「鍛える国語教室」研究会主宰 /野口 芳宏
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