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巻頭論文
算数授業へのこだわり
口先だけで歴史は作れない
嘘が最後の勝利者になることはない。事実こそが歴史を変えていく。
向山 洋一
巨大な歴史の変化も,最初はささやかな動きとして現れる。
聞いても誰も知らぬような所に生まれる,ほんの小さな変化。しかし,それが一つまた一つと重なると,それは来るべき未来を明確に指し示す指標となる。
小さな小さな変化を見つけ,そこから来るべき将来像を描くことは,誰にでもできることではない。
多くの人は,昨日の続きが今日であり,今日の続きが明日であり,この日常が永遠に続くと思っている。
問題解決学習も,「子どもの思考力を伸ばす方法であり,これを推進することこそが算数教育の本道である」と思い込む人によって支えられている。
しかし「思い」は「根拠のない仮説」である。それは「真実」とは,ほど遠い。
真実は,根拠ある事実によって裏づけられており,論理が事実によって支えられている。
嘘と真実は「事実」という「評価基準」によって裁かれるのである。
「事実」という「評価基準」に史実なのは,「向山型算数」なのか「問題解決学習」なのか,少しでも誠実に勉強した人には明らかであろう。
「事実」を「判断基準」として,そこに忠実なのは,向山型算数であり,「事実」から目をそらし「判断の基準」を何も持っていないのが,問題解決学習である。
口先だけで,歴史をつくることはできない。
嘘が,最後の勝利を飾ることはない。
真実が,すぐに広がるということはないが,時間をかければ,必ず広がっていく。
「それでも,地球は動いている」のであり,世界を配下においた帝国の規範によっても,真実をぬりかえることは,できなかったのである。
小さな小さな変化に気づかぬ人がいるが,時代の先駆者は,それを見つけ,そこから未来を判断することができる。
「向山型算数」誌が世に出て,一年余,小さな流れが,ポツ,ポツと,湖の中から出てくるアワのように生じている。
私たちが,働きかけなくても,動きは生まれているのである。
私が聞いた,小さな流れである。
南の県の小さな町の算数の研究会。問題解決学習一色の雰囲気の中で,指導主事が「向山型算数」誌を紹介しながら発言した。子どもに基礎学力をつけたいのなら,向山型算数を研究した方がいい,と強調した。
関西のある県の算数担当の指導主事,問題解決学習の中心になっている先生である。ところが,奥さんは「向山型算数」の熱心な実践家だという。「この仕事をする以上子どもを裏切ることはできません」が,奥さんの言葉である。ご主人は,知らない。ある有名な問題解決学習の研究団体の全国大会が終了して後のこと。幹部の打ちあげの飲み会の隣に向山型算数の教師がいた。そこで聞いたこと。「こんなお祭りのような全国大会じゃ駄目だ。若い人をみんな向山さんの所にとられてしまう。」
ある県の算数研究部での話し合い。「算数の研究に,教科書の実践を入れないのはおかしい。教科書を活用した実践研究もどんどんやるべきだ」これが,県の方針になったという。
いくつかの国立大学附属小学校での研究の中に,「向山型算数」が登場している。認知されたわけではないが,存在は認められている。
いくつかの私立小学校でのこと。向山型算数が,算数指導の中心になっている。
いくつかの小学校での出来事。校長先生が算数TTに質問。「算数の基礎学力が落ちていると騒がれているが,原因は何だと思います
か。」TT「問題解決学習が,全国に広がってから,算数の学力低下が言われています。原因は,問題解決学習にあると思えます。」校長「私も,そうじゃないかと思っているんだ。」
ある小学校の研究会,向山型算数の研究が行なわれ,学年単位で,向山型に移行しているとのこと。
「校長先生,びっくりするくらい子どもが変わるのです。」「平均点90点を初めてとらせました。」「教師になって,初めて,教師の仕事がわかりました。」「勉強のできない子が,本当にできるようになるんです。」という声が,ベテラン女教師から次々と出されているという。
ある教師は,見知らぬ母親から相談された。
「うちの子は問題解決学習で学んでいる。算数ノートを見て下さい。」と訴えられた。「グチャグチャ」の「教科書の問題をパラパラ」とやった,無惨なノートが同封されていたという。
このような動きが,全国各地で生まれている。いや,続出しているといっていいだろう。
情報はインターネットでかけめぐっている。
誰にも止められない。
例えば,東北地方のある県から,女先生が次の事実を発信する。
今日の放課後のことです。
女の子が何人か残って話をしていきました。
「先生,5年生になったら,また広美先生ってことはないの?」
「わからないなあ。」
「広美先生だといいな。だって,算数わかりやすいもん。」
こういったのは,算数の苦手なEちゃんでした。かけ算はできますが,除数が2桁以上のわり算で,仮商を立てることができません。テストは40点50点でした。3学期になって,60点が取れるようになりました。わり算になると鉛筆がぴたっと止まって,集中力が途切れます。
そばにいって赤鉛筆で書いてあげたこともあります。彼女が自分でノートを持ってきてヒントをもらっていったこともあります。
学級に1人,公文で鍛えられた計算が速い男の子がいます。
あっという間にノートを持ってくるのでEちゃんを始めとする算数が苦手な子に赤鉛筆で
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7
算数が苦手だった子が,変化をする。
最初は,ほんの少しだ。しかし,それは誰でも,手に入れられることではない。
これまでの日本では,極めて優秀な教師のみに可能とされてきたことである。
それを,普通の教師が手に入れる。
そして子どもに言われる。
「次の学年も,先生がいいな。だって算数がわかりやすいもん。」
これが正直な子どもの評価だ。
こうした「事件」は,向山型算数では,めずらしくはない。いや,どこでも生まれていることだ。
問題解決学習の先生や,水道方式の先生が,熱心に「プリント学習」をやってくれているおかげで,向山型算数をする教師は,子どもたちや保護者から大人気だ。
わかりやすい,教え方が上手,子どものことをよく見てくれる−こんな褒めことばをたくさんいただいている。
逆にいえば,プリント学習の先生方は,「わかりにくい」「教え方が下手」「子どものことを,ほとんど見ていない」ということなのだ。
それを,子どもは知っている。親も分かりつつある。
一部指導主事や校長が,力づくで押さえつけても駄目だ。
「来年も先生に習いたいな。算数がよくわかるから。」―という言葉以上に,教師の心を動かすことはないのである。
夢を抱き,ロマンを求めて教師になった人間なら,子どもの言葉,子どもの事実こそを人生の指針とするのである。
もう一つ,南は九州からの発信。
私は向山型算数を主張して良かったと,心から思った。私も又,目に熱いものが,こみあげてきた。
書いてやれないことが出てきました。
計算の数が多いと時間内に写すことすらままならない子たちです。
そこでノートをコピーしたものをそっと渡しました。
「わからなかったらさんこうにしてね。」といって。彼らは必死にノートを写しています。
Eちゃんも,難しい問題は写しています。
そのEちゃんから前述の言葉を聞いたときは嬉しかったです。
そういえばこのごろノートをちゃんと見せにきています。
今までは,「わかんないよ!!」と投げ出すことも多かった彼女です。
黒板に書くことも出てきました。
九州の吉田です。
今日,ドラマがありました。
うちのクラスのある子が100点を取りました。
6年生の「拡大と縮小」という単元のテストです。
この子は不登校の傾向がある子です。
朝起きが苦手で,朝ご飯を食べないことがよくある子です。
授業中も視点が定まらない感じで,ボーっとしていることがよくあります。算数の時間,この子が唯一頑張る時間があります。
あかねこ計算スキルの時間です。
このときは進んで丸をつけ,やり直しまでします。その子が今日,ワークテストで100点を取ったのです。
「おめでとう!」と言ったら,その子は「先生,5年前に100点を取ったことがある」と言いました。
1年生の時に取って以来ということです。
私は,それを覚えていることに,その子の思いを感じました。
胸に熱いものが込み上げてきました。
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- 明治図書