- まえがき /市毛 勝雄
- T 基礎編
- 1 原稿用紙の使い方
- 2 音読・視写の練習
- 3 詩の言葉・説明の言葉
- 4 具体と抽象
- 5 論理的文章は正確に書く
- 6 段落の作り方
- 7 文章構成の作り方
- 8 キーワードを決める
- 9 キーワード表を作る
- 10 粗い文章と詳しい文章
- 11 どちらがじょうずかな
- U 発展編
- 1 口頭作文
- 例題1/ 例題2/ 例題3/ 例題4
- 2 説明の書き方
- 例題1/ 例題2/ 例題3/ 例題4
- 3 記録・報告の書き方
- 例題1/ 例題2/ 例題3/ 例題4
- 4 論説の書き方
- 例題1/ 例題2/ 例題3/ 例題4
- V 論理的文章(小論文)の「評価と評定」
- 一 論理的文章を評価する/ 二 文学教材に対する評価が変わった/ 三 論理的表現力の教育は国語教育を変革する/ 四 「論理的文章を書く」評価項目の全体像/ 五 論理的文章の指導過程と年間指導回数/六 論理的文章を添削する心構え/ 七 添削の取り扱い/ 八 添削がすんだ生徒は/ 九 論理的文章を評価・評定する/ 十 論理的文章の評価の授業/ 十一 論理的文章を評定する
まえがき
一 本書のねらい
論理的文章(小論文)を書く指導には、一定の方法がある。その方法を理解し、その通りに実践すれば、一定の成果をあげることができる。生活作文を書く指導が「芸術的」であるとすれば、論理的文章(小論文)指導は「科学的」と言うことができる。本書は、その論理的文章(小論文)の書き方を、易しい課題を解決していくうちに、生徒が自然に身につけることを、ねらいとしている。
二 「論理的文章の書き方」の歴史は新しい
文章についての考え方を一変させた本がある。一九五九(昭和三四)年の『論文の書き方』清水幾太郎(岩波新書)がそれである。当時は、志賀直哉等の文学的文章(小説)は芸術的文章だから、実用価値だけの論理的文章よりも一段高級だという考え方が色濃く残っていた。その一方で、芸術的文章が高級だという考え方に疑問を持つ人も増えていた。そういうもやもやした空気を、『論文の書き方』という岩波新書は一気に吹き飛ばした。この本によって、論文を書くのは、文学的文章とは「性質の違う文章」を書くことなのだ、という事実に人びとは気がついた。「短い明快な文章を書け」と教えるこの新書は、ベストセラーになった。
一九八一(昭和五六)年、『理科系の作文技術』木下是雄(中公新書)が出版された。この本は論文の組み立て方をわかりやすく説明していた。論理的文章は、小説とちがって「構成の原則がある」と教えるこの新書も、当時のベストセラーになった。この本以後、論文の書き方という啓蒙書の出版がにわかに多くなった。
『科学論文の書き方』田中義麿・田中潔・裳華房・一九二九・『思考と行動における言語』(初版)ハヤカワ・大久保忠利訳・岩波書店・一九五一・『手ぎわのよい科学論文の書き方』田中潔・共立出版・一九八二・『説明文の読み方・書き方』市毛勝雄・明治図書一九八五・『言語論理教育入門』井上尚美・明治図書・一九八九。
三 「論理的思考」のお手本は科学論文である
現代社会の文化的基盤を支えているのは、自然科学の成果であり、その自然科学を育てているのは、大学等の理・医・工学系の研究室である。研究室では学生がまともな論文・研究報告を書くと、初めて卒業を認める。
その卒業生が会社に入社すると、こんどは会社の研修を受けて、「研修報告」を書く。会社ではその「研修報告」を読んで、論文・報告がまともに書けていると、そこで初めて一人前の論理的な思考力表現力を身につけていると認めて、会社の一員として活躍できるような仕事を任すことになる。つまり、論理的思考力表現力を身につけているか否かの基準は、自然科学の論文や研修報告がきちんと書けるか、否かなのである。
現代社会の教育に論理的思考力表現力が必要だと言い出したのは、実社会の側であって、教育学の理念からではない。もともと教育学は西欧哲学を母体として成立していて、その思考法は演繹的思考法によっている。論理学の研究者の中には、演繹的思考法を唯一の論理的思考だとする人もいる。これに対して、自然科学の思考法はすべて帰納的思考法によっている。論理学の立場では認めない帰納的思考法が、今日のすべての自然科学の基礎になっているというのが、現実である。こういうことから、本書では、帰納的思考を「論理的思考」として扱うことにする。
四 帰納的思考法は論文の形式に示されている
大学で指導する科学論文の要素のうち、もっとも大切なものが「論文の形式」についての規則である。それを書き並べてみると、次のようになる。
1 題 名(「結論」の紹介)
2 序 文(論文の概略・要点)
3 研究方法(実験・調査等の具体的内容)
4 結 果(実験・調査結果の「整理」)
5 考 察(実験・調査「結果」の解釈)
6 結 論(「考察」の意義)
このうち、「実験(結果)→考察」の関係が帰納的思考法を示している。これを整理すると次のようになる。
実験・結果(いくつかの実験・調査を行い、記録する)
↓
考察 (一つの性質を確認する)
複数の事例に存在して、しかも未知であった一つの性質を引き出す思考方法が「帰納的思考法(帰納論理)」である。この思考法は、「演繹的思考法(演繹論理)」とちがって、推論の結果を限定できず、範囲で示すことが多い。このため「演繹論理」だけを論理形式として認め、「帰納論理」を論理形式と認めないという主張も生まれる。しかし、自然科学は領域ごとに推論の方法を研究し、発達させて、大きな成果をあげている。
この帰納的思考方法を、大づかみに「論理的文章の書き方」に応用して、形式化すると、次のようになる。
具体的事例1(なか1)
具体的事例2(なか2) 注=複数の最小例が2。
↓
考察 (まとめ) (二つの具体的事例に共通する性質を一つ書く)
本書『論理的文章の書き方指導』は、この科学論文の形式に学んで、小学生の時代から論理的文章(小論文)を書く練習をしようとするものである。
ここで確認しておきたい区別が一つある。それは「紋切り型の文章」と「文章形式」とは別ものだということである。
「紋切り型の文章」とは、「うれしい悲鳴」「水ぬるむ春」「雪のように白い肌」「根っからのスポーツマン」「就職というきびしい現実」のように、多くの人が使い古した慣用句のことである。「型はまりの文章」ということもある。
これに対して、「文章形式」とは、書簡(手紙)、法律の条文、売買契約書、科学論文等、社会的価値の高い文章が持つ形式のことである。このように似たような「型・形式」とは言いながら、「紋切り型の文章」と「文章形式」とはまったく異なる概念である。
五 「なか1・なか2」と「まとめ」との関係が帰納論理である
前ページのワクの中を見ると、具体的事例1と具体的事例2と並んで、考察に向かって↓が示されている。これは二つの具体的事例の「性質が共通している」ことを示している。料理で言うと次のような例が考えられる。
お母さんの「おぞうに」がおいしかった。 (なか1)
お母さんの「おすいもの」がおいしかった。(なか2)
↓
「だし」のとりかたにくふうがあった。 (まとめ)
右の「おいしい」という事例と、「だしのとりかた」という性質とは、逆な順序で意識されることもある。
お母さんは「だし」のくふうをしていた。 (まとめ)
↓
「おぞうに」がおいしかった。 (なか1)
「おすいもの」がおいしかった。 (なか2)
このように気がついたことがらでも、書くときは「なか1・なか2 → まとめ」という順に書くのである。これは時間的順序(物語的思考)よりも、因果関係を重視する考え方(論理的思考)によるためである。
小学生に書かせる論理的文章(小論文)だから、専門用語などは使わない。毎日の学校生活、日常生活を材料にする。文章全体の長さも原稿用紙四百字以内である。科学知識もない、専門用語もない、実験もしない、しかも四百字以内という短さである。それでも「論理的文章」と言えるのは、「なか1・なか2」と「まとめ」とが帰納論理で結びついているからである。
六 帰納論理の文章は近代科学とともに進歩した
この「帰納論理」による論理的文章を書く技術は、近代科学の三百年の進歩とともに発達してきた。この帰納論理による論理的文章の書き方は、「物語」で使われている時間の順序通りに事実を記述する方法とは、原理がまったくちがっているから、自習によって習得することはできない(できたとしても、自然科学の歴史と同じく三百年ほどかかるであろう)。
帰納論理による論理的文章を書くためには、段落、キーワードをはっきりと書く技術が必要である。本書の小学校編は、そういう論理的文章を小学生の時代から少しずつ学習できるように、学習の筋道をつけたものである。
本書によって、生徒諸君が小学一年生から論理的文章の書き方を学習していけば、小学六年生になるころには、観察記録や小論文などの論理的文章をすらすらと書けるようになるだろう。
七 本書の使い方
本書は「基礎編」と「応用編」とから成っている。
「基礎編」には、論理的文章が備えている特質で、これまでの文学的文章の学習には表れなかった特質を取りだして、課題の形式で示した。
「応用編」には、論理的文章を書くための留意点をいろいろな角度から取り上げて、課題の形式で示した。
学習の指導法としては、一題ごとに、または二題ごとに基礎編と応用編の課題を組み合わせて、課題を解決しながら進めるのがよいだろう。
本書の学習を通して、生徒(小学生も含む)諸君が論理的文章(小論文)を、楽しくすらすらと書けるようになることを、心から祈っている。
二〇〇七年四月 執筆者代表 /市毛 勝雄
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