- まえがき
- ―人を育てるのはコミュニケーションである―
- 序 学習者の自然な思考にそった授業のために
- 第1節 コミュニケーション研究の意義
- 第2節 本書の目的と願い
- 1 数学的コミュニケーション論構築のための基礎理論
- 第1節 数学教育の基礎理論
- 第2節 コミュニケーションの基礎理論
- 第3節 コミュニケーションの分析方法論
- 2 数学的コミュニケーションの特性
- 第1節 規範的解釈
- 第2節 事例選択の視点
- 3 数学学習における認知的不協和の低減
- 第1節 コミュニケーション連鎖という視点
- 第2節 連鎖的フィードバック
- 4 数学学習におけるコミュニケーション連鎖の類型
- 第1節 協応連鎖と共鳴連鎖
- 第2節 超越連鎖
- 第3節 創発連鎖
- 第4節 コミュニケーション連鎖の類型
- 5 数学学習におけるコミュニケーション連鎖の内化
- 第1節 コミュニケーション連鎖の内化過程の分析方法論
- 第2節 コミュニケーション連鎖の内化過程の分析
- 第3節 認識・同化・拡張・分化・再構成
- 第4節 選択的知覚と複層二分法
- 第5節 記憶の検索と高位概念の形成
- 第6節 学習の起源としてのコミュニケーション連鎖の内化
- 6 数学学習における反省的思考と反照的思考
- 第1節 コミュニケーションの創発性
- 第2節 Reflective Thinkingに関する思考実験
- 第3節 創発連鎖に見られる反省的思考と反照的思考
- 第4節 仮説の形成と発見に関するパースの論理学
- 第5節 創発連鎖の事例のさらなる分析と考察
- 終 基礎論としての数学的コミュニケーション論
- 第1節 基礎論としての数学的コミュニケーション論
- 第2節 「考えること」を教える
- 第3節 仏像が仏様になるように
- あとがき
- ―3人寄れば文殊の知恵―
- 【読者への手引き】
まえがき
―人を育てるのはコミュニケーションである―
一角の人物になるための条件は,遺伝のよさでも,環境のよさでもない。「氏より育ち」や「蛙の子は蛙」など日本のことわざの中には,遺伝か,環境かという二元論に基づくものが少なくない。しかし,遺伝か,環境かという二元論的教育観には,そもそも存在すべき学習者本人が含まれていない。確かに,遺伝的な優越性も,環境の優越性も,人を育てるうえでのアドバンテージになることもあるが,苦労が人を育てるということもある。私がコミュニケーションにこだわる最大の理由は,人が自分自身ならびに他者とのコミュニケーションから何を学びとるかということが,その人を育てると信じているからである。人を育てるのは,遺伝子でもなければ環境要因でもない。人を育てるのは,コミュニケーションである。これは私の願いでもあり,信念でもある。コミュニケーションは単なる言葉の交換ではない。自分と他者との関係性を構築するすべての行為がコミュニケーションには含まれる。
人々を幸せにすることが教育の目的だとしたら,教育に携わる者がなすべきことは,1人ひとりの学習者に自分たちが直面する様々な出来事から何かを学びとろうとする力を授けることだと思う。同じ経験をしても,その経験から人は様々なことを学び得る。その経験から何を学びとるかが,その人の品格を形成することになる。平成23年3月11日に起きた東日本大震災の経験から,私たちは人々が互いに支え合うことのすばらしさと意義を再認識した。私たちは今,物質的な豊かさだけでは達成されない,新しい幸せ像を模索している。人と人との,そして,人と自然との共生をめざす新しい社会の在り方が模索される現代社会では,コミュニケーションに関する教育が最重要課題となる。本書が扱う,人が数学を理解し他者とともに考える過程,すなわち,数学的なコミュニケーションにおける論理的な思考の深化過程に関する考察は,危機に直面する現代の社会システムを変革していく理性的な市民を育てる数学教育の在り方を考える基礎論となるはずである。
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- 明治図書
- 数学教育における言語活動の具体を挙げていると言え、数学的活動の核となる生徒の「数学する」「数学をつくる」姿を分かりやすく解説している。2015/10/1930代・中学校教員