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巻頭論文
算数授業へのこだわり
すぐれた教材を貫く思想だからできない子ができるようになる
向山洋一
鹿児島の西田先生が「かけ算」の間違いの指導について,報告を書いている。
あかねこ計算スキルの指導法の思想は,ずっと昔から向山実践の中にあったということである。
計算スキルの底に流れる思想を初めて知った西田裕之(熊本県出水市立米ノ津小学校)
◆『「向山型算数」以前の向山の算数』(明治図書)を読んで,はっとした。左のような間違いを取り上げた時の文章である。左の間違いは,8+6=14のくり上がりを1カ所間違えただけで,×をつけられてしまった例である。ここで向山氏は言っている。
問題なのは,解答欄だ。答の欄に小さい字で答えが並び,答(3648)と書いてある。
つまりこれだと,大体の教師は○か×をつけるしかないのだ。
〈向山〉
あかねこ計算スキルが小学校学校教材になるまで,「ドリル」類の教材の解答欄には,「答のみ」が書いてあった。
「答のみ」で○×をつけるのである。
勉強ができる子,中位の子は,「間違えた所」をやり直せるであろう。
しかし,「勉強のできない子」は,×をつけて終わりである。
×の下に「正答」のみを記入する。
これでは,「どこがどのように間違えたのか」「どのようにすればいいのか」が分からない。
つまり,勉強ができない子には,直しようがないのである。
私は「あかねこ計算スキル」には,「途中の計算も入れる」ことを主張した。
すると「答のページ」が多くなり,コストもかかることになる。出版社は難色を示したが,「10円,20円高くても,心ある教師は必ず理解してくれる」と主張し,受け入れられた。
西田先生のレポートは続く。
◆向山氏は続けてこう述べている。
こういう間違いは実に多い。この子は,「かけ算ができない」のではなく「たし算を間違えた」のだ。
でも,答案に×をつけられたら,この子は「かけ算ができなかった」と思うだろう。こういう間違いが続けば「かけ算が苦手だ」ということになろう。
「筆算をしても,足し算を間違えてしまうんですよ」「商を立てても,かけ算やひき算で間違えてしまうんですよ」このような声を聞いたことはないだろうか。私は何度もある。子どもの間違いを取り上げた教員同士の話題
だが,多くの教師はここで止まってしまう。あるいは,放課後などの個別指導である。
向山氏のすごいところは,こういう子どもの事実を,具体的に授業時間での指導に持っていくところだ。しかも,できる子どももできない子どもも一生懸命取り組む形で。
私は,大切な場面では,間違えた子の一つ一つの数字に○をつける。
この一文を読んで,あっと思った。さらに次の文。
計算全部を示したプリントを配ることもある。子どもに一つ一つ○をつけさせるためだ。
48 正解 48 答案
×76 ×76
288 AGG
336 BBE
3648 B5CG
×
ここまで来て,いろいろなことがリンクして頭に浮かんだ。特に,
向山氏は「限定」して教えるということである。「計算の間違っている部分を探す」ということに限定して授業を組み立てるのである。私は,まだまだ思いつき程度であるが,向山氏が次のような授業をしたと予想した。
この計算はね,ほとんどあっているんだけど,一カ所だけ間違えているところがある。一つ一つ○をつけていって,確かめてご覧なさい。
もう一つ,向山型算数では「答が分かると安心して子どもが考えられる」という考え方がある。「計算全部を示したプリントを配る」ということは,つまり答えが全部書いてあるということだ。これだったら,計算が苦手な子どもでも一生懸命考えるだろう。答えが書いてあるから安心してできるのだ。向山型算数のエキスは,このようなところからも抽出できる。
さて,次の文章である。
しかし,残念ながら,これまでの計算ドリルなどにこのようなものはない。新しく作るほかはない。
衝撃だった。こうやって向山氏は本当に作ってしまったのである。
〈向山〉
私は旧来の「ドリル」では,「勉強ができない子」にはまったくダメだと思い,計算スキルを作り上げた。
西田先生は続ける。
◆あかねこ計算スキルに向山氏の思想を感じる。数字を書く場所が一つ一つ区切られていることは,大変優れたシステムである。
「商を立てるところがわからなかったのか」
「商は立てられたが,その後のかけ算を間違えたのか」
「かけ算はできたのだが,その後の写す作業でミスをしたのか」
「写すところまではできたが,その後の引き算で間違えたのか」
このように,わり算ができないという一つの事実をとっても,それは細かな要素に分けられるのである。それを自分で発見できるようにしたのが「計算スキル」なのだ。
私はこれまでどのような指導をしてきただろう。「□一つ一つに丸をつけていくのですよ。」と口先だけで言ってこなかっただろうか。これでは技術の空回りである。
自分の悪い癖で,「趣意説明を忘れ,指示だけを出してしまう」ことがある。これを繰り返していくと,子どもの動きが鈍くなってくる。心から納得しないまま,指示だけ出されたら,どんな人間でもいやな気持ちになるであろう。やはり,趣意説明は大事である。
私は,
計算スキルの丸つけの趣意説明を必ずやろうと心に誓った。それ以上に,「出す指示全てに趣意説明を入れよう」とも思った。
TOSSで学んだ明確な指示の出し方は,趣意説明をすることで初めて生きてくるのだと思った。計算スキルの底に流れる思想を学ぶことで,このようなことに気付くことができた。
〈向山〉
すぐれた教材は,すぐれた思想に支えられている。
「できない子をできるようにさせよう」「子どもの事実を大切にしよう」という思想である。
そして,「すぐれた技術・方法がシステム化されている」のだ。
それが,ユースウェアである。
すぐれた教材を正しく使ってこそ,効果は絶大となる。
さて,9月下旬,「向山洋一全集第5期」が発刊された。
『学力向上のTOSS算数ワーク』全13冊である。小学校1〜6年までだ。
セシール通信教育用教材として,向山が検討し,TOSS教師の総力で作ったものだ。
向山は,かつて自分が責任者として作った「進研ゼミ小学校講座」の教材を抜くことを目標とした。当然,日本一の教材だ。
セシールが通信教育から撤退したため,版権がTOSS中央事務局に移ったのである。
かつて実践した教科書対応教材を,ほぼ3分の1に圧縮整理したのが,今回の全集である。
江部編集長,樋口編集長をはじめ担当の編集者が「これはすごい」と激賞した教材である。すぐれたレベルの教材である。
ぜひ,東京教育技術研究所に注文していただきたい。収益は,TOSSランド,五色百人一首大会の資金として使われる。
TOSSランドを無料で公開するための莫大な費用は,こうして作られているのである。
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- 明治図書